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もう「負け」はわかっているから焦らなくていい 《ひきこもりからAV女優になったまりなさんとの対話 第7回》 

写真・ぼそっと池井多

文・ぼそっと池井多まりな

 


この記事には性や性風俗に関わる語彙や表現が含まれます。

不快に思われる方は閲覧にご注意ください。

 

 

・・・第6回からのつづき

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業界用語にとまどう

ぼそっと池井多 まりなさんはそうやって彼氏と別れ、ご両親と衝突したまま、大学時代の親友とも切れて、孤独でボロボロになってAV女優になられた、ということですが、じっさいAV女優になるってどういうプロセスを踏むんですか。

まりな そうですね、始まりはふつうの就活と同じだと思います。どこの会社へ行くか決めて、そこへ連絡して、アポイントメントを取って、面接に行くわけです。違いはただ、その会社がプロダクションというだけで。

ぼそっと池井多 わあ、ぼくが嫌いなプロセスだ。

まりな ぼそっとさんは就活をしてて鬱になったんでしたっけ。

ぼそっと池井多 そうなんですよ。いまだに就活スーツとか見るとゾッとします。もう40年も昔のことなのに。
……それで、面接ではどんなことを聞かれるんですか。

まりな ここもふつうの就活とそう変わらないですね。どうしてこの業界に入りたいのかとか、将来の希望とか。ふつうの就活と違うのは、できること・できないことを申告する膨大なチェックシートに記入していく時間があるというところかな。

ぼそっと池井多 できること・できないこと?

まりな そう。つまり、ひと言で「性」といっても、いろいろなバリエーションがあるじゃないですか。挿入だけが性行為ってわけでもないし。

ぼそっと池井多 ああ、なるほど。

まりな そういう項目がズラ―っと並んでいて、撮影の時にできることには〇、できないことには✖をつけていくんです。

ぼそっと池井多 へえ、そんなにたくさんあるんだ。

まりな あったんですね、私も知らなかったんだけど。

ぼそっと池井多 「知らなかった」ということは、まりなさん自身、AVという世界にあまり詳しくはなかった?

まりな ええ、ぜんぜん。AVというものがあることは知っていましたが、自分で見たことは一度もありませんでした。

ぼそっと池井多 じゃあ、AVの世界がどういうものかまったく知らないまま、その業界に飛びこむことになった、と。

まりな そういうことになりますね。

ぼそっと池井多 すると、かなりカルチャーショックとかあったのではないでしょうか。

まりな ありましたね。たとえば、チェック項目の言葉がどれも専門用語みたいで、いったい何を意味するのかわかりませんでした。
漢字で書かれているのはまだいいんですよ、漢字から内容が推測できるから。でも、なんかラテン語起源らしきカタカナ言葉とか、ひらがなで書かれている隠語みたいなのはさっぱりわかりませんでした。

ぼそっと池井多 たとえば、どういうのですか。

まりな そうですね、たとえば……「ごっくん」って書いてあったんですよ。
「これは何だろう」と思って。「69」というのがあったから、これも数字かなと思いました。

ぼそっと池井多 ああ、数字の隠語ってよくありますもんね。
私が例えると、すぐ日本酒の話になっちゃうんだけど、「〇っさい」という山口県のお酒があって精米歩合39%で造っているのがあるんです。「39」から取って、業界の人たちは「ざんく」と呼んでました。
すると、まりなさんは「ごっくん」というのを見て「59」だと思ったんですね。

まりな そうです。でも、かりに「59」だとしても何を意味しているんだろう、と思って。

ぼそっと池井多 そうですよね。69みたいに図柄でもなさそうだし、精米歩合でもなさそうだし。

まりな それで、そこにいた面接官に「あの、この『ごっくん』って何ですか」って訊いたんです。

ぼそっと池井多 そしたら?

