この記事には性や性風俗に関わる語彙や表現が含まれます。
不快に思われる方は閲覧にご注意ください。
・・・第2回からのつづき
前回までのあらすじ
司法試験合格を目指して勉強していたまりなさんであったが、同期がどんどん出世していくなか、焦りに駆られて勉強が進まない。結婚を約束していた彼氏との関係も、自己評価が低いためにまりなさんの方から破綻させてしまった。
こうしてまりなさんは絶望のどん底へ落ちていった。……
正論で押してくる父
ぼそっと池井多 「不安がなくなったら、生きる意味までなくなってしまった」
ということなんですね。
まりな そうなんです。もう、そうなると試験勉強なんかぜんぜんやる気になりません。
「私って、なんでこんなことをやってるんだろう。何も楽しまず、せっせと勉強して、がんばっていくだけで一生終わっちゃうんじゃないのかな」
とか思えて。
でも、勉強してることになってる身分だから、二階の自分の部屋にこもって机の前にはちゃんと座っている。そこから出ていくことはない。でも、何もしない、何もできないで、ボケーッとインターネットばかり眺めていました。
ぼそっと池井多 インターネットってハマるといつまでも見ちゃいますよね。私もよくやります。延々とウィキペディアを読んでたりする。
まりなさんの勉強部屋の下、おうちの一階には、いつもお母さまがいらしたわけですか。
まりな そう……。いえ、父も加わったのです。海外勤務だった父がちょうどそのころ定年を迎えて、長年勤めた商社を辞めました。子会社にセカンド就職したんですけど、今度は通勤が都内ですし、ずっと家にいるようになりました。これも私にとっては大きな変化でした。母一人よりも、両親そろって階下にいる方がプレッシャーなのです。
ぼそっと池井多 それはそうでしょう。想像できますよ。でも、それをきっかけにお父さまと話をするようになった、とか、なにかプラスの変化はなかったのですか。
まりな 父と話をする時間ができたから、私は息苦しかったのです。
父は、たぶんこう思っていたのではないでしょうか。
「これまでは海外を飛び回っていて家庭をおろそかにしてきた。これからはせめて自分の家庭にしっかり向き合ってやろう」
そこだけ聞けば、父が正しいように聞こえます。
……ええ、父は正しい人なんです。だから困るんですよ。
ぼそっと池井多 なるほど。お父さんは正しい、だから困るっていうのは、すごい言葉ですね。
私はよく講演などで、
「ひきこもりのご家族や支援者のいうことは正論である。だからひきこもり当事者は苦しめられるんだ」
と申し上げるんですよ。
ひきこもり当事者の考えていることは、正論なんかじゃないかもしれない。では、正論でないから正しくないかというと、そんなことはないのです。正論でないからこそ、それなりに真実を含んでいる。
だから私は世の中の「正論」に対して、ひきこもり当事者たちの言葉を「真論」と呼んでいるんです。まりなさんの「父は正論だから困る」というのもそれではないでしょうか。
まりな です、です。
もともと父はパワフルな人で、だから海外を飛び回っていた。そういう正論パワーを家のなかで使いまくるようになりました。するとパワーの宛先は母と私ですよね。
私に対しては、
「なんだ、お前。まだ合格しないのか」
とか
「そんなことやってるから合格しないんだ」
とか、顔を見るたびに細かいことを言ってくるようになりました。
私にしてみれば、今までの私のことは何も知らないくせに、とつぜん父親ぶって、それも見当はずれなことばかり言ってくる父は鬱陶しい以外の何物でもありませんでした。
ぼそっと池井多 では、「お父さまと話をするようになった」といっても、それはお父さまと会話や対話ができるようになった、というのとは少し違いますね。
まりな ぜんぜん違います。会話が成り立ちません。だいたい私は会社もやめて、結婚相手にも捨てられて、いろいろあって、私をなぐさめてくれる人なんか誰もいなくてうちのめされているのに、そんな娘を「お前が悪いんだ」とばかりに父は踏みつけてくる。もう、いやだ!って思って、同じ家のなかにいても父とは話をしなくなりました。ご飯もいっしょに食べなくなりました。
ぼそっと池井多 ご飯はどうしていたのですか。
