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【ひきこもりと地方】福島の女性ひきこもり「8050問題」当事者ハリネズミさんの手記 "窃盗症と摂食障害を越えて"

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写真はイメージです。撮影:ハリネズミ

文・ハリネズミ
編集・ぼそっと池井多

 

 

 

梅ガムがもたらしたアドレナリン

私は、幼稚園の時に初めて母親にお使いを頼まれました。
その時のお釣りの50円を、母の財布に入れるふりをして、私はネコババしてしまいました。そのお金で梅ガムを買いました。


あのときアドレナリンが出たのを覚えています。もちろん「アドレナリン」なんていう言葉は知らなかったけど、あのときの異様な興奮は忘れがたいものになってしまいました。

 

それから、両親、祖母の財布からお金を盗むようになりました。
小学校の図書室から借りた本を返さないなどということは日常茶飯事、学校の備品を盗んできたこともあります。

なにしろ、日常的に盗癖があるので、上手くやるわけですよね。

 

家に図書室の印がついた本がゴロゴロしているのに、親は何も言いませんでした。ただ、そんな小学生である私は、親にとってもとても煙たい存在だという思いは、私にも伝わっていました。

 

育った時代はバブルだったので、高校生の時は、親の財布から、一度に4万円も抜くこともありました。

それでも何も言われずに育ちました。というより、私は、親にお小遣いというものをもらったことがないのです。

 

親や祖母の財布から盗んだお金で、お菓子や、本、レコードなど買いたい放題でした。

子供の頃から、親から
「お前はお金持ちだからね。」
と嫌味を言われるだけでした。

中学の頃からひきこもり気味になりました。
短大には入ったけれど、1ヶ月も通わないころから、またがっつりひきこもるようになりました。あの頃は夜中のコンビニに食料を調達しにいく時にしか外出しませんでした。

 

お小遣いのやりくりを知らずに

親や祖母の財布からお金を勝手に抜き取って遣ってしまう癖は、私が精神障がい年金を受給するようになってからも続きました。私の障がい年金は両親が管理していました。

ところが、両親にもそれぞれ金銭問題があり、クレジットカードの自転車操業で、私の年金も全部使ってしまっていました。

私は、親自身の失敗で、親が家を手放したことをキッカケに、30代半ばにしてようやく自分で自分の年金を管理し始めました。

それまでは、幼稚園の時からずっと、ずっと、親の財布から盗み続けていたので、お小遣いでやりくりすることを全く知らない人生でした。

自分が自分のお金を管理し出してからは、親の財布からは盗まなくなりました。

こうして一時、盗癖は治っていたのですが、その後ギャンブル依存の男性と付き合うようになり、その苦しさから、今度はその男性の財布から、お札を抜くようになりました。

表向きは、逆に私が彼に大金を貸していたのですけどね。

 

自殺未遂で破産寸前に

お互い共倒れになり、その男性とは別れ、その後は、携帯ゲームの課金中毒になりました。ひと月に10万円くらいを2年にわたって使い続け、貯金を全額失いました。

その苦しみをキッカケに、精神科の先生にすがりつきましたが、先生からは厳しいことを言われるばかりで、それで5年前に自殺未遂しました。

 

自殺未遂の後の長い長い入院で、鬱になり、もう私は、精神科病院でしか生きていけないと思い込むようになりました。それで、主治医に入院希望を出したら、

「有料個室しか空いていない」

と言われて、しょうがなく有料個室に入院しました。

じっさい入院してみたら、無料個室がガラ空きだったことが後からわかりましたが、時すでに遅しでした。

退院したときの私の通帳残高は、二百円台でした。

 

その頃から、徐々にそんな本当の自分に向き合うようになり、主治医の先生には、全てを話してあります。

母がまだ元気なので、私の盗癖についてどう思っていたのか聴いてみたのですが、
「さぁ〜、もしかして
気付かなかったんじゃないのかなぁ〜?」
とはぐらかされました。

死ぬまで向き合いたくないみたいです。

今は、窃盗症は寛解していますが、再発率が50%以上なのは知っていて、自分の心の変化に細心の注意を払っています。

このように言葉に書いて、皆さんに知っていただくことも、私が再び窃盗症の症状を出さないために役立つと考えています。

 

また、私は性分化疾患のグレーゾーンとして産まれました。
コンプレックスから、幼い頃からポルノには親和性があり、ポルノ被害などにもあってきて、そちらでも辛い思いをしました。
自分の盗癖と、ポルノ被害のダブルの意味で、もう2度と男性とは付き合いたくないです。

 

今は、81歳になる母、未亡人の血の繋がらない姉、脳性麻痺の甥と4人暮らしです。姉の蒸発した旦那が飲酒運転の被害に遭い亡くなったので、その賠償金で建った姉の持ち家に住んでいます。母がNTTを勤め上げたので、その年金頼みみたいなところがあります。

私の失敗談が皆さんに届き、何かのお役に立つならば光栄です。

 (了)

 

参考記事

『何で?』の嵐  私の入院歴

www.hikipos.info

岩手の女性ひきこもり経験者  土橋詩歩さんインタビュー 
第1回「あの履歴書はもう二度と見ることはない」

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沖縄のひきこもり当事者タイキさんインタビュー第1回
「動けなくなって、泣く泣く牛さんを売りました」

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