・・・高知ピアサポートセンター訪問記 第1回からのつづき
インタビュー&構成・ぼそっと池井多
ぼそっと池井多 現在、ここ高知ピアサポートセンターは高知市の中心、高知城などから歩いて5分ほどの住宅地にある2階建ての一軒家にありますね。よく見ると、これは一軒家というよりも、もとは2軒の住宅がつながって一つの家屋だったのでしょう。
そのうち一方、向こう側が高知の家族会「やいろ鳥の会」、手前向かって左側が高知ピアサポートセンターになっています。
この家屋は高知県の所有だそうですね。
石川佑太 そうです。2020年にここを借りたんです。
ぼそっと 賃貸料などを県に払っているのですか。
坂本勲 (高知ピアサポートセンター長) 無償貸与です。毎年、年度初めに「向こう一年間は只で使っていいですよ」という契約を交わしています。
ぼそっと いま登録されているピアサポーターは、何期生までいらっしゃるのでしょうか。
島崎健一郎 3期生です。ぼくが2期生でした。全体では登録しているピアサポーターは19名で、実質動いているのは6~7名ぐらいです。
ぼそっと ピアサポーターの認定を受けた方は、もうひきこもりは卒業した形でバリバリとピアサポーターとして活躍されているのでしょうか。
島崎 そうではありません。ピアサポーターの認定を受けても、またひきこもっている人もいます。それはぜんぜんOKなのです、ピアですから。
また、ひきこもっていてもできることがあればやってもらいます。たとえば、
「新規申込者から相談を受けるのは無理であっても、体験談を話すのは大丈夫」
という人であれば、そういう分野で活躍してもらうということがあります。
現場で、土壇場で「できない」と言ってもらってもいいし、そこは本人に任せています。
広大な管轄区域をどのようにカバーするか
ぼそっと 東京に住んでいる人間からすると、高知県というのはとにかくデカいです。面積は東京都全体の3倍以上、東京23区の11.3倍もあります。
そして、とかく高知県というと広大な太平洋に面した海の県というイメージがあるんですが、じつは高知県の森林率は84%で全国1位、つまり日本でいちばん森が多い山の県なんですね。日本アルプスなどがそびえ、山しかないと思える長野県よりも森林率が高いってすごいことです。
それだけ県内には山間部が広がっているわけですが、たとえばそういう山間部に住んでいる当事者の皆さんは、どのように高知市にあるこのピアサポートセンターにアクセスしてくるのでしょうか。
島崎 山間部の方は、まずは電話をしてきますね。そして、来所するのは高知市内の方が多いです。
でも、山間部からも来所する方はいらっしゃいます。高知県だとだいたい一家に一台、車があって、当事者さんも車に乗っている方が多いので、車でいらっしゃいますね。
ぼそっと そのへんの交通事情は東京とぜんぜん違いますね。
もしも車に乗れない、あるいは車を持てないほど貧しい当事者さんが山間部から「来てほしい」と言ってきたら、どのように対応されますか。
島崎 まず、だいたい坂本さんと石川さんの2人で行って、2回目からは他の当事者2人で行く、という場合が多いです。サポーターの間でそれぞれ予定を調整して、行ける人が行く形になります。
あとは県内各地の社協さんから依頼があって、それで高知市から出向いていって、当地の家族会の方に向けてお話しするといった機会が多いです。高知市から遠く離れた当事者さんのお宅にお邪魔するという訪問依頼は、数としてはそんなにないです。車でこちらに来てもらうほうが圧倒的に多いです。
ぼそっと 高知県は広いから、高知市にあるこのピアサポートセンターだけで県内全域をカバーするのは大変なのではないですか。
島崎 昔は幡多のほうにサテライトがありました。高知県西部の相談にはそこから対応してもらっていました。
坂本勲センター長 高知県でひきこもりピアサポートセンターというシステムを作るときに、県西部である幡多圏域のピアサポート業務を当センターから分離して、幡多サテライトが管轄するように設計してスタートしました。
でも、幡多サテライトがうまく機能せず、消滅してしまいました。だから、今はありません。
復活させたいのだけど、すぐには復活できないので、幡多圏域を担当するピアサポーターが集まっている所に、サテライトに替わる機能を請け負ってほしい、という希望を伝えてあります。
