文・ぼそっと池井多・まりな
この記事には性や性風俗に関わる語彙や表現が含まれます。
不快に思われる方は閲覧にご注意ください。
ターミノロジー
ぼそっと池井多 これから私たちの会話を録音して記事にしていくわけなんですけど、文字に起こした時にまりなさんの今の職業は何と呼んだらいいでしょうか。
今は「AV女優」って書いたら検閲にひっかかるのかな。セクシー女優?
まりな 私、「セクシー女優」って呼ばれるの好きじゃないんですよね。セクシーって、何かちがうと思う。性を喚起させるからセクシーなんであって、セクシーは服着てると思う(笑)。
ぼそっと池井多 なるほど、「秘すれば花、秘せずば花なるべからず」(*1)じゃないけど、直接見せないからこそセクシーなのだ、ということか。
まりな そう。だいたいテレビとか出てくる女優さんって、清純派だろうと何だろうとみんなセクシーじゃないですか。性的な幻想をいだかせない女優なんていないでしょう。
ぼそっと池井多 うん、ほとんどいないからこそ、ごく稀に「性的な幻想をいだかせない」ことを売りにしている女優さんがいますけどね。貴重な存在でひっぱりだこになる。あ、今は「俳優」って言わなくちゃいけないのかな。
まりな じゃあセクシー俳優?(笑)
ぼそっと池井多 男性の俳優も、ほとんどは性的な幻想をいだかせる存在だと思いますよ。
まりな そうでしょう? だから私は「AV女優」といわれるのがいいです。AV、「アダルトビデオ」っていう言葉も、考えてみればヘンなんだけど。
ぼそっと池井多 そうだよね。だいたい「アダルトな」という形容詞…、いや形容動詞か、これがおかしな外来語。英語のadulty(大人らしい)とはちがう気がするし。「大人のお店」と「アダルトなお店」ではまるでちがう所を意味するし。
まりな 「ヘアヌード」もヘンですよね。剃っててもヘアというし。
ぼそっと池井多 あははは。性風俗に関する語彙は、話者の超自我が働いて直接表現が避けられるから、どこか卑屈でヘンな言葉ばかりですよね。……じゃあともかく、まりなさんのお仕事は「AV女優」と書かせていただきます。
まりな はい、よろしくお願いします。
身バレ問題について
ぼそっと池井多 それから、これを記事として出したときに、ご家族にはバレてもいいけど事務所にはバレないようにしてほしい、というご希望についてなんですが…。
まりな そうなんです。
ぼそっと池井多 これをもう少し説明していただけますか。
まりな あの、家族には私がどういう思いで生きてきたか、そして今生きているか、を知ってほしいんです。だから家族が「あ、これはうちの娘だな」と気づいても全然かまいせん。むしろ気づいてほしいというか。
でも、事務所に知られる前提だと、本当のことが言えなくなっちゃうかもとかいろいろあるので、事務所の人が見た時に私だとわからないようにしてほしいのです。
ぼそっと池井多 事務所に知られるとクビになる、ということでしょうか。
まりな いいえ。よく誤解されるんですけど、私たちは事務所の社員ではないので、クビになるとかそういうことではありません。たとえば、私はいま社会保険も国保を自分で払ってます。
ただ事務所の方では、これから私をどういう風に売り出していきたいとか考えてると思いますから、私の話すことがその戦略と合わないと事務所も頭を抱えることになります。だから事務所が売り出してる私という商品と、ぼそっとさんのインタビューに答える私という人間とはつながらないようにしておきたいのです。
ぼそっと池井多 なるほど、了解です。事務所の方が人物を特定できちゃう情報と、私がまりなさんに語っていただきたいことは、基本的にあまりかぶらないでしょうし、文字に起こした段階でちゃんとチェックしていただきますから、その点はどうぞご安心ください。ひきポスとしても、まりなさんの事務所からクレームが来るようなことはしたくないので。
まりな はい、よろしくお願いします。……ちなみに、ひきこもりからAV女優になったのは私が初めてではありません。私よりも先に何人もそういう方がいらっしゃいます。
ぼそっと池井多 へえ、そうなんですね。じゃあ、「ひきこもり AV女優」で検索しても、読者の方は多分まりなさんにたどりつかないかな。
まりな ええ。
負けず嫌いでがんばりすぎ
ぼそっと池井多 さて、私はこれまで何度かまりなさんの人生についてお話をうかがってきましたけど、改めて読者の方々のためにまりなさんの口から半生を語っていただけますか。
まりな そうですね、どこから話せばいいのかな。
ぼそっと池井多 まず、どんなご家族でしたか。
まりな 四人家族でした。妹が一人います。父は商社マンで世界中を飛び回ってました。母は専業主婦ですが、茶道教授の免許を持っています。
ぼそっと池井多 まりなさんが成長する過程で、お父さまはあまり家にいなかった?
まりな そうですね。たまに帰ってくるくらいでした。それがたぶん母と私の距離が近くなってしまった原因でしょう。
ぼそっと池井多 お勉強はすごくできたんですよね。
まりな そういうことになりますか。中高と私立の進学校に行きました。
ぼそっと池井多 関東では誰しも知ってるような名門高で、トップクラスでいらしたと。そして大学は、これまた誰しも知ってる有名大学で、いわば女性のエリートコースを歩んで来られた、と申し上げてもいいのではないでしょうか。学部はどちらでした?
