ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

『ひきポス』は、ひきこもり当事者、経験者の声を発信する情報発信メディア。ひきこもりや、生きづらさ問題を当事者目線で取り上げます。当事者、経験者、ご家族、支援者の方々へ、生きるヒントになるような記事をお届けしていきます。

当事者手記

好き好んでひきこもり

(文・Nadipedia) 20代の前半に5年ほど引きこもりだったけれど、将来の不安があることを除いては毎日それなりに楽しかった。ほぼ毎日図書館に通い、家で絵を描いたりして過ごし、2か月に一度無料カウンセリングに通う以外はほとんど人と会話することも…

【ひきこもりと父】たとえ親がどうであっても 第3回「真夜中の電話」(最終回)

刑務所の中に初めて入った。服役している間に、父は遺言書を書いていた。遺言書の最後の方は、私への手紙のようになっていた。 ……めずらしく夢に出てきた父は、笑っていた。

17年目の自殺

(文・写真 喜久井ヤシン) 死ぬ理由 2004年。私は17で死ぬつもりだった。 8歳でガッコウに通わなくなり、社会とのつながりは弱かった。 ほとんど一人きりで過ごしてきたため、同世代との会話経験さえ少ない。 「母親」にあたる人との関係は失敗し、同じ家に…

【ひきこもりと父】たとえ親がどうであっても 第2回「父を殴る」

「お前のせいで、私もこの家で暮らせなくなったんだよ!」 おばあちゃんの通夜の日、私は父の胸倉をつかんで殴った。 おばさんが、私の持ってきた袋の中に包丁を見つけ、あわてて私から遠ざけた。

【ひきこもりと父】たとえ親がどうであっても 第1回「黒塗りの手紙」

私は父が、違法薬物を摂取していた時にできた子どもということになる。だから細胞レベルで馬鹿になってしまったのだとしても、私はこう考えている。…… 父との関係を振り返ってみた。

ひきこもり当事者たちが作った幻の雑誌『クラヴェリナ』(2002年-2004年)総目録

今回は、ひきこもり当事者が制作していた雑誌『クラヴェリナ』を紹介します。 『クラヴェリナ』は、2002年から2004年までに、7冊が刊行された同人誌です。 雑誌創刊のきっかけは、ひきこもり当事者たちの居場所「スペース1」でした。 設立したのはOご夫妻で…

(シリーズ・福祉作業所)第2回 「名探偵コナン」が私に教えてくれた人生の大切な真実

(文・南 しらせ) 私は過去に障害を持った方などが就労訓練を行う「就労移行支援」という制度を利用し、福祉作業所という場所に通ったことがある。その時は結局就職できずに利用を終えたのだが、最近になってもう一度作業所を利用しようかと考えるようにな…

ひきこもりがアニメを見続ける生活を5年過ごしてみて、感じたこと

(文・南 しらせ) 前日の夜に録画しておいたアニメを、朝起きてから見る。そんな生活を断続的に5年ほど続けている。世間一般のひきこもりのイメージ像をそのまま反映した、典型的なひきこもりみたいだなとも思われるかもしれない。それでも構わないと、私個…

道を歩くことができないほどの恥ずかしさ 〈歩行〉の哲学

今回は、〈歩くこと〉がテーマのエッセイです。孤立によって「外をうまく歩けなくなる」とはどういうことか。哲学的な当事者手記をお届けします。 街なかを歩いているときに、人の外見ではなく「歩き方」そのものに着目することはあまりないだろう。しかし「…

ガラスの墓 性的少数者の〈見えない生きづらさ〉

(文・写真 喜久井ヤシン) 政治家などによるLGBTへの差別発言は、当事者を深く傷つけてきました。しかし直接的な言葉だけでなく、「語られなかった言葉」にも差別があります。今回は、小説や詩の言葉から〈生きづらさ〉を考察。ゲイの当事者の声をお届けし…

あるひきこもりと家族の夕食。それと、食後のアイスクリーム

(文・南 しらせ) 毎日夕食の準備ができると、母が私の部屋のドアの向こう側から「ご飯よ」と声をかけてくる。私はこの時間を待ち遠しく思う気持ちと、息苦しく思う気持ちを胸の内に抱えながら、今日も家族の待つ食卓へ向かう。 夕食は家族みんなで 我が家…

夕暮れ時、外の世界に憧れて ~手を伸ばしたくても届かない、ひきこもりの現実~

(文・南 しらせ) 私は一日のなかで、夕方が一番嫌いだ。夕方は一日の終わりの匂いがする。一番人間が生きている匂いがする。だから嫌なのだ。 夕暮れ時、ある農家の来訪 一日の終わりが近づいている、夕方の4時。私が布団で横になっていると、家の外から物…

作業所という世界 ~私は何者かを問い続けた日々~

(文・南 しらせ) 私は大学時代に就活の不安から抑うつ状態になったことがきっかけで、ひきこもり始めた。卒業後はしばらく家にいたが、母の勧めで、不登校やひきこもりなどを支援するNPO法人に不定期ながら通い始めた。 就労移行支援事業 当時通っていたNPO…

『急いでゆっくりしろ』 引きこもりよりも「居つきこもり」を解消したかった

(文 喜久井ヤシン 画像 Pixabay) 「力を入れろ」ではなく「力を抜け」と言ってほしい 世の中ではよく、「がんばれ」や「集中しろ」といった言葉が発せられる。 「ひきこもり」に対しても同様で、「力を入れろ」と急かされているような感覚になる。 しかし…