まりな 親は二人で一階のダイニングルームで食事をして、私は二階で一人で食べたり、夜に親たちが寝静まってから台所に降りていって食べてたりしました。
ぼそっと池井多 ひきこもりあるあるですね。
まりな そうすると夜中に食べることが多いから、太るんですよね。太ると、もう自棄になって、もっと食べてしまうという悪循環にはまって。とくに夜12時を過ぎると、過食欲求とも怒りともつかないものに突き動かされるようになってきて、まるで復讐するかのように「えーい、食べてやる!」っていう感じで台所で明け方まで独り黙々と過食してました。
ぼそっと池井多 私も母親との関係から摂食障害になってました(*1)から、「えーい、食べてやる!」っていう感じわかりますよ。怒りと過食って親和性が高いですよね。あれは一種の自傷行為です。怒って自分の皮膚を切り刻むリストカットと同じで、怒って自分の胃腸を痛めつける。食べているあいだは何も考えなくていいですからね。
まりなさんは食べることで、いったい誰に復讐してたのでしょうか。
まりな うーん、やっぱり父ですかね。それと、母。
*1. 母親との関係から来る男性の摂食障害については以下の記事を参照のこと。
第一子の悲劇
ぼそっと池井多 お父さんのどういう所に怒ってましたか。
まりな そうですね……、父は私を守ってくれなかった。…というか、私がいちばん側に居てほしい時に近くに居てくれなかったんです。
私が母とぶつかったときに、私は父に庇ってほしかった。でも、海外へ行っていた父は、日本の家のことは母に任せきりになってるという負い目が母に対してあったからか、
「お母さんのいうことは聞いておけ」
というばかりで、幼い私の言い分を何一つ汲んでくれなかったのです。
ぼそっと池井多 それはまりなさん、怒りが残りますよ。……お母さんに対してはどうでしたか。
まりな 母は母で、長女の私には「あれをやれ、これをやれ」と厳しかったのです。それで私がそれをやると、私は優秀だったから、できてしまう。そうすると今度は、母は私をライバル視して攻撃的になるのです。何でも私に当たったり、妹がしでかしたことまで私のせいにしたり。
ぼそっと池井多 わかります! 私のところは男兄弟だったけど、母との関係で起こったことはまったく同じでした。ただし、私の父はまりなさんのお父さんのように有能でパワフルな人ではなく、海外を飛び回ることもなく、ナヨナヨとした弱い父で毎日おとなしく帰ってくる平社員だったけど、「不在感」という点ではまりなさんのお父さんと共通していたかもしれない。
母に至っては、まりなさんの家の話から「長女」を「長男」に置き換えただけで、まったく同じことが起こっていました。母が私にやれと言ったからやったのに、私がやってしまったら、今度は私をライバル視して憎み、弱い次男だけを可愛がっている。
まりな 不条理ですよね。
ぼそっと池井多 不条理です。私は「第一子の悲劇」って呼んでます。
それでまりなさんは、同じ家にいてもお父さまとは一言もしゃべらない生活になったんですね。お母さまとはどうでした?
まりな 私は夜に起きてることが多くなって、生活時間帯がちがうから、両親とも家のなかでめったに顔を合わせなくなったのだけど、私が昼ごろ起きて下に降りていくと、母とは顔を合わせますから言葉は交わしました。
でも、ふつうに会話してるのはせいぜい初めの3分で、いつもすぐに口論になりました。お互い言うことなすこと一つ一つが気に喰わないから、口論の種は尽きませんでした。
ぼそっと池井多 家庭の会話そのものがどこに地雷が埋まっているかわからない地雷原だったわけですね。
まりな そういうことです。親と喧嘩したら、そのあと2階へ上がってもずっとそれで怒ってるから、よけい勉強は進まなくなるし。
ぼそっと池井多 昔の友達とか知り合いに話を聞いてもらおう、とかは考えませんでしたか。
まりな 考えなかったですね。気楽に話ができる友人なんて、もういなかったのです。「軽蔑されたくない」「哀れに見られたくない」と思うから、昔の知り合いとはほとんど関係を切ってしまってましたから。それで、もうどこにも出口が見つからなくて、八方ふさがりでした。もう死んじゃおうか、とか考えてました。
他の人はどうやって人生を生きているの?