でも、まだ県がそこに予算をつけるという話にはなっていません。将来、もし無理がなければ、またサテライト的なものを復活していってもいいかな、と考えております。
ぼそっと もしサテライトが復活する場合は、その圏域はいま高知市で活躍しているピアサポーターではなく、その圏域にお住まいのピアサポーターが受け持つのでしょうか。
坂本勲 できれば近くのピアサポーターがいいと思います。
いまは県下あちこちの社協さんから、「当地でも家族会を立ち上げたい」「居場所を運営したい」というニーズを聞くので、そういう機会があるたびにピアサポーターを派遣しています。そういうことは今後とも続けていきたいです。
ぼそっと 私は個人的に、他の都道府県でピアサポートがうまく行っていない事例を多く聞くことがあります。ピアサポーターの資格を取ったひきこもり当事者が、その資格をふりかざし「人権活動」などと称して全国各地を渡り歩き、ご当地のひきこもりのコミュニティを引っかきまわした、といった話ばかりが耳に入ってきます。
でも、お聞きする限り、高知はピアサポートがとてもうまくいっているようです。非常に体系的に機能している印象を持ちました。これはなぜなのでしょう。
坂本勲 高知の土地柄ということもあるでしょうが、やはり行政が自由にやらせてくれているからだと思います。しっかり予算をつけて、やっていいことと悪いことの線引きをはっきりさせて、「あとはあなたたちでやってごらんなさいよ」と任せてくれるからではないでしょうか。
ぼそっと なるほど、それは私が知る関東の自治体とはちがいますね。私が住んでいる自治体などは、
「助成金を申請したいから、『こういう団体がたしかにうちの区で活動している』という一筆を推薦状として書いてほしい」
というような、一円も予算を使わないことをお願いしても、
「われわれはあなたたちの活動なんて知らない」
と書いてくれません。知らないわけないのに。
それは自治体からの
「われわれはあんたたちに当事者活動やってくれなんて頼んでない」
というメッセージなのだと思っています。そう思っていれば、とうぜん当事者活動の後方支援などこれっぽっちもやらないですよね。
その点、高知県とは雲泥の差があるように思います。
ピアサポーターならではの苦しさ
ぼそっと こちらで勤務しているピアサポーターの労働環境を教えてくださいますか。
島崎 勤務時間は、このセンターの開所時間ですね。13時から17時の4時間です。支給される手当は、まず時給が940円。これは高知県の最低賃金である897円よりやや高めに設定されています。あと交通手当が通勤の距離に応じて決められていて100円から200円です。
ぼそっと 高知県の最低賃金よりも時給が高いということは、県の方でもピアサポーターというのは価値ある仕事だと認識しているからなんでしょうね。
以前お話をうかがったときに、石川さんと島崎さんが一時期、ピアサポーターをやめようかと話し合った時期があるとおっしゃっていましたが、そのころはどんな問題で悩んでおられたのでしょうか。
島崎 石川さんもぼくも持病にうつ病がありますから、それが発症すると、まず人の話をちゃんと聞けなくなるのです。これは弱みであると同時に強みでもあります。うつを持っているから、相談者の方々と感覚を共有できて、それをもとに活動ができるのですから。
でも、うつがひどくなると活動そのものができなくなってしまいます。そういう時は、自分を守るためにまたひきこもりたくなります。もし活動するピアサポーターの数が増えていけば、ぼくらもうつになった時にも安心してひきこもれるようになるのではないでしょうか。
ぼそっと 少数のピアサポーターに負担が集中しないようにすることが大事だというわけですね。
島崎 あと、ぼくらの業務には守秘義務がいっぱいあるので、つらいことがあっても、話せないことが多いんですよ。初めのころは守秘義務が多すぎて、石川さんと二人で「どうしよう、どうしよう」と悩んでました。それで「もう、やめてしまおうか」と話し合っていたのです。
でも、いまはひきこもり支援センターの人たちが、
「何か行き詰っていることがあったら、お話を聞きますよ」
と言ってくれているので、その点は何とかなっています。
