文・ぼそっと池井多 / テルリエンヌ
<プロフィール>
ぼそっと池井多 : 日本の男性ひきこもり、55歳。
テルリエンヌ : フランスの女性ひきこもり、38歳。
「第4回」からのつづき・・・
独り暮らしを始め、精神医療へ
ぼそっと池井多:ブルゴーニュへ引っ越した後も、現在にいたるまで、あなたは両親の家でひきこっているわけですか。
テルリエンヌ:いいえ、ちがいます。その一年後、父がドンズィという所にわたしのためのアパルトマンを見つけてくれました。わたしは29歳にして、ようやく独り暮らしを始めたというわけです。まあ、独り暮らしといっても、両親がしょっちゅう訪ねてきましたけど。
それから5年後、わたしはコスヌ・スール・ロワールという所へ引っ越して、今に到るまでそこに住んでいます。
ぼそっと池井多:独り暮らしは、うまく行ってますか。
テルリエンヌ:いいえ、あんまり。
2010年、30歳になったときに、また思い立って、わたしの町の病院の精神科へ行きました。治療者といっしょに解決をさぐっていくことになり、わたしは抗不安剤などの投薬を受け、精神医療を受け始めました。何回か、入院もしました。
治療は、まったく簡単には進みません。でも、少しずつ、わたしは良くなってきている気がします。
ぼそっと池井多:あなたの場合、精神医療との出会いが結局うまく行ったということを聞いて、私はうれしく思います。私の精神医療との関係は最悪です。
私の治療者は、日本では五本の指に入る、精神医学界の大御所ということになっていて、とくに集団療法の名医とされています。しかし実際には、彼の患者たちから構成される集団、…まあ私は「患者村」と呼んでいますが、患者村は、治療者と患者、患者と患者のあいだで醜い争いの絶えない、すさまじい戦場となっています。
患者の中には、こうしたあげく、治療者の言葉によって自殺に追い込まれている患者が多く出ています。心を癒すはずの場所で、心を深く傷つけられ、絶望して、自ら命を絶つのです。
しかし、こうした事件はすべて院内で処理され、社会へ出ることはありません。治療関係の中で起こったことには、医療機関を管轄する厚生労働省や保健相談所などの行政機関も立ち入っていかないからです。
精神医療にたどりつく人は、私をふくめ家族関係にめぐまれない人が多いです。だから家族がいないことは、精神科の患者村ではめずらしくありません。自殺した者たちには、彼らの自殺の原因を社会へ訴えてくれる家族がいませんでした。そのことも、こういう事実が社会に出てこない原因となっています。
また、たとえ家族がいても、精神科医という職業は権威があるので、それに対して声を挙げるということは、たいていの人はできないために、残された家族も沈黙を保ちます。
もしこのような精神医療の闇が社会へ明るみに出されても、一般社会の「ふつうの人たち」の多くは、おそらく精神科医の側につくことでしょう。なぜならば、「ふつうの人たち」は権威に弱く、精神科の患者と治療者という関係においては、「患者は頭がおかしい人」だと思っているので、治療者の権威を信じてしまうからです。
私も、治してくれるはずの治療者によって、さんざん冤罪を着せられ、傷つけられて、疲れ果てていますが、私が「へんな人」という話になっています。
テルリエンヌ:ひどい話ですね。幸いにも、わたしの場合は、精神医療はとても順調に行っています。
彼らのおかげで、わたしは精神障害者として認められ、障害年金など経済的支援を得ることができました。今日までにわたしの状況はよくなっていますが、まだひきこもりから脱せません。引き続き支援を求めたいです。
生きていく糧
ぼそっと池井多:経済的支援といえば、フランスでは25歳以降、RSA(*1)という生活保護が受けられるわけですが、25歳まであなたは、どうやって経済的に生き抜いていましたか。
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*1. RSA (Revenu de Solidarité Active / 直訳:連帯労働年金)
フランスの社会保障制度の一つ。それ以前の社会保障制度では、利用者が社会復帰しにくいといった観点から、2009年に新しく導入された。受益人口は250万人(2016年)。主旨としては失業者のための年金といったところだが、実質的には日本の生活保護に相当している。
テルリエンヌ:25歳までは、わたしは両親に経済的に頼っていました。わたしが求めるときには、両親はお金をくれました。彼らは拒んだことはありません。
25歳になって、RSAを受け始めて、わたしは月に350ユーロ(日本円にして約46,500円)で生活するようになりました。ちなみに、フランスで働いている人の平均月収は1200ユーロ(*2)です。生活保護のほかに、わたしはビデオゲームなどをインターネットで売ったりして、わずかな収入を得ることもあります。注文された品は、夜に外のポストへ投函しにいくのです。
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*2. フランス人の平均月収
1200ユーロという金額を、テルリエンヌが何を根拠に言っているのか、私にはわからない。日本円にして159,360円にあたる。インターネットで検索するかぎり、フランス人の平均月収については、1500ユーロから1800ユーロと情報が乱れ飛んでいる。もちろん、調査方法によって結果がいちじるしく異なってくる金額ではある。
ぼそっと池井多:立ち入ったことをうかがってもいいですか。現在の収入の内訳はどんな感じ?
