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フィリピンのひきこもり当事者CJとの対話 第1回「日本のひきこもりがうらやましい」

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フィリピンの浜べ

ぼそっと池井多CJ
写真・Pixabay

 

 

 

ぼそっと池井多 きみのことは、このインタビューではどう呼んだらいいの?

CJ  CJ」でお願い。フィリピンのCJです。

ぼそっと池井多 この夏は、そっちもこっちも台風が多かったよね。 

CJ  そうだね。
何日か前、台風の影響でここで洪水があったんだ。(*1)
今もまた強い雨が降ってきた。

  • *1.このインタビューは2018年7月に行なわれた。

ぼそっと池井多 また別の台風が来るのかな。
テレビで見たけど、そちらでたくさんの家が洪水で流されてしまったんだって? きみは大丈夫だったの?

CJ  うん、ぼくの家は大丈夫だったよ、ありがとう。
日本も大型台風に見舞われたんだってね。

ぼそっと池井多 そのとおりだ。
西日本では豪雨でたくさんの方が亡くなった。
筆舌尽くしがたい悲惨な話がいっぱい報道されている。

CJ  こっちのニュースで観たよ。ほんとに悲しいね。
あと、日本では猛暑でたくさんの人が病院へかつぎこまれているんだって?

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フィリピンの子どもたち

フィリピンの国民性とひきこもり

ぼそっと池井多 日本でひきこもりであることと、
フィリピンでひきこもりであることには、
ちょっぴり違いがあるだろうと想像しているんだけどね。

CJ  そのとおり。フィリピンは外向的な人間が多いお国柄だから、
そういう環境でひきこもりでいるのは難しいんだ。
周りの人が、
「家の中でひきこもっているなんて、ちょっと頭おかしいんじゃないの」
って目で見るからね。

ぼそっと池井多  きみはひきこもりになって、どのくらい?

CJ  2008年に引きこもり始めたから、かれこれ10年か。

ぼそっと池井多 年齢的にはいつごろからひきこもり始めたの?

CJ  ちょうど大学を出たときだった。

ぼそっと池井多 へえ。その前は、ひきこもりになることもなく、
ちゃんと学生生活が送れていたのかい。

CJ  はっきり言って、学校ではいじめられていた。

もともとぼくは、すごい恥ずかしがり屋だった。

ぼそっと池井多 どんな大学生活だったのかな。

 

就職活動はむずかしすぎる

CJ  ぜんぜん学問的興味なんかなかったけど、
単に学費が安いからって理由だけで
経済学部をえらんで通っていた。

大学へ入ったのは、

「大学へ行け」

という家族からの強いプレッシャーがあったからにすぎない。
ぼくは、大学在学中もバンドで音楽を演奏して、
自分の学費の足しにしていたさ。

それがぼくにとっては、社会のふつうのたくさんの人々に出会う

初めての体験だった。
バーで演奏してたんだけど、毎回、舞台に立つのがとても怖かったね。

そうやってぼくは、週末はいつもバンドで稼いで、
月曜から金曜までは国立大学に通った。
国立大学の学費は年300ドルと安いんだ。

ぼそっと池井多  大学を卒業した時は、どうしたの。

CJ  大学を出る時に就職活動をしたんだけど、

それがぼくにとっては、あまりにも難しすぎたんだ。
それでぼくは外へ出かけられなくなってしまった。

ぼそっと池井多 なんか私の場合と似てるなあ。

きみの両親は、
きみがもっと職を見つけに行かないということで、
怒ったり責めたりする?

CJ  そりゃあもう、いつもさ。
ぼくにとって外へ出かけることがどんなにつらいかを

親はまったく理解しないんだ。

ぼそっと池井多 ひきこもりでない友達に、
ときどき会ったりする?

CJ  ぜんぜん。学校時代はまだ友達に会っていたけど、
それはもうずっと前のことさ。
今はまったく友達に会わないね。

 

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「N.H.K.へようこそ」の主人公は恵まれている

ぼそっと池井多 きみはどんな所に住んでいるの?

首都マニラみたいな都会? それとも田舎?

CJ  半分田舎、みたいなところに住んでる。 

ぼそっと池井多 両親の家は、
ひきこもりのきみが中で暮らしていても不自由ないほど大きいわけ?

CJ  いいや。ぼくの家族はぜんぜん金持ちじゃない。
ぼくたちの家はとても小さい。

そんな状況でひきこもりとして生きるのには、
いろいろな困難がともなう。

なんせ、まわりでぼくのことをとやかく噂する声が
みんな直で耳に入ってくるんだぜ。

ぼそっと池井多 そりゃあ、きついな。
噂している人々に囲まれて暮らすなんて。
そんな環境で、よくもまあ、10年もひきこもりとして生きてこられたもんだわな。

CJ  そうさ、ぼくはサバイバーなのさ。

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フィリピン地方都市のバスとタクシー

ぼそっと池井多 そんなに小さな両親の家の中で、
きみは自分のひきこもり部屋があるのかい。

CJ  ラッキーなことに、ぼくは大工仕事がうまいんだ。

だから、ぼくは自分で、
母屋からの延長みたいにして、
自分がひきこもっていられる小さな空間を作ったんだ。
とても小さい部屋だけどね。

ぼそっと池井多 大工仕事がうまいってのは、いいなあ。
兄弟姉妹はいるの。

CJ  二人の兄がいる。
一人はもう結婚して家を出ていってる。
もう一人はまだ一緒に住んでる。
ぼくは末っ子だ。
兄は二人ともフィリピン人らしく外向的で、性格がぼくとはぜんぜん違うから、ぼくたち兄弟はコミュニケーションをとるのがものすごくむずかしいんだ。

ぼそっと池井多 だろうね。

CJ  ひきこもりで有名な日本のアニメ「N.H.K.にようこそ」を初めて見た時に、ぼくは
「なんて、日本のひきこもりは恵まれているんだ!」
って思ったよ。

この作品の主人公のひきこもり生活は、
ぜんぜん悲惨なんかじゃない。
ぼくは、いつも彼みたいな、一人で生きていられるひきこもり空間がほしいと思ってる。

人々がひきこもってるぼくのことをとやかく噂するのは、
ぼくの耳に直接、彼らの声が入ってこないのなら、

ぼくはまったくかまわない。

でも、考えてみてよ。
ぼくを否定する声がいっつも耳に入ってくるんだよ。
もう、たまったもんじゃない。おかしくなりそうだ。

ぼくたちは、人がぼくたちのことを何と考えるかはコントロールできない。
でも、せめて耳元では言ってほしくない。

ぼそっと池井多 そりゃあ、そうだろうなあ。
私は独りで住んでいるから、
きみよりは、その意味ではずっと恵まれているひきこもりだな。

CJ  そうなんですよ。
日本のひきこもりも、世界中の他の国のひきこもりたちも、
それぞれひきこっている環境はちがうだろう。
でも、ぼくみたいな環境でひきこもりをやっているというのが、
最悪なんじゃないかな。

ぼそっと池井多 なるほど。しかし、
それでもきみはひきこもりをやめるわけには行かないんだね。

きみの周囲の人たちが、
ひきこもりに対する考え方を変えてくれるのが一番だけど、
それは今のきみとしては望めない。
そこにきみの生きづらさの核があるのかな。

CJ  その通りさ。

 

 

・・・「フィリピンのひきこもりCJ 第2回」へつづく

 

・・・この記事の英語版