(文 喜久井伸哉) 名古屋で引きこもり引き出し人をやっているOという女がいる。何度もテレビに出ているので知っている人もいるであろう。二か月ほどまえになるが、Oの引き出し人としての仕事ぶりを夜間、またもやテレビが紹介していた。たまたまそれを見た…
「人生では遠回りも大事だ」、と言われることがある。違う、と思う。私は長年引きこもっていたが、ぶらぶら遠回りをしていたわけではない。仮に何かに対する「遠回り」だったとしても、じゃあ近道ってどこだよ、と思う。学校や会社に行っている人に対して、…
文:喜久井伸哉 私はそろそろ、四十になる。老人からすれば、まだまだ若者。子どもからすれば、老人も同然。幼いころは、大人の男性の場合「おにいさん」か「おじいさん」かの、2分類くらいでしか認識していなかった。30代、40代、50代それぞれの違いなど、…
当サイトをご覧いただきありがとうございます。『ひきポス』は、ひきこもり当事者・経験者や、生きづらさのある人の声を届けるための情報発信メディアです。 社会的な課題を当事者目線で取り上げ、多くの人へのヒントを生みだすことを目的としています。これ…
今回は、「ひきこもり」経験者による詩をお送りします。ユーモアのある語り口をお楽しみください。 代理人代理 本日代理人不在のため これ以降は本人であるぼくが 直々に代理人の代わりを勤めます なるほど ここに署名すればよろしいか ぼくだって仕事ができ…
今回は、「ひきこもり」経験者による現代詩をお送りします。「それは私だ」とスピーチのようにくり返す語りをお楽しみください。 「讃えられた虚礼」紙・パステル 18.2cm×25.7cm 多様性ではない それは私だそれはあなたや理念でなかったとしても私私の今日の…
私が16歳のころ、人の顔が吐瀉物(としゃぶつ)のように見えていた。人間という社会的動物の存在が、耐えがたいほどグロテスクに感じられ、表情の変化が直視できなかった。街を歩く時には、あえてメガネをはずし、おぼろげな景色を見るようにしていた時期が…
2025年10月29日、最新の「不登校」児童生徒数が発表された。小中学校で年間30日以上欠席した児童生徒数は、約35万4000人。12年連続の増加で、過去最多を更新した。病欠などを含めた「長期欠席」の数は約50万7000人で、こちらも過去最多だった。 なお、日本の…
かなしき郷土よ。人人は私に情(つれ)なくして、いつも白い眼でにらんでゐた。単に私が無職であり、もしくは変人であるといふ理由をもつて、あはれな詩人を嘲辱し、わたしの背後(うしろ)から唾(つばき)をかけた。『あすこに白痴(ばか)が歩いて行く。…
23歳で「時代」を発表してから半世紀 シンガソングライターの中島みゆきが、デビュー50年を迎えた。EPレコード「アザミ嬢のララバイ」をリリースしたのは、1975年9月25日のこと。同年12月21日には「時代」がリリースされた。「まわるまわるよ 時代は回る 喜…
連載 100年前の〈家族〉の暮らし 「若者に小説なんて読ませるな」学校が子どもから読書を取り上げていた明治~大正時代 文・喜久井伸哉 社会一般に、小説を読み、演劇を見る人は、人を堕落せしめるもので、青年にとりては、最も危険なり。(大町桂月) なん…
連載 100年前の〈家族〉の暮らし 第10回 「若者に囲碁なんてやらせるな」 ゲームやスマホよりバッシングされていた100年前の娯楽 文・喜久井伸哉 昨今はスマホやゲームのやりすぎを防ぐため、条例で制限する動きがある。しかし、50年前にはロックやファッシ…
100年前の〈家族〉の暮らし ⑧明治時代の「不登校」的モラトリアム 永井荷風作「すみだ川」の憂鬱 文・喜久井伸哉 今から130年近く前の、1898(明治31)年のこと。文部省は、東京都に尋常小学校の増設を命じた。学齢期の児童全体のうち、6分の1しか在学してい…
文・喜久井伸哉 連載 100年前の〈家族〉の暮らし⑦ 100年前は、中学校に進学するだけでも大変だった。1924年の文部省の調査によると、小学校を優秀な成績で卒業した者は、全国で1万8,421人。しかし、そのうちの約半数(9,778人)は、金銭的な事情で中学へ進め…
文:喜久井伸哉 くたばっちまえ、時刻なんぞを見つけやがった奴はそれに、ここに日時計を最初に置いて、情けないことに、俺の一日を 時間刻みの細切れに仕上がった奴も。おれが子供の頃は、腹だけが時計代わりで、あんな日時計のどれよりも頼れる、正確無比…