ひきこもりと、東京オリンピック2020

(文・南 しらせ) 「新型コロナウイルスの影響で、東京オリンピック・パラリンピックが1年延期」 そのニュースが飛び込んできた時の私の心境は複雑だった。残念。選手たちがかわいそう。仕方ない。しかしその中で一番強く心に渦巻いていた感情。それは安堵…

私がひきこもりになった原因を考えてみた

(文・杉本しほ) 現在進行形でひきこもりである、私がひきこもりになった根本原因を記しておきたくて書きました。現・ひきこもりの心の支えや、支援者・ひきこもりの周りの方々に心理を知っていただけたらと思います。あくまで私の経験なので、もちろん全員…

「不登校」という鎧を脱ぐまで

(文 信田風馬) 今回は、不登校経験者の信田風馬(のぶた ふうま)さんの当事者手記をお届けします。信田さんは十代の頃から、大勢の前で自身の体験を語ってきました。しかしある時から、「不登校」にふり回されてきた自分に気づき、うまく語ることができな…

私の頭のなか

文・写真 ゆりな 私は「触れられないもの」に魅力を感じる。 それは例えば、言葉であったり、感情であったり、思考であったり…。 本を読むと、頭のなかを「言葉」が”席捲”する。 本にしたためられた一節一節が、私の感情を呼び覚まし、言葉の源泉を刺激して、…

動かない力

(文 喜久井ヤシン 画像 Pixabay) 「長い距離を下るときには、じっとすわっていることも大切なんだ」(カヌーの達人からの助言) 世の中では、ある二文字が頻繁に使われている。 「プロジェクト」「プロダクション」、「プロダクト」「プロセス」「プロデュ…

ある一日の、切り取り線

文・写真 ゆりな 凍りつくゆとりを与えず、その場が流れていくのは我が家の悪行だろう。 「あんたとは一生、談笑することなんて出来ないからね」 それは、私の目の前で、空気を揺らすことなく、母の、皮肉のこもった笑いが過ぎ去った。 母がそんな言葉を漏らす…

天気予報

文・写真 ゆりな 「来週のお天気を調べておこう」 今にも雨が降りそうな青黒い空を見て思う。 空に纏まった雲が泳ぎ、真正面に構えた大塊が、 私の行き先に一雫を落とそうとする。 表面に薄く青さを残しながら、 重たくなった涙袋のふくらみは その縁から水瓶…

体と心をほんの少しだけ健康にするためのささやかな配慮 家で長い時間を過ごす私がしている12のこと

(Photo by Pixabay) わずかのことがわれわれを悲しませるので、 わずかのことがわれわれを慰める。 (パスカル) 部屋のすみにほこりが溜まっていくように、体のあちこちにも、すぐに疲れが溜まってしまう。 大そうじをするみたいに、疲れをいっぺんに取り…

私が、私でいられるために。

絶望の明滅 文・写真 ゆりな "私は目をふさぐ" これ以上見たくないものを見続けなくていいように 表情の隙間に、口角の端の嘲笑を読み取らなくていいように 虹彩の奥に、裏切りへの不安を抱かなくていいように 綻んだ一瞬に、人を弄ぶ裏の舞台を想像しなくて…

ひきこもりと中学受験③ ~「車輪の下」となった「二月の勝者」~

(文・マナキ) www.hikipos.info www.hikipos.info 「最上階の柵を越えて 自由を探すにはまだ君ははやい 逃げちまえばいい ぶち壊しゃあいい ちっぽけな奴はここにもいる」WANDS Foolish OK いきなりこのような始め方で大変申し訳ないのだが、正直私は連載3…

Believer in Pain

Thinking that suffering is worth it. - Believer in Pain My body that remembers the comfort to suffer. That sense distorts my path of living and takes human dignity away from me.

漠然とした未来より、2週間後の未来を見つめて

(文・南 しらせ) 図書館に本を借りに行く。それが私のひきこもり生活の、数少ない習慣だ。図書館の貸出カードを忘れないようズボンのポケットに突っ込んで、私はいつも家を出る。 ひきこもり長期化、募る焦り 私は短編小説が好きなので、図書館でよく借り…

【NHK『ETV特集 ひきこもり文学』朗読記事】 父との最後の電話 ~或る8050問題~

2020年3月。コロナウィルスで異変をきたした都市空間を泳ぐようにして、私は横浜の区役所へ戸籍謄本を取りに行った。そこで私は、最後に父と電話で話したときのことを思い出したのだった。……

Le Dernier Appel avec Père ー Une Histoire de Problème 80-50 ー

Le certificat me disait que mes parents étaient vivants dans les années 80. Je me suis rappelé mon dernier appel téléphonique avec Père, qui s'est produit il y a 20 ans. Voici une histoire de "80-50 Issue" de Hikikomori au Japon.

The Last Call with Father ー A Story of "80-50 Issue" ー

The certificate was telling me that my parents are alive in their 80s. I recalled my last phone call with Father, which happened 20 years ago. Here is a story of "80-50 Issue" of Hikikomori in Japan.

毒親ならぬ毒兄・毒弟・毒姉・毒妹もいるはず

(文・湊 うさみん) 自分さえよければいいという毒兄 毒親という単語は浸透してきましたが、毒兄や毒姉は認知度が低いように思えます。 しかし、毒になる兄弟姉妹が存在しないわけではありません。 私の二歳年上の兄が毒兄でした。 何回か書いているので覚…