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短編小説「夜の書Ⅰ 殺されなかった子」遊べなかった子 #27

ひきこもり当事者・喜久井ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

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文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer

 

 

   夜の書Ⅰ 殺されなかった子 

 

 

   自働車の男たちがにこやかに〈舟の家〉を壊す


 みさきは〈舟の家〉の中で、何日も何日も静かに過ごしていた。くり返される夕暮れの景色はまぶしくて、たった一人の家を赤く照らしていた。波のない海はおだやかで、永遠に変わらないと思っていた。家、夕暮れ、海がみさきの世界で、その他のものは何もないはずだった。けれど、生きていくことはいつも残酷で、世界は前触れもなく、突然変わってしまうのだった。


 ある時みさきが自分のベッドで眠っていると、外から自動車の音が聞こえた。車のドアを閉める音がして、何人もの人たちが家のすぐ外でざわざわと動いている。窓の外を見ると様子がおかしく、空が暗かった。光のない真夜中だ。
 突然、男の声で「出てきなさい、みさき!」と呼ぶ声がする。
 みさきは隠れようとしたけれど、大人の人たちは〈舟の家〉のドアを壊して、家の中に侵入してきた。家が壊される音が玄関、リビング、階段とだんだん近づきながら聞こえてきて、すぐにみさきの部屋のドアにまでたどりついた。ガタン、と荒々しくドアが開けられて、ポロシャツ姿の男二人の姿が見えた。みさきは部屋の隅で体がかたまり、逃げ出すことができない。
 「みさき、もうおしまいになる。早くここから出なさい」
 と言うその男の声は、意外なほどやさしかった。
 「やめて、入ってこないで!誰なの?どうしてぼくのことを知ってるの?」
 「いいから、私たちと一緒に車に乗ろう。いつまでもこんなところにいちゃいけない」
 男たちは無理やり体をつかんで、みさきを引きずった。
 「いやだ!ぼく、ここにいる。連れて行かないで!」
 「大丈夫だから、来なさい」
 男たちはにこやかな表情で、みさきを〈舟の家〉の外まで引きずりだした。みさきには見る余裕がなかったけれど、〈舟の家〉の外では海がなくなっており、荒れたいびつな地表が地平線まで続いている。男たちの乗ってきたワゴン車は、海の底だったところを走ってきたのだ。
 「さあ、乗って」
 声だけはやさしげに、男がみさきの頭をつかんで無理やり後部座席に乗せた。
 車のエンジンがかかり、あっという間に車が走りだす。スーツ姿の男が横に座り、車窓からは真夜中と荒地が見える。後ろを見ると、残った男たちがバキバキとむごい音をたて、〈舟の家〉を解体している。
 「あいつら、ぼくの家を壊してる!どうしてこんなことするの!なんでいきなり夜になっているの!」
 「暴れるとあぶないよ。静かにしなさい」
 男はやんわりと体を押さえつけ、抵抗するみさきに何かをした。みさきは急に気を失って、深い眠りに落ちた。

                  

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   収容所で出会った「みさき」たち


 どれくらいの時間が過ぎたのかわからない。みさきが目を覚ますと、そこは収容所の中だった。冷たいコンクリートの建物で、細かく分けられた部屋が数えきれないほどびっしりと並んでいる。一つ一つの部屋には二段ベッドが八組ずつ置かれ、その全部が収容された人たちで埋まっていた。みさきの横のベッドでは、同い年くらいの子三人が集まって話している。全員が黒い服を着ていて、みさきも同じ服に着替えさせられていた。収容所の雰囲気は、きれいな刑務所といった風だった。
 「……ここはどこなの」
 みさきはゆっくりと起き上がって、近くの子に話しかけた。
 「やあ。目が覚めたんだね。ぼくたちにも詳しいことはよくわからないけど、収容所の宿舎の中だよ。ここにいるみんな、大人の人たちに連れてこられたんだ」
 と言って、三人の少年は次々にあいさつをした。
 「ぼくは1のB7番。よろしくね」
 「ぼくは同じところの11番」
 「ぼく、B1番。きみはB16番になってるよ」
 少年たちは意外なくらいのんびりしていた。数字をいうのが自己紹介らしい。
 「B16番?ぼくはみさきっていうんだけど、名前はないの?」
 少年たちは、冗談を聞かされたみたいにクスッと笑った。
 「ぼくの名前もみさき。となりの11番もみさきだし」
 「ぼくもみさきだよ」
 三人とも「みさき」だった。聞けば、この収容所には何千何万という人たちが集められていて、年齢も性別もバラバラだけれど、全員が「みさき」という名前なのだという。みさきは、理解できないことばかりでめまいがした。ひどい疲れにおそわれて、またベッドに横になった。聞きたいことはいくらでもあったけれど、体がいうことをきかず、また気絶するみたいにして眠りに落ちた。

