インタビューへのはしがき
文・ぼそっと池井多
(1)ひきこもりは日本に特有な若者の現象である。
(2)ひきこもりは、母子関係が密着している
高度産業社会の先進国で見られる現象である。
「子どもが早くから精神的に自立する社会であるアメリカのような国ではひきこもりは発生しない」
と言われていた。
「母子密着」がひきこもり原因説としてあまりにも強調されすぎると、
「ひきこもりとは、要するに甘えである。
家や部屋にひきこもることで、 母親の胎内にいた状態へ回帰しようとしているのである。」
といった論が幅を利かせるようになってしまう。
ところが、その後GHOには 、専門家たちによって、 「それまでひきこもりがいない」とされていたアメリカからも ひきこもり当事者が加盟してくるようになった。
すると、また定説はこのようにシフトしてきた。
(3)ひきこもりは
高度産業社会の先進国で見られる現象である。
しかし、あいかわらず、
「ひきこもりが起こるのは先進国だけ」
という見方が、どこか
「ひきこもりは、ようするに金持ちのボンボンの贅沢なのである。
お金がありあまる、リッチな国の所産である」
という誤った認識につながっているように思われてならなかった。
「豊かだから、ひきこもりのような不届き者が出てきてしまうんだ」
ところが、
しだいにGHOがインターネット上で国際的に知られるにつれて、
けっして先進国とは呼ばれない国々から
ひきこもり当事者を名乗る人のコンタクトが
相次ぐようになってきたのである。
最近はとくに南米の国々が目立つ。
まず最初に、ブラジルからの当事者申請が2件あった。
これが南米大陸でひきこもりの実在が確かめられた最初である。
だが、このときは私の力不足から
詳しい生活ぶりをお聞きするには到れなかった。
それができた最初は、
今日ご紹介する アルゼンチンのひきこもりである。
(A) IMF(国際通貨基金)による分類
(B) CIA The World Fact Bookによる経済先進国規定
(C) OECD加盟国であるかいなか
(D) 世界銀行グループの高度経済体の要件を満たすか
朝日新聞 2018.08.30
https://www.asahi.com/articles/ASL8Z2HKWL8ZUHBI00N.html
文・ぼそっと池井多&マルコ・アントニオ・クリヴィオ・ベニテス
広大な土地を持つ国でひきこもる
マルコ・アントニオ・クリヴィオ・ベニテス ひきポスに載っていた、ひきこもりだったアメリカの人の手記を読ませてもらいました。ぼくもひきこもりなんです。
ぼくたちのようなひきこもりは、きっと世界のどこにでもいるんだと思います。ただ、政府が知らないだけ。知らないから、ケアしないし、公的な統計もない。
少なくともぼくの国には数千人単位でひきこもりがいると思います。ぼくが唯一のひきこもりであるわけがない。
ぼそっと池井多 きっとそうだと思うね。……ところで、きみの名前は4つの部分から成っているね。どのようにお呼びすればいいですか。
マルコ・アントニオ 最初の「マルコ」っていうのが、ぼくのファースト・ネームです。その次の「アントニオ」というのが、(洗礼名などである)セカンド・ネーム。
3番目と4番目「クリヴィオ・ベニテス」が苗字。ぼくの祖先は何百年も前にイタリアから移民してきたんだけど、世代を下るうちに両方を留める複合姓になったんだ。
ぼくは友達はいないけど、たぶん友達だったら「マルコ」って呼ぶかな。
ぼそっと池井多 そうか。じつは、このGHOには「マルコ」っていう人がやたら多いので、そういうことなら、きみのことは混乱しないように「マルコ・アントニオ」と呼ばせていただくよ。きみの名前からすると、スペインからアクセスしてくれているのかな。
マルコ・アントニオ アルゼンチンです。
ぼそっと池井多 おお、ちょうど私が住んでいる日本から地球の真反対にいらっしゃるというわけだな。
私はきみの国について、あまり知らないので教えてください。
マルコ・アントニオ そうですね。アルゼンチンは世界でも8番目に大きい国だけど、人口は4400万人しかいない。人口密度は1平方キロあたり14人なんだ。人口のうち1600万人は首都のブエノスアイレスに住んでる。国内には24の州が置かれているから、首都以外の州ではもっと人口密度が下がるってわけだ。ほとんど誰もいない土地が延々とつづく。ぼくたちは土地だけはたくさんある。
ぼそっと池井多 なるほど。人口密度が341人である日本とはだいぶ違うね。それで、きみはアルゼンチンのどこに住んでいるんだい?
