ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

『ひきポス』は、ひきこもり当事者、経験者の声を発信する情報発信メディア。ひきこもりや、生きづらさ問題を当事者目線で取り上げます。当事者、経験者、ご家族、支援者の方々へ、生きるヒントになるような記事をお届けしていきます。

「ひともイヌも癒される」ひきこもりと保護犬のマッチングを模索する「ぼくとハイタッチ」:東京・町田

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提供・ぷ楽ティス

文・ぼそっと池井多

写真・茂木渉・ぼそっと池井多

 

 

 

 

 

世界中でひきこもりへの関心が高まっているが、それはとりもなおさず、世界中がひきこもりへの支援を模索し始めたということでもある。

先日12月26日、福岡市で世界から専門家や支援者が集まり、ひきこもりへの支援が国際的に話し合われ、そのなかで香港のひきこもり支援団体が動物とひきこもり当事者をマッチングさせることによって効果を上げているという報道がなされた(*1)

*1. NHK WEB NEWS 2019.12.26
世界の“ひきこもり”支援 在り方話し合う会議 福岡 | NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191226/k10012229311000.html
ただし現在はすでにリンク切れ。


しかし、それを読んで私は、
「あれ、それだったら日本でもかなり前からやっているのではないか」
と首をかしげた。
そこで東京都町田市で行われている保護犬とひきこもりのマッチング、「ぼくとハイタッチ」を思い出し、ふと訪ねてみたのである。

 

「見送る」よりも「送り出す」

「ぼくとハイタッチ」は、坂田則子さんと森本とも子さんという二人を中心にやっている「ぷ楽ティス(*2)という活動ユニットが推進しているプロジェクトであり、東京都町田市の地元応援プロモーション「まちだ〇ごと大作戦18-20(*3)」にも採用されている。

 

*2. ぷ楽ティス https://profile.ameba.jp/ameba/pracwan6 

*3. まちだ〇ごと大作戦18-20
前半は「まちだまるごとだいさくせん」と読む。後半の数字の部分は読み方不明だが、2018年から2020年にかけてのチャレンジ事業を意味する。
https://www.city.machida.tokyo.jp/shisei/city_promotion/machidagoto/index.html

 

坂田則子さんは2001年、9.11(アメリカ同時多発テロ事件)という世界史的事件が起こった時にニューヨークにいて、アメリカ社会におけるペットと人間の関係について、さまざまなことを学んだ。

のちに日本に帰ってきて自身の愛犬を亡くしたのだが、そのときの体験から、飼い主がペットを亡くすときに、日本では飼い主へのケアがないことに気づいた。

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坂田則子さん 写真・茂木渉

「老犬は獣医がケアしてくれます。でも、長いことその老犬に連れ添った人間の方はケアしてくれる人がいなかったのです」


仕事をしていたために老犬を家に置いていけなかった。犬のホスピスにあたる老犬ホームがあればいいな、と思った。


精神障害者の方々への就労支援をおこなっていた坂田さんは、
「老犬ホームを起業化して、障害者の方たちを雇用すれば、双方にとって良いのでは」
と考えるようになる。


しかし、死にゆく存在を見送るのは重い感情労働である。相手が犬であっても、それは同じこと。大きなエネルギーが持っていかれる。なので、ひきこもりの方には辛いかもしれないと思い至った。


そこで、老犬を「見送る」よりは、保護された犬をこの世界に「送り出す」。そのような関わりの方が当事者には幸せかもしれない、と次第に考えを変えていったのだという。

 

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取材の様子 写真・茂木渉

犬を与えられ、自分を生き始める

保護犬とは、飼い主がいなくなって、放棄された犬のこと。保護犬になる理由はさまざまだ。無責任な飼い主が気まぐれに飼い始めて、放り出したケースもあれば、八方手を尽くしたがどうしようもなく、断腸の思いで愛犬を手放す場合もあるという。


いずれにせよ、「その子たち」が保健所に送られ殺処分にならないように、一時的に引き取り、丹念に心のケアをして、新しい飼い主へ送り出す。そんな活動をしている森本とも子さんは、かつてイギリスでドッグトレーナーの訓練を受けた。坂田さんと同じように、海外における動物と人間の関係をひとしきり学んできた人である。


「イギリスでは、新しくペットを飼いたいと思った人は、ペットショップに行って買わなくても、犬の保護施設へ行って保護犬を請け負うシステムが整っている。日本にはそういう制度がない」


あるとき、アメリカの刑務所で受刑者が犬によってりっぱに更生していくというドキュメンタリー映像を見た。


「飼ってください」

と受刑者に一匹の犬を与える。犬は飼い主を認識する。犬に認識されることで、それまで誰にも相手にされなかった受刑者は自分の存在に目覚めるのである。
「この子は、自分がいないとダメなんだ」
という自己肯定感。そして、再犯率も少なく責任ある社会人へ成長していく、というストーリーであった。


「動物にはこういう力もある」
と森本さんは思った。

 

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森本とも子さん(左)と坂田則子さん(右) 写真・ぼそっと池井多

相談窓口へ行く前に

このように、それぞれ犬と人を建設的に結びつけることを考えていた二人が出会ったのは2018年5月のことであった。


坂田さんは町田市報で森本さんのことを知り、
「このドッグトレーナーにコンタクトを取りたい」
と願った。まだプロジェクトの全容は固まっていなかったが、坂田さんの話を聞いて、森本さんはおおいに共感できた。