 

                  

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  収容所での生活と数千人の削除


 翌日になって目を覚ましてからは、問答無用で収容所での生活が始まった。みさきは1-Bの16番として、〈担当指導者〉と呼ばれる大人から指示を受けて暮らした。
 毎朝6時に起床すると、数十あるグループごとに給食室へ移動。そこでは四百人近い子たちがいっぺんに食事をして、30分以内に割り当てられた部屋に戻る。7時からは〈活動〉が始まり、1時間単位で何をするかが決められていた。清掃などの雑事から、工場での単純労働もあった。部品を作っているようだったけれど、何に使うかはわからず、そもそも意味があるのかどうかわからなかった。〈活動〉の中には、野外に出て厳密な指示どおりに穴を掘る作業もあった。収容所の外は荒地が広がっているばかりで、柵はなかったけれど、大人たちから逃げ出せるとは思えなかった。

 食事をして、活動し、食事をして、活動。時間になれば言われたとおりに眠り、また朝になれば言われたとおりの生活をする。みさきの日々は高速で過ぎていった。〈指導者〉たちは厳しいどころか優しげでさえあり、収容所の「みさき」たちも、みさきには理解できないくらいのんきなところがあった。

 収容所の生活は、みさきでない誰かに決定されていて、すべてが唐突に知らされた。ある時、みさきを含むAからEのグループの子たちが集められ、建物の外に並ばされた。150人以上の子を前に、書類を持った〈指導者〉が番号を読み上げていく。
 「A-4番!A-13番!A-14番!B-1番!B-6番!」
 と、グループごとに番号を言い、最後のEグループまでが終わった。みさきの番号は呼ばれなかった。
 「以上のものは、すみやかに修正場まで移動するように!」
 番号を言われた子たちは、すべて理解しているように、〈担当指導者〉についてすこし離れた建物に入っていった。みさきを含む残った子たちは、それから三十分くらい、立ったままで待たされることになった。
 みさきは前にいるB-15番に、
 「何で呼ばれたの?どこへ行ったの?」と聞く。
 話しかけた子はなぜかすべて理解していて、
 「削除されるんだよ」
 と、こともなげに答えた。みさきには意味がわからなかった。
 しばらくすると、番号を呼ばれた子たちが入っていった建物から、猛烈な音が聞こえた。工場で巨大な機械が動くような、嫌な歯車が動いているみたいだ。「みさき」たち150人は、また二十分ほども待たされた。薄暗い空に荒地が広がっていて、みさきはどうしようもない時間を過ごした。しばらくすると歯車の動きが止まり、地響きもやんだ。〈指導者〉たちだけが隊列の前に戻ってくる。〈指導者〉たちは解散を告げ、グループごとに部屋に戻り、それでこの出来事はおしまいだった。建物に入った子供たちは、二度と戻ってこなかった。
 みさきは、矢継ぎ早に15番の子に質問した。
 「あの番号の意味は?歯車みたいな音は何?どうしてみんな不思議に思わないの?」
 15番は冷静で、
 「意味は何もないよ。僕たちは殺されなかっただけだ」と言った。