やはりぼくらは何事も抱え込んでしまう傾向があり、たとえ自分が患者として通院している医療機関であっても、なかなか守秘義務をはずして話すということができないので、そういうことを安心して話せる場がどうしても必要になるんですね。
ぼそっと池井多 ひきこもり地域支援センターはピアサポーターたちにシステム的なスーパーヴィジョンをしてくれているのでしょうか。それとも個人的にそのたびに依頼するのですか。
坂本勲 ピアサポートセンターとして依頼することもありますし、ピアサポーターが個人として依頼する場合もあります。個人が依頼する場合は、ピアサポートセンターとしては何も関与しません。
ピアサポートセンターとして依頼する場合は、県の精神保健福祉センターにケース検討をお願いします。すると、精神保健福祉センターから専門の相談員が3名ぐらい来てくれたり、こちらから行ったりすることになります。ここはけっこう頻繁に行き来しています。
ぼそっと池井多 県のひきこもりピアサポート体制として、ピアサポーターが疲弊したときの対応は何か明文化されて決まっているのでしょうか。
坂本勲 明確に文章化されたスーパーヴィジョンのシステムはたぶんないと思います。しかし、ピアサポートセンターの運営にあたっては専門家集団のバックアップが必要不可欠ですよ、ということは県に言ってあります。
また、専門家集団のほうも、
「何かあったら聞きに来なさいよ。ケース検討やりましょうよ。いつでもいいですよ」
と言ってくれています。
板挟みになるピアサポーター
ぼそっと 再び石川さんと島崎さんにお訊きしますが、一般のひきこもり当事者から、
「ピアサポーターは、ピアといっても、われわれ一般当事者からは一段上に位置する支援者じゃないか」
と言われて、当事者から門を閉ざされる場合があるんじゃないか、と思うんですよ。
一方では、お二人ともピアであるということは、まったく健康なふつうの支援者に比べれば、うつなどのハンディを背負いながら活動をやっているのに、そこを理解されないでつらい思いをする場合があるのではないでしょうか。
支援者でもない一般当事者でもない、ピアサポーターという中途半端な板挟みになる立場から逃げ出したくなることはありませんか。
島崎 ありますね。たとえば、ぼくらピアサポーターもいろんな居場所に一人の利用者として行きたいんですけど、行った先に相談者がいたりすると、たちまち声をかけられて相談を持ちかけられたりするので、そのまま一利用者でいるということができません。声をかけられた瞬間からすぐピアサポーターに戻らなくてはならない。だから、どこへ行っても相談を受けられるような一定の緊張感を持って、そういう所へ行かなくてはならないのです。
また、ぼくらも自分たちが生きやすくなるために、まだまだいろんなことを学びに行きたいのです。でも、何かを学びに行った先にもやはり相談者がいて、思うように学ぶことができない。これもなかなかしんどいです。
まあ、ぼくも石川さんもピアサポーターとして顔がそれだけ売れた、ということなんでしょうけども。
でも、ピアサポーターという肩書きが邪魔なときがあります。それを名乗ったとたんに一般当事者と対等ではないです。だから、ぼくもそこには葛藤がありますね。
ぼそっと そうなんでしょうね。私自身が当事者活動でやっていることもある意味「ピアサポーター的」なのかもしれませんが、ピアサポーターと名乗ったらいろいろなことができなくなると思って、それでピアサポーターを名乗らず、その資格も取らないのです。
しかし、ピアサポーターという資格として認定されないと、高知県のように行政がそれを後方支援するときに制度の中へ組みこまれない、という問題があるでしょう。
逆にいうと、高知県のように行政がピアサポートという行為を財政的にもシステム的にも後方支援してくれるなら、ピアサポーターという資格をとって、それを名乗る価値もあるんでしょうけども、私が住んでいる自治体ではまったくそういう動きはないので、やはりそんな資格は私には要らないと思っています。
今後のピアサポートに望むこと
ぼそっと 最後に、ピアサポート活動は今後どういうふうになっていってほしいですか。お二人がピアサポートに期待する未来像を教えてください。