二人はタッグを組むことになった。
コンセプトも次第に固まっていく。目指す対象とするのは、部屋にひきこもっていたが、ようやく出てきたばかりといったころの当事者。サポステや保険相談所といった相談機関へは、まだまだ行けないような当事者。年齢は問わない。
「部屋から出られない状態から、相談窓口へ行くまでの間に、何かが要る」
ということを坂田さんはずっと考えてきたという。

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 「ふれあいの場」の開催

第1回「ふれあいの場」を開催したのが、2018年12月。
困ったのが場所である。犬を連れて室内で開催できる所、というのがなかなか見つからなかった。
市の生活援護課に相談したところ、ある保育園を紹介された。屋根の下で雨は防げたが、吹きさらしの冬風が寒かった。


第2回はある私宅。親御さんが来てくれた。
開催場所を探しているとき、町田市社会福祉協議会の協力を得て、2019年6月から現在の会場である町田市せりがや会館の一室となった。しかし館内で犬を歩かせることはできず、廊下は抱いて運ばなければならない、などの条件がついている。

 

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提供・ぷ楽ティス

犬につられて飼い主も散歩や会話を

毎回20名ぐらいの参加者がある。ひきこもり当事者、親御さん、あるいは当事者と親がいっしょに来る場合も。


開催は、一回につき2時間。それは人も犬も楽しく過ごせる時間だと考える。しかし、その間、犬が吠えたり騒いだりすることはない。そこはしっかりトレーニングされている。


森本さんはいう。
「ドッグトレーナーとして、こういう場に出しても平気か、人に触れられても大丈夫か、ということを考慮したうえで、連れてくる犬を決めています」


こうして連れてこられるのは、今のところヘブンとマシュと小太郎の3匹である。
その中のマシュは放棄された事情により、人と接することを怖がって仕方がなかった。まさに、ひきこもりと同じ心性を持っているのだ。だから、ひきこもりと心が通じ合える。たとえ言葉が通じなくても。


ここで犬と触れて、もし「預かりたい」「引き取りたい」というひきこもり当事者が現われたら、願いを叶える方向で考えたい。最終的にはそれが目標でもある。


ひきこもりは、自分一人だとなかなか外に出ないが、飼っている犬が1日2回は散歩しないと身体に悪いとなると、それにつられて外へ出るようになることが期待できる。たとえば親など、誰か他の人に言われて外に出るのではなく、自ら外に出るようになるのではないか。


他のペットではどうなのか。
「猫は、外を散歩させる必要がないのです。だから動物とひきこもりのマッチングを考えたときに、犬でした」


また、ひきこもりは外に出ても、他人と話をするのが苦手だが、犬の散歩の途中で他の犬の散歩と出会い、犬同士がじゃれ合うと、それにつられて飼い主同士も言葉を交わすようになる。犬のおかげで、ひきこもりも他者とのコミュニケーションができるようになるというのである。


「ひきこもりをやめさせる」「部屋から引き出す」という発想ではなく、「ひきこもりを孤立から救う」ための方策として、自分から外に出てきてもらうようにしたい。


また、ひきこもりは自分が「働いていない」というコンプレックスを抱きがち。けれど、犬という世話する対象があれば、「自分も役に立っている。自分も必要な存在だ」と納得し、コンプレックスから抜けられるというのである。

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取材の様子 写真・茂木渉

大きくするのが目的ではない

じつは、町田の「ぼくとハイタッチ」よりはるか以前から、地方で同様の試みは行われている。
地方と大都市周辺では、保護される犬種が微妙にちがう。都市部で飼育を放棄されるのは小型犬が多い。同じ犬とひきこもりのマッチングをするにしても、別のやり方が求められる。
この先ひきこもりへの関心が世界的に広がれば、保護犬の問題もいっしょに解決できることであるし、全世界的に需要があるのではないか。


「でも、あまり人が増えすぎても困る」
と坂田さんはいう。
「動物に触れられる」と、誰でも彼でも安易に触れ合って遊ぶだけの場ではない。あくまでも対象はひきこもりである。
ただ「ワンちゃんがかわいいからやっている」だけの動物保護団体ではない。


「犬だけでなく、私たちは人も大事にしているので、ひとつかけ算がふえているのです。犬も人も道具ではない。人も犬も傷つけたくない。ていねいにやっていきたい。だから、私たちはことさら大きくしようと思わない。」


親御さんがひきこもりの子どもに、「こんなのがあるから行きなさい」と言うのもお勧めできない。ひきこもりの子どもが、親の管理を抜けて、自分の力で「ぼくとハイタッチ」の存在を見つけ、やってきてくれるのが望ましいという。


次回の「ふれあいの場」は2020年2月15日に開催される。

<お問い合わせ>

ぷ楽ティス pracwan6@gmail.com  

  (@を半角に打ち直してください)

ぼくとハイタッチ https://machida-marugoto.jp/article/229

ぼくとハイタッチ 活動報告 https://ameblo.jp/pracwan6/

 

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< スタッフ・プロフィール >

茂木渉(もぎ・わたる): 10歳の時から不登校が始まり、その後20年以上ひきこもり、30代前半から徐々に社会に出始める。今は、区役所の案内ボランティアや里山ボランティアをメインに活動している。趣味は園芸と水泳。

ぼそっと池井多(-・いけいだ) :まだ「ひきこもり」という語が社会に存在しなかった1980年代からひきこもり始め、以後ひきこもりの形態を変えながら断続的に30余年ひきこもっている。当事者の生の声を当事者たちの手で社会へ発信する「VOSOT(ぼそっとプロジェクト)主宰。
facebookvosot.ikeida
twitter:  @vosot_just