まりな 面接官は、「そんなことオレに説明させるなよ」とでも言いたげな、照れ臭そうな笑いを浮かべて、
「だから、ほら、飲めるかってことですよ」
と私をつっつくように言うんです。

ぼそっと池井多 ほう、「飲めるか」と。

まりな 私、お酒は好きな方じゃないですか。ぼそっとさんほどではないにしろ。

ぼそっと池井多 そうですね。二人で呑みに行った時なんか、一升瓶を空けましたもんね。

まりな だから「私、飲める口です」とお答えして、そこは〇をつけておいたんですね。

ぼそっと池井多 そうしたら、どうでした?

まりな ずっと後になって、そういう意味じゃないことがわかったんです。

 

14キロやせて健康になった

ぼそっと池井多 チェックシート記入の段階から、他の就活とはだんだん違ってきたんですね。

まりな それから宣材写真を撮りにいったり、営業をしたりして契約が決まります。今はAV新法のために、ここまででだいたい半年経ってしまいます。

ぼそっと池井多 やがて最初のギャラが入った時って、どうでしたか。

まりな 月並みだけど、やっぱり嬉しかったですね。ひきこもりだった人はみんな同じ感慨を覚えるんじゃないかと思いますが、それまでずっと「働いてない」「稼いでない」ということに引け目と劣等感を感じてましたから、それを卒業できたっていう達成感がありました。私にとっては金融機関を辞めてから10年ぶりくらいに自分で稼いだお金でした。

ぼそっと池井多 そのお金で、まず何を買いましたか。

まりな 私の場合、引っ越しをしました。もう親にグダグダ言われる生活は嫌だったんです。

ぼそっと池井多 とくにモノは買わなかった、と。

まりな そうですね。私はもともとあんまりお洋服とか買わないし、コスメとかも凝らないから、そういう方面にはお金は使わなかったですね。

ぼそっと池井多 たしかに、まりなさんはいつも質素ですよね。今日もお化粧うすくて、ほとんどスッピンでいらっしゃるし。

まりな 今も、ふだんの私はひきこもりだった頃とそんなに見た目は変わらないと思います。

ぼそっと池井多 ですよね。そのへん歩いてたら、まさかこの女性がAV女優さんだなんて誰も思わないと思います。
では、AV女優になって何が変わりましたか。

まりな まず、健康になりました! 

ぼそっと池井多 ほう、健康になったと。

まりな 昼夜逆転が治って、朝起きて夜寝る生活に戻りました。そして、ひきこもりだったころと比べて、14キロ痩せたんです。

 

「負け」から始めるという気楽さ

ぼそっと池井多 14キロも?

まりな 勤めてた時代からひきこもりになって10キロ太ったから、OL時代から比べたらマイナス4キロですね。

ぼそっと池井多 20代前半よりもスリムになられたってことですね。

まりな AV女優のお仕事って、基本的にアスリートですからね。

ぼそっと池井多 アスリート? どんな種目かな。

まりな たとえばフィギュアスケートとか。持続力、柔軟性はもちろんのこと、アーティスティック・インプレッションが大事ですから。

ぼそっと池井多 美的感覚が必要なんだな。

まりな やはり「見られる」「見せる」ということを常に意識してますね。

ぼそっと池井多 じゃあ、日頃の鍛錬なんかも?

まりな はい。原則として、撮影のない日は毎日ジムへ行ってます。みんな、そうですよ。よくAV女優というと、オフ日はホストクラブ行って稼いだお金を散財してるもんだって考えられているらしいですが、そんな人、私は知りません。みんなストイックに身体からだづくりしてます。

ぼそっと池井多 食事なんかも気をつけていらっしゃる?