ぼくの町と家
マルコ・アントニオ ぼくが住んでいるのはパラナという都市で、ブエノスアイレスからは500キロぐらい離れている。人口は30万人、エントレ・リオス州の州都なんだ。過去には、1853年から61年という短い間、アルゼンチンの首都だったこともある町さ。
街の空気は、ブエノスアイレスよりちょっと保守的だな。ブエノスアイレスの人々よりもおっとりしてて、ちょっと他人に対して寛容だと思う。気候は、冬にはマイナス5度まで下がり、夏は最高で40度まで上がる。
街の外へ出ると、エントレ・リオス州は、5万人以下の町が点在するくらいで、何もない。ぼくたちはスペースに困っていないから、街の中にも高いビルを建てる必要がないんだ。それでパラナにはビルが少ないってわけさ。街の中心部でさえ、ビルはなくて、小さい家がみっしりとひしめきあっている。
ぼそっと池井多 そういうきみは、パラナのどこに住んでいるの?
マルコ・アントニオ ぼくの家は街の中心部にあるんだよ。
ぼそっと池井多 どんな家に住んでいるのかな。
マルコ・アントニオ ぼくの家は、まず居間があって、ガレージがあって、ダイニング・ルームがあって、台所があって、いくつか寝室があって、屋根裏部屋があって、浴室が3つあって、裏庭があって、裏庭には物置小屋があるよ。
ぼそっと池井多 うおっ!なんて大きなお屋敷に住んでいるんだ。すると、きみの家は大金持ちじゃないか。
マルコ・アントニオ ぜんぜんそんなことないよ。ぼくの家族は中流階級だ。
ぼそっと池井多 もし東京だったら、街の中心部にそんな大きな家を持っている人は、中流階級なんかではありえない。富裕層もいいところさ。でも、アルゼンチンではそうではないんだね。
きみは、自分がひきこもれる部屋はもちろん持っているのかな。
マルコ・アントニオ 持っていたけど、今は弟とシェアしてる。家の建て替えで、弟の部屋が工事中だから。
外の世界の人々
ぼそっと池井多 アルゼンチン人って、どんな人たちなの。
アルゼンチンの国民性を、きみはどう説明する?
マルコ・アントニオ アルゼンチン人はとても国家主義的で、表向きにはそう認めないけど、とても傲慢な人たちです。彼らは自分たちが何事においても一番すぐれていると思ってます。一番になるために努力をするというのではありません。自分たちが何事においても、この国に生まれながらにして一番であると思っているのです。
そんなプライドの高い傲慢な国の中で、もしあなたが何かに失敗したら、あるいは誰かに負けたら、何かについて弱いということになったら、すぐ周り中の他の人たちがあなたを「サイテー」だと言って侮蔑するでしょう。基本的にぼくの社会では、サイコーでなかったというだけで、人はあなたをあざ笑い、ひどい言葉を投げつけてくるのです。
重要なことは、現実においては、ほとんどのアルゼンチン人は何事においても、ぜんぜん一番でもサイコーでもないということです。だから、彼らは、じつは自分が無能で弱いのだということを、必死に隠さなければなりません。そうでなければ、他人がそれを嗅ぎつけ、たちまちあなたは周囲から負け犬として孤立するのです。
ぼそっと池井多 ひじょうに競争が激しい社会ということだね。プライドと虚栄心がごちゃまぜになっているのかな。でも、私が住んでいる日本でも同じようなことは起こっているよ。
カメラも携帯もない
ぼそっと池井多 もしきみがこれまで撮った写真なんかあったら、きみのひきこもり生活を語るものとして、ぜひ記事に載せたいんだけど、どうですか。
きみが食べている物、窓の外に見える風景、パソコンの画面…なんでもいいから、きみのひきこもり生活の一端を切り取って、写真で送ってはくれないだろうか。
マルコ・アントニオ ぼくみたいなひきこもりは、スマホとかデジカメとか、持つ必要がないから持ってません。ぼくは誰にも電話をかけないし、誰もぼくに電話をかける人はいない。万が一かかってきても、ぼくは電話に出ないでしょう。だから、ぼくの身の回りのものを写真に撮ることもない。送れる写真なんて、ないです。
ぼそっと池井多 なるほど、言われてみりゃあ、そうだな。じゃあ、送らなくていいよ。私は何か、きみが住んでいる町の写真を探して、それをもって読者の皆さんにきみが住んでいる世界を想像してもらうようにしよう。