文:喜久井伸哉 とけいがなった、おきよ、こどもら。とけいがなった、いそげ、こどもら。がっこうへ。とけいがなった、ならへ、こどもら。よくせいだして。(明治期の尋常小学校3年生用の国語教科書に掲載されていた詩) 「時計」のない暮らし、なんて想像…
文 喜久井伸哉 100年前のほとんどの人にとって、外出は「歩く」ことを意味した。 そりゃそうだろう、と思うかもしれないが、今と違って、自転車や車が少ない時代だ。 1921年(大正10年)の内務省警報局の調べによると、東京の自転車の数は12万7228台、自動車…
(文 喜久井伸哉) 前回は、小津安二郎の映画について話した。小津映画といえば、日本の巨匠たちの中でも、特に渋い(いわば地味な)作風で知られている。しかし、公開当時は大ヒットを飛ばした監督であり、1929年には、『大学は出たけれど』という作品が社…
(文 喜久井伸哉) 年表を引きながら、100年前の暮らしに思いをはせるという、酔狂なことをやっている。前回は、約100年前にコンクリート造の学校が登場したことを書いた。街なかの景色が大きく変わっていった時代だ。建物に関することでは、以下の年表の記…
(文 喜久井伸哉) 2025年は、「放送100年」だそうだ。ラジオ放送開始から、100年の節目。ふーん、と聞き流しそうになるが、あらためて考えてみると、ラジオ放送からたったの100年、という時代の流れの早さは、驚くべきことだ。「ネット開始から100年」でも…
文:ひきポス編集部 『ひきポス』をご覧いただきありがとうございます。今回は『ひきポス』のメンバーである喜久井伸哉(元・喜久井ヤシン)さんの記事の中から、特に反響の大きかった記事を集めました。「ひきこもり」の歴史をさかのぼる内容となっています…
文:ひきポス編集部 『ひきポス』をご覧いただきありがとうございます。今回は『ひきポス』のメンバーである喜久井伸哉(元・喜久井ヤシン)さんの記事の中から、特に反響の大きかった当事者手記をご紹介します。長期間の「不登校」と「ひきこもり」の経験を…
文:ひきポス編集部 『ひきポス』をご覧いただきありがとうございます。今回は『ひきポス』のメンバーである喜久井伸哉(元・喜久井ヤシン)さんの人気記事の中から、特に親・支援者に向けて書かれたものをご紹介します。長期間の「不登校」と「ひきこもり」…
文:喜久井伸哉 昔、ある学者が、「植物の性器なんか見て、なにが楽しんでしょうね」と言い放った。花見、のことだ。信じがたい発想。だが、学問的な客観性を極めると、花を「植物の性器」と言っても、間違いではない、のか。 春の、桜の咲く季節がやって来…
(文:喜久井伸哉) 2025年3月12日、中島みゆきのライブアルバム『歌会 VOL.1』が発売された。『地上の星』『銀の龍の背に乗って』などのヒット曲から、近年発表された話題作を収録。今回は最新のレビューをお届けする。 中島みゆき コンサート「歌会VOL.1…
文・写真: 喜久井伸哉 現代の日本は、生きづらい社会だ、と言われている。しかしこの社会には、「美大」という魔境が残っている。 現在、東京・六本木にある新国立美術館で、「五美大展」が開催中だ。美大の修了者の作品が大量に展示されており、全フロア無…
文: 喜久井伸哉 「本当の自分はこんなものではない」。そんな、憤(いきどお)りがある。環境のめぐりあわせや、人間関係によっては、もっと社会的に成功できるのではないか。知的な面でも、活動の面でも、もっとうまくやれるのではないか。そんな、人生の不…
文 喜久井伸哉 詩人の茨木のり子に、「一人は賑(にぎ)やか」、という作品がある。 一人でいるのは 賑やかだ賑やかな賑やかな森だよ夢がぱちぱち はぜてくる良からぬ思いも 湧いてくるエーデルワイスも 毒の茸も (中略) 一人でいるのは賑やかだ誓って負け…
当サイトをご覧いただきありがとうございます。『ひきポス』は、ひきこもり当事者・経験者や、生きづらさのある人の声を届けるための情報発信メディアです。 社会的な課題を当事者目線で取り上げ、多くの人へのヒントを生みだすことを目的としています。NHK…
文: 喜久井伸哉 年末年始が、もっともさびしい。一年のうちで、ひときわ孤独を感じる時期だ。 年の瀬になると、街はクリスマスと忘年会の喧噪を経て、あわただしく年越しのしたくを始める。大きな駅は帰省客であふれ、大みそかや正月を家族と過ごす人が行き…