ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

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短編小説「記憶の島」遊べなかった子 #24 

ひきこもり当事者・喜久井ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

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文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer


   記憶の島

 

 みさきは新しい島にたどり着いて以来、考古学者の先生を手伝っていた。
考古学者はたった一人で、広大な島の土地で発掘調査をしていた。南の探査地域を終え、東、西と回って、北の地域がこの島での最後の探査地点だという。 

 けれどこの考古学者は、少しくらい変わったものが出土しても、そのほとんどを捨て去ってしまう。
 「違う。こんなものはどうでもいい。もっと別のものだ。まったく異なったものだ」
と言って、考古学者はいびつな形の石を捨てる。みさきはそれを見て、大きな骨のようだと思う。
 「今の、恐竜の骨みたいじゃないですか。見る人が見たら、貴重な物なのかもしれませんよ」
 「だとしても、私にはどうだっていい。探し求めているのはそんなものではない。そんな程度のものではないんだ」と言って、考古学者は取り合わない。

 発掘調査によって、島の地面はあちこちが四角くくりぬかれたようになっていた。発掘用のシャベルと土を削るための道具で、数十センチ単位の几帳面な採掘をしている。考古学者とみさきは、すでに何日もかけて、不毛な荒地を削り続けていた。

 「先生、不思議な形の鉱物が出ました。これはどうですか?」
 たまにみさきが変わった物を見つけても、考古学者は一瞥して、
 「いや、そんなものはいらん」と、自分の作業に向き直るだけだった。
 石器や何かの遺跡の跡のようなものが発見されても、考古学者の先生は関心を向けない。

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 終わりの見えない発掘調査を続けていると、みさきはある時、これまでにない材質のものを見つけた。ほこりっぽい薄茶色の土を削っていると、急にキラキラ光るものがある。指先で触れるとやわらかく、鉱物でも宝石でもない。傷つけないように砂土をよけていくと、それはスーパーで売っていそうなお菓子の包み紙だった。CGで作られたキャラクターの画像と、「ハイパーグミ」という商品名がある。ポリ袋の光沢が、たった今作られたもののようにキラキラしていた。みさきは土の中からお菓子の袋を出すと、わずかに重さがあることに気づいた。袋を傾けると、中から湿り気のあるグミが出てきた。キャラクターの形で、水気がありつやつやしている。
 みさきは、少し離れたところにいる考古学者を呼んだ。
 「先生、お菓子が出てきました!」
 声を聞いた考古学者は、跳びはねるようにみさきの元へ駆け寄り、「ハイパーグミ」を見た。すると、
 「これはいい!よくやった!」と興奮している。
 「土の中から出てきたのに、まるでたった今捨てられたみたいです。先生が集めているのって、こういうのですよね?」
 「そうだ!この種のものこそ私が追い求めているものだ!よくやった。コレクションに加えておこう!」
 考古学者はみさきからグミと包みを受け取り、設置してある大型のテントに戻った。

 荒野にぽつりと設置されたテントが、この島の中での唯一の居場所だ。考古学者の後について、みさきもテントの中へと入る。出土した貴重品を収めるためのケースを開けて、考古学者はうやうやしく「ハイパーグミ」の包みを置く。そこには他にも、これまで荒地の発掘調査で見つけてきた貴重品が置かれている。しぼんだボール、アニメの絵のついたコップ、幼稚園児が使うようなハンカチ、小さな歯ブラシ、プラスチックのオモチャの部品、自転車のペダルの片方といったものだ。
 みさきが初めて考古学者のコレクションを見た時には、ガラクタばかりに見えて、不用意にさわってしまった。すると考古学者は激昂して、「貴重な品だ!軽々しくさわるな!」とひどく怒鳴られた。それ以来、みさきはコレクションのケースには決して近づかないようにしている。
 「よし。この調子だ。いいぞ。発掘に戻ろう。もっと良いものが見つかるかもしれない」
 考古学者は休む間もなく調査を再開し、ほとんど強迫的に作業を続けた。

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 みさきは前に一度、考古学者に聞いたことがある。
 「先生は、この発掘を始めてからどれくらい経つんですか。何ヶ月か、もしかしたら何年も?」
 「どれくらいかだと?もう細かな歳月など覚えていない。たしか何十年かが過ぎ去ったような気もするが、まだ一日たりとも過ぎ去っていないような気もする。時間なんてどうだっていいのだ。私には過去の事物と向き合うための今日しかない」
 考古学者はそう言って、みさきには難しすぎることをぶつぶつとつぶやいていた。考古学者はとり憑かれているかのように熱中し、来る日も来る日も発掘調査を続けていた。

 テントにいる時でも、古代の文字を読みとるかのようにして、出土した遺物を丹念に調べ、意味を解読しようとしていた。みさきにとってはボロボロの布やガラクタの品々であっても、考古学者にとっては深い過去の刻まれた重要な遺品で、他の誰にもさわらせなかった。考古学者にとっては、スーパーで売っているお菓子の袋一つであっても、神さまの像を発掘したかのように、かけがえのない遺産なのだった。

