ひきこもり当事者・喜久井ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。
文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer
愛される権利
何事も判定で決まっていく国というのがある。
みさきはその国にたどりついてから、何度も入管審査所で発言をすることになった。
「ぼくは、健康で愛らしい子供です!」
審査員の前で、自分がいかに〈良い子〉かを訴える必要があったためだ。
「すこやかに育った足は元気に走り回ることができ、駆けっこでは誰にも負けません!」
みさきは笑顔を作りながら、ハキハキした声で話した。
「勉強についてはどうかね?」
と、審査員が聞く。
「はい。ぼくには高い学習意欲があります。より良い教育を受けることで、個性を伸ばすことができるでしょう。そのためには、安全な家の中で、愛されながら育つことが必要不可欠です!」
みさきの発言を聞きながら、管理委員は手元の用紙にあれこれチェックを入れていた。判定を受けるべき項目は大量にあり、今日が無事に過ぎたとしても、明日はまた別の審査がある。服装の趣味、好きな食べ物、あいさつをする時の姿勢、友達との付き合い方も。〈良い子〉だと見なされなければ、入国することができなかった。
その日の審査が終わった後、みさきの担当になった〈養護人〉が話しかけてきた。
「私の見立てでは、今日の君は70点だ」
審査員の前では微笑みをたやさない〈養護人〉は、みさきの前だと冷たい口調に変わった。
「『笑顔度』をはじめとした『外見指数』はいま一つだが、振る舞いは悪くなかった。特に『発言度』の項目は、合格で間違いない。私の言いつけをよく守っている」
みさきが入管判定所で話す内容は、全部がこの〈養護人〉のアドバイスだった。みさきは駆けっこなんて得意ではないし、勉強したい思いもない。けれど良い発言をしないと、この先の幸せな国に入ることができないという。〈養護人〉は、自分の国に入るのが一番だと本当に信じていて、みさきのためを思ってアドバイスしてくれていた。
〈養護人〉によると、入管後には優しい「親様」のいる国の国民として、誰もが大切な「家族」になれるのだという。「家族」はみんなニコニコしながら暮らしていて、この国くらい「幸福度数」が高いところもないと言っていた。
担当の〈養護人〉は、みさきにひとしきり批評をくわえたあと、仲間に最近の「入管偏差値動向」を聞いてくると言って、立ち去った。みさきは〈良い子〉のポイントを上げるために、〈養護人〉からのアドバイスを覚えておこうとした。
待合室では、他にも判定待ちの人たちがいる。ベンチの一つがあいていたので、横に座っていた子に、みさきは座ってもいいかどうかをたずねた。
「ここ、空いてるかな?」
その子はみさきを見て、「うん、座ることを許可するよ」とにこやかに言った。笑顔と言葉遣いからして、この国の住人だ。
「ありがとう。聞いてもいいかな?君はこの国の人だよね」
「質問を許可する。ぼくは、家族で国の外に遊びに行っていただけなんだ。パスポートが確認されれば、すぐに入国することができるよ」
「そう。ぼくはまだ入国審査中なんだ。ここにたどり着いてからまだ日が浅いけど、いろいろな人が、この国はすごく良いところだって言ってる」
その子は会話することを認可してから、「そのとおりだよ!」と答えた。とても晴れやかな笑顔だ。
「『親様』がいてくれるおかげで、家でも試験所でも楽しいことばっかりなんだ。君も早く、一緒の『家族』になれるといいね!」
その子はつづけて、
「そうだ、認可してほしいんだけど、ぼくと友達になろうよ。友達証明書は持ってる?」と聞いた。
「ええっと……」
みさきは、この国に着いてから、何種類ももらった証明書を思い出した。
「たしかぼくが持ってるのは、児童証明書と、対象権利書と、庇護証明書。あとは謝罪証明書とか感謝証明書とかで、それは持ってなかったと思う」
「もったいないなあ。『友達証明書』は、絶対持っているべきだよ。大勢から友達権を認めてもらえれば、『児童偏差値』も上げられるし、スマイルスタンプももらいやすくなる。すぐに発行許可を出した方がいいよ」
と、その子はにこやかに言った。
しばらくすると、入国許可の時間がきたらしく、そこ子は別れのあいさつを許可してくれるかどうかをみさきに聞いた。みさきが許可すると、「またね」と笑顔で言って、テキパキした足取りで去っていった。みさきは、たぶんもう会うことはないだろうと思った。
待合室で時間を潰していると、みさきの元に〈養護人〉が戻ってきた。駆け足ぎみで、演技でなしに嬉しそうだった。
「みさき君、朗報だ!これから入管特別委員が見てくれることになったぞ。これが入国のための最終審査になる。ここまでの〈良い子〉指数からすれば、十分に合格が狙えるぞ。チャンスを活かして、がんばってくれよ!」
〈養護人〉が熱くなっているのを、みさきは 無表情に見ていた。
「これだけすぐに審査が認められるのも、私の保護管度数が高いおかげなんだ。〈養護人〉調査書で、最高評価をつけるのを忘れないようにな。今から『喜び証明書』を用意しておこうか。君には喜びでいっぱいの未来が待っているよ!」
その後、みさきは特別委員の前で完璧に近い〈良い子〉となって、高い点数を与えられた。〈養護人〉は満足気な表情で、合格は間違いなしだと言った。
結果は一時間以内に出るということだったけれど、みさきは入管管理局のドアを出て、黙ってこの国から離れていった。後ろから誰かが、「退出許可証はどうした!」と叫んでいたけれど、みさきはふり返らなかった。
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執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の3年間は同世代との交流なく過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験している。2015年シューレ大学修了。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter
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