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「友達がひきこもってしまいました。どうしたらいいですか」キャサリンからの手紙

フィリピン,  Photo by Markus Tinner
 

文・キャサリン・バルディーニャス

翻訳・編集 ぼそっと池井多

 

私はある友達のことが心配でたまらない。

彼女が高校に行かなくなってから、もう4年になる。

このまま学校に戻らず、就職もせず、彼女はいったいどうするつもりだろうと考えている。

彼女は大切な青春の日々を無駄にしている。

彼女が部屋に閉じこもっているあいだに、彼女と同年代である私たちは勉強をし、恋をし、仕事をし、若さを謳歌し、人生を前に進めている。

このままでは彼女だけが後ろに取り残されてしまう。

彼女の人生のことを想うと、もう私は居ても立っても居られない。

 

そんなある日、私はインターネットである記事を見つけた。

それは、彼女と同じようにひきこもっている、私の国のある若者へのインタビュー記事(*1)だった。

私は、彼の状況が彼女にとてもよく似ていたので驚いた。

そこで私は、そのメディアの編集者にメールを書くことにした。

 

*1. フィリピンのひきこもり当事者との対話

www.hikipos.info

 

ひきポス編集チームの皆さん、こんにちは!

 

ご清栄のこととお慶び申し上げます。

私はフィリピンに住んでいる現在22歳のキャサリン・バルディーニャスと申します。

あなた方の記事「フィリピンのひきこもりへのインタビュー」を読みました。

「一般にひきこもりは先進国に起こる現象と考えられているが、実際はそうではない」

と述べているこの記事に大いに関心を惹かれました。
私は、やはりひきこもりと思われる私の友人についてお話ししたくて、今このメールを書いています。

 

彼女はある日とつぜん高校へ行かなくなりました。

私たちは彼女の家に行き、

「この先、どうするつもりなの。どうやって人生を前に進めていくの」

と聞いてみましたが、

「さあ、知らない」

と言って彼女は肩をすくめるばかり。

 

彼女が社会とのつながりを断って、もっぱら家の中にいるだけの生活を送るようになってから、光陰矢の如しでもう4年が経ちました。

彼女の両親はすでに年老いていますが、まだ両方とも働いています。だから、彼女の生活を支える人はいます。でも私は彼女の将来のことを想うと心配でたまりません。

そこで私は彼女に、

「学校に戻るか働き始めるか、どちらかに決めなよ」

と言って選択肢を与えました。

ところが彼女は、

「もう何もやりたくないの」

などと言うばかりです。

 

彼女の様子を見るにつけ、今後ひきこもりに対する認識が高まり、ひきこもりが前向きに生きていけるようになることを願わざるをえません。

 

私はあなた方のご活動に敬意を持っています。

もし私のメールにコメントか助言がありましたら、何でも結構ですので返信してくださるとうれしいです。

 

敬具

キャサリン・バルディーニャス

 

何日も経ってから、そのメディアからメールが返ってきた。

そこにはこのように書いてあった。

 

キャサリン・バルディーニャスさま

 

こんにちは。

メールをいただき、どうもありがとうございます。

また弊誌をお読みいただいているようで厚く感謝申し上げます。

 

おっしゃるとおり、ひきこもりは先進国だけでなく発展途上国や経済的に貧しい国にも見られる現象です。

 

4年前から学校へ行かなくなったお友達のことを心配されるあなたのお気持ちはとてもよく理解できます。
あなたがそのお友達を今の状態から助け出し、前向きな人生を歩み始めるようにしたいと願うのはごもっともなことだと思います。

そういうふうにお友達のことを考えるあなたは、とてもやさしい方ですね。

 

しかしながら、あなたのお友達は今、あなたとはまるで違った感じ方や考え方をしているのではないか、と私は想像します。

あなたのメールを拝読するかぎり、今はあなたが何をどれだけやっても、彼女がひきこもりをやめて部屋から出てくることはほぼないだろうと思います。

なぜなら、彼女は今、彼女自身の内的な必要性からひきこもりという現在の状況になっているからです。そして、その必要性がどういうものであるのかは、残念ながら彼女も言葉にしてあなたに伝えることができないのです。

もし彼女がこの先いつかひきこもりを卒業して部屋から出てくるとしたら、それは彼女自身の意志によって行われなくてはならないことでしょう。

その日が来るまで、あなたが彼女にできる最善なことは、彼女の心に寄り添ってあげることだと思います。

だから私は、あなたが彼女をひきこもりから引き出そうとしないことをお勧めします。そして、彼女が望まない時は会わないでいてあげることです。

「何があっても私はあなたの友達だからね」

ということだけそれとなく伝えたら、あとは彼女が求めてくるまで放っておいてあげることが、今はいちばん彼女のためになることだと私は思うのです。

私が今あなたに申し上げられるのはこれだけです。

あなたのお友達を思いやる心はたいへん美しく、あなたが持つ友情の強さに私は少なからず心を動かされたことを申し添えておきます。

 

敬具

ぼそっと池井多

ひきポス 海外交渉担当 副編集長

 

フィリピン  Photo by Pixabay

こんな返信が届いて、私は驚いた。

私は、もし返信があるならば、それは彼女が学校に戻ったり、仕事を始めたりするための、あるいは彼女をひきこもっている部屋から引き出すためのアドバイスが書かれているだろうと期待していたからだ。