 日々は過ぎていき、北の地域は調査予定区域のほとんどを終えていた。考古学者とみさきは、二人きりでの発掘を進めていた。

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 ある日の夕暮れに、みさきはこれまでで最大の発見をした。島が桃色に照らされている時だった。大気に煙のような光の帯ができ、草花もない荒地があざやかな色彩をもっている。みさきは座りこんで、地層を見せる土壁を削っていた。ふれた瞬間に、これまでに出土してきたものとは大きく異なっているのを感じた。土の間から見えていたのは、人間の皮膚だ。指先で触れると体温があり、ほこりをぬぐうとみずみずしい肉体がある。みさきが両手に力をこめると、土壁はボロボロと崩れていき、中にある物へと、土が自ら案内していくかのようだった。見えていたのは肩の部分で、みさきは首筋、髪の毛、耳、頬へと掘り進めた。体の上の部分にあたる土と砂の塊をごっそり引き抜くと、地層の中に少年の顔が現れた。
 少年はまぶたを閉じているけれど、乾いた土の中で、はっきりと今流されたばかりの涙がある。その顔はどこかみさきに似ていた。
 「先生」
 みさきは考古学者を呼んだ。異変を察知してか、考古学者は普段と違い、ゆっくり歩いてやってきた。近づいて出土した少年を見ると、考古学者は絶句して、うろたえているようだった。
 「ついに、見つけましたね。先生が探し求めていたのは、きっとこれでしょう!まだ生きていています。きっと乾いた土の中で、何十年も泣いてきたんです。それを今ようやく、見つけたんです」
 みさきは、考古学者が歓喜すると思っていた。
 「早く全体を発掘しましょう!何かしゃべってくれるかもしれません。これまでわからなかったことが、これで全部解決できるかもしれません!」
 みさきが話しかけても、考古学者は表情を変えない。考古学者は考え込んでいるらしく、長い沈黙があった。しばらく経ってから、考古学者は出土した顔を見たままで言った。
 「ちがう。こんなものではない」
 考古学者は首を振る。
 「こんな子供など、これまでの地域でも無数に出土してきた。これは大量の貝と同じ。保存する価値のない、わざわざ見るに値しない子だ」
 そう言うと、考古学者は、発掘の道具入れの中から一番大きなスコップを持ち出してきた。
 「先生?今までで一番の発見ですよ。ずっと探してきたんじゃないんですか?」
 「こんなものではない。こんなものであっていいはずがない」
 考古学者はスコップを振り上げて、さっきまでみさきが掘り進めていた地層を、乱暴に埋めていった。
 「先生!きっと何かわかります!一度掘り出したら、大切なことが発見できるかもしれません!」
 みさきは止めようとしたが、考古学者は聞く耳をもたなかった。
 「違う。間違いだ。おかしい。こんなものではないはずなんだ。こんなものであってはならない」
 土は不思議なほどするすると移動し、元の平たい地面へと戻っていった。
 「このポイントでは、探しているものは出てきそうもない。あきらめて別の地域を調査することにしよう。まだ調査すべき土地は、この島の中でいくらでもある。まだ何十年とかかるかもしれないよ」
 考古学者は、すでに出土した少年のことを考えていなかった。
 「だけど先生、先生はぼくと会ったときに、もう全部の地域を見て回って、ここが最後のポイントだと言っていました。もう他に見るところなんてないはずです」
 「なんでそんな聞き間違いをしたんだ?今度は西へ向かう。まだ足を踏み入れてさえいないからね。大変な仕事になるだろうから、君とはここでお別れすることにしよう」
 先ほどまで調査していた地面は、あっという間に平たく整えられていた。まるで発掘調査などなかったかのように、そっけない荒地を見せている。
 「待ってください。ぼくと会ったとき、先生は西からやって来たんです。西の発掘を終えたって言っていました」
 「バカだな、そんなはずがない。地層の確認をしただけで、発掘はまだこれからだ。一切はまだ始まってすらいない」

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 考古学者はあたり前のように道具を片付け、テントをたたみはじめた。本当に西へ行くつもりだ。みさきは止めるでも手伝うでもなく、夕暮れの大気の中でその様子を見ていた。発掘の道具と日用品をリュックに詰め込み、考古学者の体は、次の調査のポイントへ移るために、休むことなく働きつづけた。次の調査が何度目になるのか、みさきにはわからない。

 考古学者は時間をかけてテントを片付け、巨大なリュックが出来上がった。荷物はいっぱいだったが、ふと、みさきは気づいた。
 「出土品のコレクションはどうしたんですか?あれだけたくさんあって、大切にしていたのに」
 「コレクション?何のことだ?私はまだ一つも残すべきものを見つけ出せていないよ。この島は、考古学者にとって優しくないところだ」
 「だって、ぼくがさわろうとしたら、すごく怒ったことがあったじゃないですか。前にぼくが見つけたあのグミの包みは?紙がキラキラしていて、何かのヒントになるんじゃなかったんですか」
 みさきがそう言っても、考古学者は不思議そうにしていた。
 「どこにそんなものがある?どの地点から出土したものか、記録があるか?」
 手に残るものは何もなかった。みさきがあたりを見回すと、島の土は風に飛ばされてサラサラと流れ、すでに発掘の跡が埋もれかけている。しばらくすれば荒地は来る前と同じ地表となって、どこを調査したのかわからなくなるだろう。
 考古学者といると、みさきも記憶があやしくなっていった。とても長い期間発掘調査を手伝っていたはずなのに、会ったばかりだったような気もしてくる。出土品も記憶も、この島の土が流砂となって、何もかもを飲みこんでいくようだった。

 「さようなら。私にはまだ見つけ出さなければならないものがあるんだ。それを見つけるまでは、この島を出るわけにはいかない」
 と言って、考古学者は終わることのない発掘に出かけていった。

 


 執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の3年間は同世代との交流なく過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験している。2015年シューレ大学修了。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter

 

 


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