テルリエンヌ:わたしは3年前から障害者手当が下りるようになったので、もう生活保護は受けられなくなりました。だから今のわたしの毎月の収入はこんなふうです。
107,702 (*a) + 28,955 (*b) = 133,666 円 / 月
ちなみに、東京で生活保護を受けている私、ぼそっと池井多の月収と比較してみる。
80,160 (*c) + 50,000 (*d) = 130,160 円 / 月
いま、ひきこもりとして望むこと
ぼそっと池井多:お金の支給のほかに、ひきこもりのためにどのような支援を行政から望みますか。
テルリエンヌ:わたしは、いつもひきこもりであることに恥を感じて生きています。だから私は、いつも自分の問題を隠して、いかにも自分はすべてうまく行っているかのように、よそおって生きてきました。
昔、周囲の人たちがわたしを助けようとしたとき、わたしは彼らを押しのけました。何年か経つと、少なかった友達もみんな、わたしは失っていました。私は家族も失ってしまいました。たとえば、父も昨年亡くなりました。
ぼそっと池井多:お気の毒です。あなたはお父さまとのことでずいぶん苦しんでこられたのですね。私も母の問題でさんざん苦しんできたので。さぞかし、まだ言いたいこととか、あったでしょう。
現在、そして未来
ぼそっと池井多:あなたから、他のひきこもり当事者や、ひきこもりの家族たち、あるいは、ひきこもり問題に取り組んでいる人たちに伝えたいメッセージとかありますか。
テルリエンヌ:他のひきこもりの皆さんには、わたしは、将来のことと、身近な人たちのことを考えてくれるといいと思います。わたしたちの中には、未来を楽観的に思い描くのがむずかしいという人が多いことをわたしは知っています。でも、人は一生ひきこもりをやっているわけにいかない。それは、自分自身にとってよくないばかりか、家族など近くの人をも消耗させるからです。
わたしは、ひきこもりから脱するための勇気と忍耐力を持っていることを示さなければならないと思ってます。でも、何事も一歩一歩進めること、ステップを踏み飛ばさないことが大切です。
ぼそっと池井多:私は個人的に、人は一生ひきこもりをやっていくわけに「いく」と思いますが、それは今さておきましょう。それであなたは、ひきこもりの親御さんへは何か伝えたいこと、ありますか。
テルリエンヌ:ひきこもりの親御さんには、「お子さんのことをあきらめないでください」と伝えたいです。「忍耐と理解をもって接してあげてください。支援を求めることをためらわないでください」と。
わたしにとっては、今もなお、ひきこもりであることは深刻な問題です。最終的に居場所(*5)を見つけ、社会と調和し、ひきこもりの状態もよくなっていくには、多くの時間が必要だと思っています。
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*5. 居場所:西洋諸語に対応語彙がないために、私はよくそのまま「ibasho」と日本語のつづりを国際的につかうが、テルリエンヌがここでいう sa place(彼 / 彼女の場所)は、まさしく「居場所」の意である。語彙がなくても、ひきこもりが国際的に同じ感覚や概念を共有している、一つの例だと思われる。
ぼそっと池井多:最後に。今あなた自身、何を求めていますか。
テルリエンヌ:わたしは静けさを求めています。誰にも会わないで、静かにひきこもって独り暮らしをつづけられるのなら、何でもやります。ここに、ひきこもりでいたい私の部分があります。
いっぽうでは、わたしは「ふつうの人」の暮らしも望んでいるのです。結婚もしたい、新しい家族も作りたい、新しい家も持ちたい、専門だった勉強も復活させて、新しく仕事も始めたい。……
今わたしは38歳だから、こういうことを望むには、もう遅すぎるのかもしれません。わたしの頭にはいろいろなアイデアが浮かびますが、どれもこれも実行に移すだけのエネルギーがわたしにはありません。少しずつ、わたしは進歩してきたようにも思いますが、わたしは未来に関して悲観的です。
わたしはひきこもりになることを選んだのではありません。わたしはなりたくて、ひきこもりになったのではないのです。わたしはひきこもりになんて、なりたくなかった。……
(終)
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