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小説「遊べなかった子」#03 おもちゃの島

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ひきこもり当事者・喜久井(きくい)ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

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遊べなかった子 #03 /文・絵 喜久井ヤシン  着色 PaintsChainer


   おもちゃの島

 
 みさきは、〈舟の家〉が岸辺に着いていることがわかった。玄関を開ければ、きっと出会ったことのない島があって、出会ったことのないものが待っている。
 みさきはドアの穴から外をのぞいてみた。ツヤツヤとした、ベージュ色の砂浜のようなものが見える。普段見慣れた桃色の海ではない、降りたことのない陸地がドア一枚の先にあった。
 「ようこそ……おもちゃの…島……あなたの…望むもの……!」
 みさきを案内したのは、高い空を飛ぶ一羽のカモメだった。カモメは白い羽で空を舞いながら、この島にみさきの欲しいものがあるのだと伝えていた。
 ドアを開けた先にどんなおもちゃがあるのか、みさきはこわさと希望とがあった。けれどみさきは外に出ようとしながらも、玄関で何時間も過ごすことになった。小さくて細い体は、外に行こうとしても止まってしまい、動き出すことができない。玄関のそばの壁にもたれたり、自分のペラペラのTシャツをいじったりして、自分の体のようすをうかがっていた。くり返しトイレに行ってみたり、寝そべって廊下の冷たさを感じたりして、どうにもできない時間をやり過ごした。それからしばらくたち、自分の隙をつくみたいにして、みさきはスッと立ち上がる。すばやくスニーカーをはいて、気持ちに勢いをつける。そうしてそれまでの時間が嘘のように、ドアを開けて、外の世界に出た。
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 みさきはその島に、どんな人がいて、どんなものがあるのかもわからなかった。どれだけ多くのものが待っているのか、おそれも期待ももっていた。そしてその分、予測していたものは、全部が裏切られることになった。その島には何もなかったためだ。
 「ようこそ……おもちゃの……島……!」
 頭上からとどくカモメの声はむなしかった。島は一面がツルツルの、プラスチックの表面みたいなものでできていて、巨大な作り物だった。グラウンドくらいの広さがあったけれど、誰もいなかったし、見るべきものもなかった。みさきは一応あたりを歩いて、久しぶりに出た外の世界の感触を味わったものの、特に何も湧いてくる思いはない。陸地から見ても、夕焼けに染まる桃色の海の様子は変わらない。足の下に地面があるという、ただそれだけのことだった。みさきはしばらく外の空気にふれて、足元の固い感触を歩き、夕暮れの空をしばらく見ていた。
 「ぼくにはちょうどよかったのかもしれないけど」
 みさきの退屈をまぎらわせるものはなかった。
 カモメは言葉を交わせる相手にはならずに、自分の住む空をゆうゆうと流れている。地上にいる少年一人のことは、あまりよく見えていないようだった。大きな海と大きな空のなか、おもちゃの島は小さくて、そこに立つみさきはもっと小さかった。誰かのために作られたのかもしれない、この作り物の島も、おそらくはじめに欲しがった人から忘れられてしまっている。みさきはたたずんで、座って、立ち上がって、またたたずんだ。そして、おもちゃの島の滞在はおしまいになった。
 みさきは開けたばかりのドアをまた閉めて、海に浮かぶ家へと戻る。カモメはまた高い空から、
 「もう……行って……しまうの……!」と頭上から声を落とした。
 みさきはカモメに聞こえているかどうかもかまわずに、
 「大丈夫です。気にしないでください」と、冷たさもあたたかさもなく答えた。
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 みさきがリビングに戻って、ソファで体を横たえていると、家はゆっくりと角度を変えているようだった。親切な海が、またみさきをどこかに流していくのだろう。浅い皿に満たされた水を、こぼさないよう慎重に運ぶみたいにして、海はみさきの家を動かしていった。
 しばらくしてから、みさきが窓の外を見ると、ツルツルの島の全体が見えた。わずかに丸みをおびたプラスチックの島が、海の上で空からの光を反射している。そしてその海面下には、島とつながった複雑そうな形が見えた。海の下に巨大な塊がある。氷山みたいに、海面に出ているのは全体のごく一部だけのようだった。ロボットなのか水鉄砲なのかよくわからないけれど、何かの巨大なおもちゃの一角が海に浮かび、島になっているのだった。
 「ああ。ごめんなさい」
 カモメは嘘をついていたのではなかった。この世にいるかもしれない、みさきとは違う大きな人にとっては、このおもちゃの島がちょうどいいサイズなのかもしれなかった。
 カモメはキュウキュウとのどを動かして、もうみさきには聞こえない言葉で鳴いていた。海は〈舟の家〉を運んでいく。空は夕焼けの桃色を強めて、家と海のりんかくをあわく薄めだしている。家は日没の行く先を進路にするみたいにして、やわらかな光の中へ、ゆっくりと向かっていった。

 

つづく

 

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