たしかにこれはアドバイスかもしれないが、私が期待していたものとは正反対の内容だった。

これはほとんど「彼女のことは放っておけ」と言っているようなものではないか。

もしこのアドバイスが正しいのなら、これまで私が考えてきた彼女への親切ややさしさや友情は、すべて反対の価値を持っていたことになる。

これで私が動揺せずにいられようか。

けれど、しばらく考えるうちに、このアドバイスが言っていることの方が正しいような気もしてきた。

私は自分の考えを180度変えるだけの柔軟さを持っている。

私は返事を書いた。

 

ぼそっとさん、こんにちは。

 

お返事をいただき感謝いたします。

貴重なアドバイスをどうもありがとうございました。

彼女に無理に復学や就労をすすめるのは良くない、ということを教えていただきました。

ひきこもりについては、私にはまだわからないことがたくさんあります。

じつは、彼女は以前ひきこもり始めたばかりのころ、学校でいじめに遭い、それが原因で大きなダメージを受けたということを私に語ってくれていました。

でも、そのとき私は、

「世の中って厳しいところなんだよ。みんながみんな、優しいわけじゃないんだから」

と彼女に忠告しただけでした。

まさか彼女の不登校やひきこもりがこんなに長く続くとは、あのとき私たちの誰もが思ってもみませんでした。最悪の場合、彼女はこの先もずっと部屋から出てこないかもしれません。

 

あなたからのメールをいただくまで、私はひきこもりに関して間違った考えを持っていました。

学校に戻るか働き始めるかどちらかにするように、私はいつも彼女を説得しなければならないと考えていたのです。

でも、今となっては、できるだけ彼女の気持ちを理解してあげて、これ以上ストレスを与えないように、ただ応援してあげるのがいちばん良さそうだということがわかってきました。

私は今でも彼女のことをとても心配しています。

彼女の両親も年老いてきているので、彼女が将来の生活をどうするつもりなのか心配になるのです。

彼女にはときどきメールしていますが、電話は出てくれないので電話はしません。
私はすでに就職し仕事をしているので、暇ができた時だけ遊びに行っています。 

私にできることは、家族や友人がいつも彼女のそばにいて支えていることを、ときどき彼女に思い出させることですね。

私は、姉妹のように思っている彼女のために、これからも祈り続けるでしょう。そして私は希望を持ち続けます。

 

フィリピンでは、タガログ語でよく

Habang may buhay, may pag-asa

ハバング・マイ・ブハイ、マイ・パグアーサ


と言います。

直訳すると「命がある限り、希望はある」という意味です。 

この言葉が誰かの励みになれば幸いです。 

 

敬具

キャサリン

 

フィリピン    Photo : Richard Mcall

 

キャサリンさん、またまたこんにちは。

 

ご返信ありがとうございます。

私の言いたいことを理解してくださったようで、嬉しく思います。

じつは私も昔、4年の間、あなたのお友達と同じような状況でした。

今でもときどき、短期間ですがひきこもってそういう状態に戻ってしまいます。

だから言えるのですが、あなたの友人は訪問されたり電話がかかってくることが怖いのではないでしょうか。

学校に戻ることや就労することを急かさず、ときどき短いメールを送って、あなたが彼女のことをいつも忘れずにいることを伝える、というのは良いように思います。

 

"Habang may buhay, may pag-asa"

(ハバング・マイ・ブハイ、マイ・ページ・アサ)

生命がある限り、希望はある。 

 

確かに、そうですね。

いい言葉ですね。

 

ひきこもりは、矛盾した思考や心性を持っているものです。
誰にも会いたくないけど、誰かに会いたい。
独りにしておいてほしいけど、自分だけ置いていかれるのは嫌だ。……

これって、困りますよね。
私はひきこもりの立場の人間ですが、ひきこもりではない「ふつうの人」が、そんな矛盾した内面を持ったひきこもりといったいどのように接したりつきあっていけばいいのか、戸惑う気持ちはよくわかります。

 

最後に、私からあなたに一つお願いがあります。

私たちのこのやりとりを編集してひきポスの記事にしたくなってきたのですが、よろしいですか?

今後ともひきポスをどうぞよろしくお願いいたします。

ぼそっと池井多

 

私たちのこのやりとりを記事にしたいですって?

私は「こんなものが記事になるのかしら」と首をかしげた。

でも、私としてもことさら拒む理由もなかった。

そこで返信を書いた。

 

ぼそっとさん、こんにちは。

 

いいでしょう。
以下の条件つきで私たちのやりとりをHikiposの記事にすることを許諾させていただきます。

 

1. プライバシー保護のため私の名前を変えてください。

2. 友達がひきこもっているけれど、ひきこもりについてよく知らない人の参考になるように、ひきこもりを友人に持つ人の視点から書かれた記事にしてください。

以上、よろしくお願いします。

 

キャサリン

 

何ヶ月かが経った。

ひきポスの記事に、私の国の写真が載っていた。

読むと、それは私たちのやりとりをもとにした記事だった。

私の名前はフィリピンにありそうでなさそうなキャサリン・バルディーニャスというものに変えられていて、私たちのやりとりに基づきながらも、私の視点から書かれた物語になっていた。

そのためだろう、私が独りで考えている部分は必然的にフィクションになっていた。

こうして読んでみると、なるほど面白いやりとりだった。

なぜ彼が私たちのやりとりを記事にしようと思ったのか、私はようやくわかったのだった。

 

(了)

 

この記事の原版(英語)へ……

 

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