ぼそっと池井多 ちょうどそのころですかね、私がやっている「ひ老会」(*2)にまりなさんが初めていらっしゃったのは。
まりな ですね。
ぼそっと池井多 あれは、何で知ってくださったのですか。
まりな インターネットだったと思います。
*2. ひ老会(ひきこもりと老いを考える会)2017年創会。参加者数は数人程度のこじんまりとしたときもあれば、50人を超える大人数になるときもある。年代は20代から80代までさまざまだが、人生に深く悩む方のご参加が多い。
詳細情報:https://hikipla.com/groups/57
ぼそっと池井多 そうですか。初めては緊張したでしょうけど、思い切って来てくださいまして、どうもありがとうございました。
まりな いえいえ、こちらこそありがとうございました。あのときは「私はまだ老いてないのに『ひ老会』に参加していいのかな」とか思って、恐る恐るという感じではあったものの、すがる思いで行きました。
ぼそっと池井多 そうでしたか。
いや、よく誤解されるんですが、「ひ老会」は「ひきこもりと老いを考える会」の略であって、「老いているひきこもりのための会」ではないので、ひきこもりと老いについて考えたい方なら若い方でも大歓迎なのです。ご覧になったと思うけど、実際いらしているのは「老いているひきこもり」ばかりではないでしょ。
まりな そうですね。思っていたのとちがって、たしかに若い方もたくさん来てましたね。
ぼそっと池井多 参加してみて、いかがでしたか。
まりな すごくよかったです。吐き出せました。あの静かな空気感。暗い話しかしませんでしたけど、ぼそっとさん初め、皆さん聞いてくださって、……涙が出てきてしまって、……帰り道はずいぶん気持ちが軽くなったのをおぼえています。
ぼそっと池井多 世の中では暗い話やネガティブな話は嫌われて、明るい話やポジティブな話ばかりしなければならないような同調圧力があるように私は思います。お祭り騒ぎやパーリーばかりが好まれる。
まりな パー「リー」なんですね(笑)。
ぼそっと池井多 そうです。リーです。世の中で起こっていることの半分は暗いはずだから、引け目を感じずに暗い話やネガティブな話ができる場は貴重だと思っています。
ところで、まりなさんはインターネットではどういうものを見ていたんですか。
まりな おもに他の人の人生ですね。YouTubeにハマってました。あそこではみんな、自分の人生や日常を流してるじゃないですか。「おすすめ」に出てくる動画を次から次へ、時間が経つのも忘れて眺めていました。
ぼそっと池井多 なぜ他の人の人生の動画ばかり見ていたのでしょうね。
まりな それはやっぱり……、自分の生き方がわからなくなってたからじゃないですか。自分はこんなに生きることがむずかしいのに、他の人たちはなぜ毎日行き詰まることなくああやって生きていられるんだろう?って思っていたからだと思います。いったいどうしたら、あの人たちみたいに生きられるのかな、って。
あれは中毒になりますよ。ぼそっとさんもご覧になります?
ぼそっと池井多 YouTubeは知ってますが、私はそんなに見ないですね。あそこに出てくる人、どの人も才能がキラキラしててすごい人たちばかりだから、あれを見ていると自分のダメさ加減を改めて思い知らされて落ちこむものですから。
まりな ぼそっとさんも出てましたよ、YouTubeの…。
ぼそっと池井多 ああ、街録チャンネルでしょう(*3)。あれは私が作った動画ではなく、インタビューに答えただけなんですが、でも、ご視聴ありがとうございます。
街録チャンネルも有名なチャンネルらしいですけど、私は見たことがなかったので、取材の申込みをいただいて、初めて2,3本見てみました。
私もふだんインタビューする側として一つのスタイルのようなものがあるつもりだけど、街録チャンネルのインタビュワー、三谷三四郎さんもすごい人ですよね。
*3. 街録チャンネル ぼそっと池井多 https://www.youtube.com/watch?v=_2Z9UxrOrkU
まりな ぼそっとさんの回、すごく面白かったんですよ。内容が濃くて、一回じゃ消化しきれなくて、何度も見ました。いまだに時々見ますよ。
ぼそっと池井多 それはそれは。光栄でございます。
まりな ああいうふうにYouTubeを見ていて、ある日私は「AV女優になろう」って思ったんです。
ぼそっと池井多 えっ?!
・・・第4回へつづく
<インタビュワー>
ぼそっと池井多 中高年ひきこもり当事者。VOSOT(チームぼそっと)主宰。著書に『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(2020, 寿郎社)。
詳細情報 : https://lit.link/vosot
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