 B1番とB6番の「みさき」はいなくなった。けれどしばらくすると、新しい1番と6番がやってきて、あたりまえのようにBのグループに加わっていた。新しくやってきた子は、二人とも驚くほど早くなじみ、収容所の生活を受け入れた。みさきは理解できないままで、ある時、野外で穴を掘る活動中に吐いた。
 〈指導者〉はやさしく、
 「穴の中に吐いてもいいよ。これから全部埋めるから」と言った。

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   収容所の消滅と海の底の荒野

 日々はとどまることなく、おそろしい早さで過ぎて行った。何日なのか、何ヶ月経ったのかわからない。もしくは、外の景色がずっと夜のままなので、あまりにも長い一日があっただけなのかもしれない。目覚めては〈活動〉し、意味のわからないことをしては眠り、また目覚めては〈活動〉し、意味のわからないことがあっては眠った。
 どれだけ続くのか、どんな目的があるのか、誰も理解できる言葉で教えてくれる人はいなかった。みさきは予想できないことであっても驚かないようにしようとしていたけれど、収容所はいつもみさきの想定を裏切ってきた。1グループの子たちがごっそり消されていたこともあったし、宿舎全体が水びたしになっており、誰もその理由について知らないこともあった。にもかかわらず、全員がそれを平和的に受け入れていた。

 ある朝のことだった。みさきが目覚めると、あたりにBの子たちが誰もおらず、施設内もひっそりしていた。廊下に出てしばらく歩いてみると、建物が半分壊れていて、夜の荒野にたくさんの「みさき」たちがバラバラになって歩いていた。あたりを見回しても〈指導者〉たちは一人もおらず、「みさき」たちは四方八方に、目的もわからないまま歩き去っているのが見えるだけだ。収容所からは一切の価値が消えていて、時間もルールもなくなっていた。みさきが目覚めたのは、他の人たちに比べてかなり後の方だったけれど、建物内からはまだ何人かの残った「みさき」たちが出てきていて、誰も何もしゃべらずに、まるでこれからすべきことがわかっているみたいに、歩き去っていくところだった。

 みさきは近くにいた人に走り寄り、叫ぶようにして聞いた。
 「みんなどこへ行くの!収容所に何があったの!」
 その人は昨日まで3-H24番だった人で、年上の、女性の「みさき」だった。
 「騒がしくしないでよ。あなただって、本当はもうわかってるでしょ?」と言う。
 「わかるわけがないよ!どうしてみんな、何もかもあたりまえみたいにしてやっていけるんだ!お願いだから答えて。これの意味はなんなの。いきなり収容所に容れられて、いきなり何百人も同じ名前の人がいた。それで今度はいきなり収容所がなくなる!どうやって理解しろっていうの!これは誰が何のためにやっていることなの!」
 相手の「みさき」は、一瞬だけ憐れむような顔をしたけれど、無関心なことに変わりなかった。
 「それは困るでしょうね。でも、私にはどうすることもできない。それぞれの物語があって、それぞれの本をつむいでいかないといけないでしょ。見て、他の『みさき』たちはもう歩き出している。この地面より巨大な余白があっても、歩いていかないといけない」
 元々海の底だった荒地には、とがった岩や巨大な岩盤があちこちにあった。ぐるりと見渡してみても、壊れた収容所以外に目印になるようなものはなく、町も舟も太陽もなく、向かうべき先は見つからなかった。
 女性の「みさき」は方向を決めて歩き出そうとしていて、みさきには引きとめるだけの力がわいてこなかった。最後に一言、
 「このひどいことはいったい何なの?」と聞いた。
 3-H24番だった人は答える。
 「わかってるでしょ。人生って言われる暴力だよ」
 誰もが広大な荒野に歩き去っていった。収容所にいた人たちは全員が去っていき、みさきは最後に一人、壊れた建物に取り残された。

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  執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の3年間は同世代との交流なく過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験している。2015年シューレ大学修了。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter

 

 

 「遊べなかった子」(全30話)更新予定
  次回  4月27日
  前回  26話「王子!」 

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