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小説 「遊べなかった子」 #04 作られなかった車

ひきこもり当事者・喜久井(きくい)ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer

 

   作られなかった車


 次にみさきがおり立ったのは大きな島で、そこには巨大な工場が建っていた。出入口のところには、会社名らしき看板がかかっていたけれど、見慣れないかたちの文字だったので、みさきにはどう読むのかわからない。みさきが入口に立っていると、静かなモーター音を出しながら、人型のロボットがやってきた。
 「コンニチハ!見学ツアーにオコシのお客さま、ヨウコソいらっしゃいマシタ!」
 ロボットはみさきと同じくらいの背丈で、アニメのキャラクターになりそうな、愛らしい外見をしていた。みさきに向かって、ロボットは話しかける。
 「コンニチハ!」
 「えっと……、こんにちは」
 みさきは小さな声で答えた。
 「見学ツアーにゴ参加イタダキアリガトウゴザイマス!ココは本年デ創立八十年トナル我ガ社ノ最大ノ工場デありマス。皆様ゴ存じノトオリ、世界で第三のシェアをホコル当ブランドノ……」
 ロボットは顔にセンサーがついていて、みさきの様子を見ながら、会社の説明をした。途中で冗談みたいなことも言ったけれど、話す内容が大人向けのようで、みさきにはあまり興味が持てない。それでもロボットが、「ではワタシについてキテクダサイ!」と言って動き出したので、他に行くところのないみさきは、ロボットの言うとおりついていった。

           

 工場の中は広くて清潔だった。見学ツアー用の通路には、ガラス張りの大きな窓がついていて、ベルトコンベアの稼働する工場内を見わたすことができた。ベルトコンベアに乗った赤いプラスチックのパーツが、全自動の機械をいくつも通り、ピカピカの部品と一体化されていく。何が出来ているのかわからないけれど、キレイな機械が規則正しく働いているのを見るのは面白かった。ロボットはあれこれ説明しながら進んでいき、みさきはいくつかの部屋を通っていく。ロボットはみさきの見るペースに合わせていてくれたようだけれど、難しいことを早口で話す解説は、ほとんど理解できなかった。
 「国ノ条例ニ率先シテ現在デハ八割ノ部品が環境ニ配慮シタ素材へと変更サレ、ナオカツ前年度に比ベテ三十パーセントの効率化を達成スルといウ目標を上回る成果を出シマシタ!」
 ロボットは、この工場がどれだけ成功しているか、どれだけの儲けを出しているかを得意げに宣伝していた。みさきは誰も人間のいない工場を歩き回りながら、部品の軽量化についてとか、輸出量の変化についてとかの、ロボットの解説を気持ち半分で聞いていた。

                  

  「コチラのコーナーには我ガ社の歴代のオモチャが展示されてオリマス!」
 大きな工場をぐるっと回るようにして、最後にやってきたのは美術館みたいな部屋だった。部屋中にガラスケースが並べられていて、その中にはミニチュアの車や電車のが展示されている。みさきははじめて、この建物がオモチャの製造工場なのだとわかった。
 「なんだ、ここ、楽しそうな場所だったんじゃないか。全然わからなかったよ」
 目の前のケースの中には、ピカピカの車のオモチャがいくつも並んでいた。どれも片手でつかめるくらいの大きさだけれど、運転席もエンジンも精巧に作られていて、窓枠やバンパーがゴールドに光っていた。みさきはケースに顔を近づけて観ていった。どのオモチャもきれいで、よくできている。みさきはわくわくする思いが湧いてくると同時に、どのオモチャもケースの中にあって、さわることができないもどかしさも感じた。
 「コチラに注目シテクダサイ。一昨年ノ部門別年間ランキングニテ一位を獲得シ、我が社ノ収益を15%上昇サセタ傑作デゴザイマス」
 ロボットの話はみさきにとってどうでもよいことばかりで、実際に遊べたらどんなにいいかと思った。
 「この先に体験コーナーがあるといいんだけどな」
 みさきはそう思ったけれど、見学ツアーももう終わってしまうようだった。
               

 ロボットの先導で展示室を回っていき、一番最後の離れたところには、小さめのケースがポツリと置かれていた。中に一つだけ飾られているのは、かたちの悪い、粘土をかためたような見た目の車だった。
 「コチラの古イオモチャは我が社ヲ創業シタ氏にヨルものデ、小サナ息子ノタメニ手作りサレタモノダトいいマス」
 「ふうん。古いやつなんだね」
 みさきはすぐにロボットと一緒に通り過ぎようとしたけれど、ふと、小さな車の側面に目がとまった。
 「まって」
 「ドウゾ、ゆっくりゴ鑑賞クダサイ!」
 立ち止まったみさきに、ロボットは答える。車のドアのところにはアルファベットの文字が彫られていて、かすれていたけれど、よく見れば読みとることができた。
 「M……I……。A……K……」みさきは目を細めて、そこに掘られている文字を読んでいった。
 「これ、ぼくでも読めるよ。MISAKIって書かれてる。これで遊んでいたのは、ミサキという子なの?」
 と、ロボットに話しかけた。
 「ナンとオッシャイましたか?」
 ロボットはわからないようだった。
 「ミサキ、って誰?」
 「モウ一度言ってクダサイ」
 「み、さ、き」
 「ゴ質問デショウカ?」
 みさきは何回か言い方を変えたけれど、答えはロボットのプログラムに入っていないらしかった。ロボットは創業者についての関係ない話を始めて、みさきはあきらめるしかなかった。
 ロボットとみさきは、工場を一周し終わって、はじめにいた出入り口に戻ってきた。
 「コレにて見学ツアーは終了とナリマス。ゴ参加アリガトウゴザイマシタ!」
 ロボットはおしまいの挨拶をして、しばらくすると両手をおろして動かなくなった。工場の中からはベルトコンベアの動く音がうっすらと聞こえてきている。ここで大量のオモチャが製造されて、世界中に輸出されていくのだろう。
 「たくさんのオモチャがあっても、一つも遊べないんだもんな」
 みさきは何となくロボットに話しかけた。
 「ねぇ」
 おしゃべりだったロボットも、もう反応しなかった。次の見学ツアーのお客がくるまで、動かないようになっているのかもしれない。みさきは一つのオモチャもさわることがないまま、話さなくなったロボットを見捨てて、オモチャ工場の島から離れていった。

               

つづく

 

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