島崎 たとえば、ひきこもっているときに電話するって、ものすごく勇気の要ることじゃないですか。みんな、電話はきっと勢いでかけてるんだと思うんです。勢いで電話かけられたから、そのとき話したいのに、行政の担当者から「予約してください」と言われて、別の日時を指定されるという現状は、当事者の側に立っていないと思うんですよね。
本当に困った相談っていうのは、電話をかけようと思ったその瞬間じゃないと言えないことが多いんじゃないでしょうか。でも、予約を取ると、当日までにそれがクールダウンして、「もういいや」ってなってしまう。せっかく相談する気になっていたのに、こういうのはもったいないなあ、と思うんです。
ぼそっと なるほど、鋭いですね。
島崎 ぼくらだったら、「じゃあ、今から来ませんか」と言います。
当事者さんからすると、その時に話したいことがあるのに「また別の日に」と言われるのは出鼻をくじかれるだろうし。それに別の日を予約すると、予約した日が近づいてくるうちに「何を話そう」「何を言われるんだろう」とビビり始めてしまうんですよ。本当の悩みや苦しみよりも、
「なんかもっともらしいことを話さなくちゃいけない」
なんて思い始めてしまう。そういう思いを相談者さんに考えさせたくないんです。
だから、相手のタイミングで話せるようにすべきだと思っています。
専門職の方々はよく、
「枠は大切だよ。その枠の中でだけ対応すべきだ」
とおっしゃるんですが、ひきこもり支援には、あるいは人と人がつながるには、「枠」というのは要らないんじゃないか、邪魔なんじゃないか、と思うんです。
タイミングよく相手のペースに合わせるのが大事ですよ。たとえば「じゃあ4時に」と約束しても、当事者さんは緊張して遅れる人が多いから、遅れてきてもいいからその人のペースで来てくれればいいからね、という方がいいんじゃないですかね。
ぼそっと なるほど、それは素晴らしいですね。専門職の方は、彼ら彼女らの勤務条件とのにらみ合いで枠を意識することが多いかもしれません。石川さんはいかがですか。
石川 ピアサポーターは、相手の話は聴かなくちゃいけないし、自分の保健衛生も考えなくちゃいけないし、ということで、けっこう頭が忙しくなるんですよね。だから、あまり過密スケジュールになってしまうと、相談者さんにも迷惑をかけるし、自分にもよくない。そう考えると、リソースとしてある程度余裕をもって、ピアサポーターが控えで何人もいる体制に持っていくことが望ましいと思うのです。
それから、ピアサポーター同士のあいだの関係性やネットワークづくりも大切だと思います。
みんな、ピアであるということは、自分の殻に閉じこもりがちだ、ということなのではないでしょうか。でも、そこで閉じこもってしまうと、ピアサポートセンターの活動そのものが硬直していってしまいます。だから、行政でも専門家でも、誰かがイニシアティブを取ってピアサポーター同士のネットワークづくりを行なって、柔軟性を維持することにもう少しパワーを使ってほしいです。
ぼそっと お三方とも、たいへん勉強になるお話をどうもありがとうございました。また高知にお邪魔したときには、ぜひ寄らせていただきたいと思います。その時はどうぞよろしくお願いいたします。
(高知ひきこもりピアサポートセンター訪問記 了)
高知ひきこもりピアサポートセンター
〒780-0926 高知県高知市大膳町1-41
開所: 月・木・金・土 13:00 - 17:00
(但し 休日, 12/29 - 1/3 を除く)
☎ 088-881-6301
✉ soudan@kouchi-piacen.org
<インタビュワー>
ぼそっと池井多 中高年ひきこもり当事者。23歳よりひきこもり始め、「そとこもり」「うちこもり」など多様な形で断続的にひきこもり続け現在に到る。VOSOT(チームぼそっと)主宰。
ひきこもり当事者としてメディアなどに出た結果、一部の他の当事者たちから嫉みを買い、特定の人物の申立てにより2021年11月からVOSOTの公式ブログの全記事が閲覧できなくされている。
著書に『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(2020, 寿郎社)。
詳細情報 : https://lit.link/vosot
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