まりな 文。
ぼそっと池井多 あれ? 経済じゃなかったの? てっきり経済学部だと思ってました。
まりな ちがうんですよ。文学部です。第二外語はフランス語で、だからぼそっとさんとけっこう近いんです。
ぼそっと池井多 なるほど、まあ私の大学は文学部なかったんだけど。でも、だからあなたメルロポンティ(*2)とか詳しかったのか。今の今までまりなさんは経済学部出身だと思ってましたよ。改めて訊いてみるもんだな。
まりな たしかに就職したのが金融機関で、仕事で金融商品を扱っていたりしたから、そう思われたのかもしれませんね。でも、大学で経済専攻じゃなかったから、私は会社に入ってから死ぬほど勉強しなくちゃいけなかったんです。そのうち「もう無理」と思うようになって。
ぼそっと池井多 これまた誰しも知っているような大手金融機関ですが、どのくらい続いたんですか。
まりな 2年でした。半年を過ぎたころから息切れしてきたんですが、「石の上にも三年」というので3年はやってみようと思ったのです。でも2年目が終わるころに無理が身体に来て、病気になってしまって。
ぼそっと池井多 それで辞めた、というわけですね。どういう気持ちでしたか。
まりな 悔しかったですよー。私は小さい頃から負けず嫌いだったんです。今にしてみれば、私が何をやっても父が認めてくれなかったことも関係しているし、また母にいつも「やれ、やれ」とけしかけられていたから負けず嫌いだったんだと思いますが、小学校でも中学、高校でも一番じゃないと気が済まないところがあって。
大学でもゼミでは一番の学生だと主任教授に言ってもらいたくて、やらなくてもいいことまで必死でがんばって。会社でも上司に認められたい、同期のなかでトップの成績を残したいってがんばりすぎて。それが体調崩してつぶれたのだから、もう挫折感ハンパないって感じでした。自分なんてもうこの世界に生きてる資格がない、ってくらいに落ちこみました。
ぼそっと池井多 それでどうしたんですか。
まりな しばらく療養して、その間に敗因を分析して「私はやっぱり金融商品とか数字を扱う仕事って向いてない」と思いました。それで司法試験うけて弁護士になろうと思ったのです。
ぼそっと池井多 また、がんばっちゃうわけですね。
まりな そうですね。
ぼそっと池井多 大学は文学部で、仕事は金融で、今度は法律を扱うということで、畑がバラバラだから大変だったでしょう。
まりな 今から考えればそうなんですね。がんばるわりに無駄が多いというか、要領が悪いというか。空回り? 何か一つの所に留まってじっくり成長していくことができなかった。自分のやりたいことが定まってないというか、焦って手当たり次第に手をつけていた感はありますね。でも当時は、自信がないくせに自分を過信していたというか、どこでも一番になった私なら、挑戦すれば何でもできると思ったのです。
ぼそっと池井多 なんか耳が痛くなってきた(笑)……ひきこもりには「自分のやりたいことが定まってない」という人、けっこういるような気がします。私自身もある意味、長いことそうでした。だからあちこち放浪しました、地理的にも分野的にも。
まりな 地理的に、というのはそとこもり…?
ぼそっと池井多 それも、ですね。
まりな よく「目の前に二等辺三角形にニンジンをぶらさげると馬は前に進めなくなる」っていうじゃないですか、本当かどうか知らないけど。あれもやりたい、これもできる、と思うと何もやらないというのはそういう感じかも。
ぼそっと池井多 なるほど、そういう所もあるかもしれませんね。もちろん実際に実験したら、馬はどっちかのニンジンにパクつくとは思いますが。
あと「自分のやりたいことが定まってない」という人は、「やりたいことを定める自分」というものがないんじゃないかと思います。まりなさんも来てくださった「ひ老会」(*3)では「自分がない問題」として定番で話題に出てきますね。自分のなかに自分がないからやりたいことが決められない、それでいつまでも同じ所をぐるぐる回っている、それが世にひきこもりと呼ばれる状態である、ってこともあります。
まりな 私の場合、育った環境をふりかえると、やりたいことを定める自分が育つ暇がなかったような気がします。
ぼそっと池井多 それそれ。私は「主体の
ところが、そのころになってうちの母親は、
「これはまずい。このままだと私が責任取らなくてはならなくなる」
と思ったのか、ある時からとつぜん摘み取るのをやめて私を放り出すんですね。そういうところは敏感に先読みする母でした。それで私が高校1年生のとき、唐突に自主性に任せようとしまして。そういうふうに路線変更しておけば、
「私はちゃんと息子の自主性を重んじてました」
とあとで答え合わせの時には言えますからね。
でも、そのころにはもう芽が出なくなっていましたから、放り出された私は前に進めず、ひきこもりへの道をたどっていったのです。
まりな 私のうちでも、父も母も私に反対しかしませんでしたから、そういう意味では私も芽を摘み取られていましたね。それでいて親は、妹のやることは全肯定するんです。
ぼそっと池井多 うちもそう。私は何をやっても否定、弟は全肯定でしたね。これじゃあ兄弟葛藤が起こらない方がおかしいですよ。
でも、まりなさんは20代の私とちがって、ちゃんと前に進んで、あちらの金融機関ニンジンがダメなら、今度はこちらの司法試験ニンジンを目指そうと勉強を始められたわけですね。すごいじゃないですか。
まりな ありがとうございます。でも、そこから沼ってしまったのです。
ぼそっと池井多 どういうふうに沼ったのですか。
註:
*1. 秘すれば花、秘せずば花なるべからず 世阿弥『風姿花伝』参照。
*2. メルロポンティ Maurice Merleau-Ponty (1908 - 1961) フランスの哲学者。
*3. ひ老会 「ひきこもりと老いを考える会」
参照 https://hikipla.com/groups/57
・・・第2回へつづく
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