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小説「遊べなかった子」#05 よろこびの子の像

ひきこもり当事者・喜久井(きくい)ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

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文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer

 

   よろこびの子の像

 

 みさきがはじめて目にした時には、本物の遊び場と見間違えた。島中に緑や黄土色のアスレチックがあって、たくさんの子どもが遊べるところみたいに見えたのだ。けれど、みさきが島を歩いてみると、そこにあったものは全部がブロンズでできている。遊具や草花のある公園まるごとが、サビで固ったみたいに、何もかも止まっていた。
 「なんだこれ。ぜんぶ作りものじゃないか」
 みさきはつぶやいた。遊具の表面は、どれもこれもトゲだらけといってもいいくらいにザラザラしている。ジャングルジムやすべり台があったけれど、手の平でなでると痛いくらいで、実際の遊びにはとても使えそうになかった。ロープとタイヤのある遊具や、ゴム製のバネで乗って遊べるはずのウマも、青銅では動くはずがない。

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 みさきは、島の中心のあたりで、もくもくと作業をしている〈彫刻家〉と出会った。ひさしぶりに見た人間、だ。〈彫刻家〉はその時、遊具を作っているのではなかった。ブロンズなのは変わりなかったけれど、モノや花ではなく、たった一人だけの子どもの像にとりかかっていた。
 みさきはドキドキしながら、〈彫刻家〉に話しかけた。
 「あのう、こんにちは」
 みさきは勇気を出して話しかける。〈彫刻家〉は痩せた男の人で、何も言わずに、子どもの像に集中しているままだった。〈彫刻家〉のまわりには、子どもの像を作るために散らかったらしい、顔や体のパーツが、壊れたみたいに散らばっている。
 「……お前の眼はどこにある?お前の胸はどこに?暗いところですすり泣いていたあの影は?」
 〈彫刻家〉は、目の前の子どもの像に向かって、みさきにはわからないことをブツブツとつぶやいていた。みさきは子どもの像の顔を、どこかで見たことがあるような気がした。
 「その銅像の人って、誰ですか。もしかして、ぼくも知っている人?」
 「……やっぱり、小さな手をにぎりしめていないといけない。一番重たい言葉を、この手で結びつけないといけない」
 〈彫刻家〉には、みさきの言葉が通じていないみたいだった。
 「あの、ごめんなさい。邪魔だったら、もう行きます」
 みさきは〈彫刻家〉に迷惑なことをしたと思って、立ち去ろうとした。けれど、〈彫刻家〉は突然、みさきにはっきりと顔を向けて、話しかけてきた。
 「待って。あなたは、『夜の書』を探してここに来たのではない?それだったら、ぼくも知ってる。『夜の書』は、あなたの行く先にあるよ。大事にしないといけない。それが、水平線を終わらせてくれる」
 〈彫刻家〉の声はやさしげだったけれど、何を言っているのか、ちっともわからなかった。
 「『夜の書』って、聞いたことないです。どういうものですか?」
 みさきが言葉を返したのに、〈彫刻家〉はまた作り物の子どもに向きなおった。銅像の手のあたりを、作らねばならないようだった。
 「ぼくの行き先って……?」
 〈彫刻家〉は作業に集中していて、何も答えなかった。みさきは、人間である人と話すことは、なんて難しいのだろうかと思った。もしかしたら、自分が言葉についてひどい思いちがいをしていて、そのせいで会話ができないのだろうかと疑った。みさきはもう、話すのをあきらめかけていた。それなのにまた、〈彫刻家〉が話しかけてきた。
 「さっき、この子どもの像は誰かと聞いたね?これは〈よろこびの子の像〉。見てのとおり、ぼく自身の姿に決まっているだろう」
 〈彫刻家〉は、楽しんでいるのか悲しんでいるのか、よくわからない表情で言った。
 「そう、ですか」
 みさきは何と言っていいかわらかずに、短い返事をした。〈彫刻家〉はすぐみさきのことを忘れたみたいに、〈よろこびの子の像〉の制作にとりかかっている。

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 みさきは〈彫刻家〉から離れて、あてもなく、ブロンズでできた遊具や木々のあいだを歩いた。ほとんど光も反射していない、鈍いかたまりがいっぱいだった。どれもよくできていたけれど、一つも楽しい気分にさせるものはない。ブランコのオブジェでは、二つのブランコがはねあがっている状態で、空中に固められていた。見えない子どもが遊んでいる途中のように、ブランコは風をあびている。美術館の飾りなら良かったかもしれないけれど、今この島にいるみさきには役に立たない。緑がそよいでいるかのような木々も、アスレチックに登れるかのようなロープも、もしそれぞれが本物だったなら、とても良い遊び場だっただろう。
 みさきはブロンズの島をひとまわりして、また〈よろこびの子の像〉のところに戻ってきた。すると、そこには誰もいないのだった。
 「彫刻家さん?」
 島の真ん中に、〈よろこびの子の像〉だけが取り残されていた。しあわせでいっぱいに見える子どもの顔と、作りかけの体のパーツがある。すこしあたりを見渡したかぎりでは、〈彫刻家〉の姿は見えない。どこかで休んでいるだけかもしれないし、べつのものを作りに行ったのかもしれない。みさきは、一人でたたずむ〈よろこびの子の像〉のからっぽの目を見た。話しかけても答えはないとわかったまま、
 「この公園にいて、しあわせなの?」とたずねた。
 〈よろこびの子の像〉は黙ったまま、いつまでもつづく笑顔を見せている。みさきは気づかなかったけれど、像の足元のところには、短い詩の言葉が彫られていた。

   どれほど果てしない空の下に
   一生を行く道がつづいていたとしても
   ぼくはこのままのものとして止まる

 〈彫刻家〉の姿が見えなくなった島には、遊ぶことのできない公園だけが残されている。硬い草花やブランコが、一ミリも揺れることなく完成されていた。〈彫刻家〉はいつまでも、〈よろこびの子の像〉のために楽園を作りつづけるのだろう。みさきは、もう一度会えたところで、どうせまともに会話することはできないと思えた。みさきは一人で、ブロンズの島を立ち去った。


 つづく

 

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