まりな ええ、まあまあ。でも、本物のフィギュアスケート選手とちがって、脂肪も摂らないといけないんです。だって、そうでしょ。ガリガリで脂肪がなくて筋肉ばかりのAV女優なんて、見たくないじゃないですか。適度にふくよかで、弾力性のある身体を目指してます。いわゆる「豊満」というイメージでしょうか。それから足よりも腰を、めっちゃ鍛えてますね。

ぼそっと池井多 経済的に自立して、独りで生活できるようになって、身体も健康になった、と。そういうふうにお聞きしていると、AV女優になったことはまりなさんにとって何から何まで良いことづくめに聞こえますが、どうですか、何か「裏」があるんじゃないですか。たとえば、メンタル面なんかどうですか。

まりな メンタル面ね・・・。 AV業界ってメンヘラの子が多いって言われてるらしいけど、私の場合はかえって強くなったと思いますね。やっぱAV女優って、職業的偏見にさらされてるじゃないですか。それと戦っていくだけの強さが備わってきたように思います。

ぼそっと池井多 社会から偏見の目で見られてるというと、ひきこもりもそうですよね。まりなさんは、ひきこもりだったころは、それについては考えませんでしたか。

まりな もちろん考えました。だから、近所も出歩けなかったんです。
でも、同じ社会からの偏見でも、ひきこもりとAV女優では中身が違うんですよね。ひきこもりは「働いてない」っていう偏見、AV女優は働いているんだけどお仕事の種類による偏見、つまり職業差別ですね。

ひきこもりのころは偏見に逆らえるほど胸を張れなかったけど、今は張れます。
「あなたたちがどう思おうと、私たちは働いているんだ。こういう仕事でお金をいただいてるんだ。何が悪い? 馬鹿にするなら、あなたたちも試しにやってみなさいよ」
って。

ぼそっと池井多 おお! 馬鹿にする人ほど、きっと自分ではできやしないでしょうね。
あのう、ここでちょっとクサい質問かもしれないけど、それじゃあ今、まりなさんは幸せですか。

まりな 「幸せ」かあ。…うーん、私は今が一番これまでの人生の中で幸せかもしれないですね。

ぼそっと池井多 へえ、今が一番ですか。どうして。

まりな ひきこもりだったころみたいに、人生行き詰ってないし、「働いてない」っていう引け目もない。学生や金融機関に勤めていたころは、「もっと上を目指さなきゃ」という焦りにいつも駆られていました。でも、今はそういう感覚がない。自分が自分であることに満足しています。

ぼそっと池井多 なるほど。でも、AV女優だって、上には上がいるのでは?

まりな もちろん! ちがう、ちがう。ぼそっとさん、たぶんそこわかってない。私は自分がすでに上にいるから焦らなくていい、なんて思ってなくて、上にいないから焦らなくていいっていう意味で言ったんですよ。

AV女優の世界では、19とか20の子がやっぱ頂点じゃないですか。30代になってデビューしても、いちおう需要はあるけど、ぜったいそこまでの頂点には行けない。若さでは勝負できない。つまり、最初から負けが決まっているんです。

だから競わなくていい。自分は自分のペースでやっていれば、それでいい。

でも、高校、大学、金融機関、資格試験の勉強をしてたころは、そういうわけに行きませんでした。やればできちゃったし、自分が自分に満足したらオシマイで、少しでも前に出なきゃ、少しでも上へ行かなくちゃ、っていつも焦ってました。だから、幸せじゃなかったです。今はその焦りがない。今日一日を味わいながら生きていける。だから今が今まででいちばん幸せに感じるんだと思います。



・・・まりなさんとの対話 第8回へつづく

<プロフィール>

まりな AV女優。有名私立中高、一流大学を経て、大手金融機関に勤めたのち司法試験を目指すために退職。家で勉学中にひきこもりとなり、人生を切り拓くためにAV女優へ転身する。
「商品としての私と、自分を語る私はきっちり分けたい」として芸名、所属事務所、発売レーベル、出演作品などは非公表。
俳優という存在は誰しももともとセクシーな魅力を売り物にしうる職業であるとして「セクシー女優」と呼称されることは好まない。

ぼそっと池井多 中高年ひきこもり当事者。本誌HIKIPOS副編集長。ひきこもり当事者団体VOSOT(チームぼそっと)主宰。
ひきこもり当事者としてメディアなどに出た結果、一部の他の当事者たちから嫉みを買い、特定の人物の申立てにより2021年11月からVOSOT公式ブログの全記事が閲覧できなくされている。
著書に
世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(2020, 寿郎社)。

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