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【ひきこもりと地方】沖縄のひきこもり当事者タイキさんインタビュー第2回「発見された時には泥水に顔を突っこんでいた」

 

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インタビュー・文・写真 ぼそっと池井多

 

 

 ・・・第1回からのつづき

なぜひきこもったのか

ぼそっと池井多 さっき
「ご両親は遠くに住んでいた」
とおっしゃいましたが、
ご両親とは関係が悪くて別居していたのですか。

タイキ いいえ、両親との関係は、
ぼくは比較的良好な方だと思います。

お父さんもお母さんも、基本的にぼくに無関心。
ぼくが何をしても、あまり干渉しません。
お母さんは能天気でアッケラカンとしてる。

もともとは、ぼくは両親とアパートに暮らしていました。
おばあちゃん家(ち)、つまり父の実家には、
離婚して戻ってきた叔母さんが、
おじいちゃんとおばあちゃんと暮らしていました。

でも、ぼくが高校のとき、
叔母さんがまた実家を出ていくことになった。
それで、

「それじゃあ、タイキ、お願い。
おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らしてあげて」

と親戚一同から頼まれて、
しぶしぶぼくが両親から離れ、
おばあちゃんの家に暮らし始め、
そこから高校へ通うことになったんです。

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米軍基地のフェンス前で

荒れたころ

ぼそっと池井多 それじゃあ、うつで倒れたときも、
おばあちゃんと暮らしていて、
おばあちゃんの家でうつ病の治療が始まったんですね。

タイキ そうです。
それから7年ぐらい、睡眠薬とか向精神薬で治療してました。
ほとんど家から一歩も出ないどころか、
何もしないんだけど、朝が来るのがこわかった。

朝が来たら、また一日が始まる。
「ああ、また朝かあ」
と絶望する感じ。
「また、つらい一日が始まるんだ」と。

その期間、いわゆるガチなひきこもりになりました。
おばあちゃんの家の中で、
まったく部屋から出てこなくなりました。

ぼそっと池井多 おばあちゃんは、
うつで動けないことについて、あなたに何か言いましたか。

タイキ おばあちゃんはやさしかったから、
何も言わなかったです。
ご飯つくってくれて、洗濯してくれて。

ご飯も、ぼくがひきこもっている部屋の窓の前に置いて、
去っていく。
ぼくが食べたら、器をまた窓の前に置くっていう感じでした。

ぼそっと池井多 そういうひきこもりの姿が、
これまでテレビドラマなどに

「わがままで身勝手なひきこもりが、
親に部屋まで食事を運ばせている」

として描かれてきたんでしょうね。

しかし、タイキさんの話でわかるように、
本人には本人のやむをえない事情があるわけですね。

ご両親は何もいわなかった?

タイキ べつに言わない。
ぼくがそこまで苦しんでいると思ってない。

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ぼそっと池井多 タイキさんが荒れることはありましたか。

タイキ はい。
恥ずかしい話なんですけど、
ちょっとおばあさんを軽くはたいたり、つねってみたり、
というようなことをしてしまったことがあります。

でも、おばあちゃんはそれでもニコニコして、
「ああ、大丈夫だよー」
って言ってくれていたんです。

ぼそっと池井多 そういうおばあちゃんに対しては、
今どう思ってますか。

タイキ もう、「ごめんなさい」っていう気持ちですね。

ぼそっと池井多 今もおばあちゃんと暮らしているんですか。

タイキ いいえ。
お父さんの兄弟間での財産争いにまきこまれて、
7年前、2012年に、
ぼくとおばあちゃんも離れ離れにされました。

そして、そのまま二度と会えないまま、
おばあちゃんは亡くなってしまったそうです。

ぼそっと池井多 「しまったそうです」
というのは、
タイキさん自身は知らないのですか。

タイキ 知りません。
おばあちゃんが死んだ場所もわからないし、
死んだ日付もわからない。
亡くなって3年か4年経ってから、風の便りで知らされた、
って感じ。

ぼそっと池井多 かつて一緒に住んでいたおばあちゃんですから、
それではタイキさんとしては寂しいものがあるでしょう。

ご両親は今、どうしていらっしゃいますか。

タイキ お父さんはいま内地、東京で仕事してます。
お母さんは沖縄にいます。
ときどき法事などのとき、
ぼくの住んでいる部屋へやってきます。

ぼそっと池井多 お母さんといっしょに住みたい気持ちは
ありますか。

タイキ ありません。

 

ああ、命が助かってしまった

ぼそっと池井多 それで7年経ったら、うつ病は治ったの。

タイキ そうじゃないんです。
7年後、2009年、32歳のとき、
処方されていた薬をオーバードーズしちゃったんです。
自殺未遂ですね。

150錠ほど薬をのんでしまってから、
何を思ったのか、最後に牛のことが気にかかったらしくて、
フラフラになって牛舎にやってきました。
そして、牛舎の前で、
泥の水たまりに半分顔をつっこんで
倒れているところを発見されたのです。

あとで教えられたことには、
あと数分、発見が遅かったら、命はなかったそうです。

ぼそっと池井多 発見されて、すぐに救急車で運ばれたんですね。

タイキ はい。病院へかつぎこまれ、
集中治療室で治療を受けたようです。

意識が戻った時に思ったことを、
ぼくは今でも鮮烈に憶えています。

「ああ、助かってしまった。残念」

という気持ちでした。

ぼそっと池井多 自殺未遂したとき、
ご両親の反応はどうしたか。

タイキ あいかわらず両親は基本的に無関心で、
自分にも親へ恨みはいろいろあるんだけど、
意識が戻ってからお父さんが言った、
この一言にぼくは救われました。
それは、

「お父さんがここにいるんだから、まかしとけ」

という言葉です。

何がどう「まかしとけ」なのか、
詳しくわからないけど、そこが逆によかった。

とにかくお父さんがここにいるんだから、
大船(おおぶね)に乗ったつもりで生きていけばいいんだ、
と漠然と思えました。

お父さんのこの言葉には、ほんと勇気づけられました。

親に関する他のことにはいろいろイラっとしたけど、
お父さんのこの言葉があったから、
ぼくは生きてこられたかな、
と思います。

 

 

・・・第3回へつづく