ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

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短編小説「かけがえのなかった子」遊べなかった子 #17

 ひきこもり当事者・喜久井ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。 

 

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 文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer


   かけがえのなかった子 

 

 みさきは新しい島におり立った。小さな山に小さな畑、そして小さな町がある。みさきが町に入ってみると、家の窓からみさきを見かけた人は、何やら驚いた様子だった。そのせいで、みさきは嫌な気分になる。
 ――ぼくは来ちゃいけなかったんだろうか。いきなり町にやってきて、悪者にでも思われているのかもしれない。
 みさきを目にした町の人々は、離れたところでヒソヒソと噂をしていた。何人かの人がみさきに注目していて、どうしたらいいのか、とまどっているようだった。
 ――どうせみんな、ぼくがやってくるのが嫌なんだろう。誰かからダメだと言われる前に、早くこの町から立ち去ろう。
 そう思って背中を向けようとしたところで、何人かの町の人たちがみさきの元に駆けよってきた。みさきは逃げる間もなくとり囲まれて、心臓がドキドキしてしまう。けれど町の人たちは怖い顔なんてしておらず、むしろ笑顔でいっぱいなのだった。
 「わあ!本物だ。本当に、本当だ!何て素晴らしいんだろう!」
 「旅人さんだね!はじめまして!どうぞこの町を見ていってくれ。この町にいる人全員、君を歓迎するよ!」
 町の大人たちはみさきをとり囲んで、サーカスでも見ているみたいに興奮していた。
 「はあ、ありがとうございます……。でも、そんなに旅人が珍しいんですか?」
 とまどうみさきに、町のおじいさんは答えた。
 「この町では子供たちがいなくなってしまって、二百人の大人たちしか残っていないんだ。子供は絵に描かれていたり、お話の中で語られてたりするだけで、本物の子供を見たのなんて、もう何十年もなかったんだよ。だから今、君はこの国でただ一人だけの子供だ」

 町の人たちは、数十年ぶりに見る本物の子供に色めきだった。みさきがやってきた日の夜は、町の人たち全員が集まってのお祝いになり、さながらお祭りみたいになった。ごちそうも出て、ギターの演奏もあった。
 「はしゃぎすぎて、みさき君を困らせちゃいけないよ!」と大人の一人が止めに入ってくれなかったなら、みさきは疲れ果てていただろう。けれど、みさきは自分が居るだけで喜ぶ人たちがいるなんて初めてで、やっぱり楽しい気持ちもあった。だましているようすもないし、にこやかなお年寄りたちに囲まれているのも、悪くない。島に到着した日は、町で一番大きな家(、それでもそれほど豪華ではない家)に泊まって、ふかふかのベッドでぐっすり眠った。

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 大人しかいない国の大人たちは、ただ一人だけの子供のために、あれこれ話し合ったらしい。少しばかり言い争いになったのは、誰がみさきをもてなすかだった。一日目は大きな家の主の家に泊まったけれど、ひとりじめするのは良くない。町の他の大人たちも、みさきと話したがったし、一人だけの子供のようすを見ていたかった。
 そうして話あった結果、全員が少しずつみさきといるために、一日ごとの交代制にすることだった。ある日は町の南のおばあさんの家に泊まり、その日一日を好きに過ごす。次の日は西に住む大人の家に泊まって、ごちそうを食べる。次の日は北東東の右から二件目のおじいさんの家に泊まる、といったふうに。
 みさきにとっては、歓迎されることに忙しい毎日になった。行く先々で大切にあつかあわれ、みさきが夕食やふとんの厚さのことでちょっとお願いを言ったら、できるかぎりで素早く叶えてくれるのだった。
 「一人にさせて」と言えばそうしてくれたし、「ごはんはちょっとだけでいい」と言えばそのとおりにしてくれた。ちょっと迷惑だったのは、使えないオモチャや古いぬいぐるみを持ってこられたことくらいだ。町の大人たちは、子供のいることを素直に喜んでいてくれていて、みさきに無理させることもない。町の時間には、のどかな畑とふっくらした山の景色が流れていて、せかせか急いでいる人もいなかった。みさきは大人たちの国で何日も過ごすことになった。

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 北北西の夫婦の家では、おばさん自慢の花壇があった。オレンジのガーベラに黄色のラナンキュラスにと、色とりどりの花がある。おばさんによると「愛の風」がテーマになっていて、みさきにはわからなかったけれど、特別な美意識があるらしかった。夜に眠ったベッドがふかふかで、寝心地が良かった。

 西に住む人の家では、ちょっとおかたい大人が、整理整頓された部屋にいた。食器棚もトイレの飾りも、ピシッと四角いものばかりで、なかなか近寄りがたい気がした。けれどその人は天文学者で、二階には望遠鏡もある。小さなみさきにも興味津々で、星や光について、ていねいな話をしてくれた。その日の夜は、四角いかための布団に眠った。

 南の三件目のおじいさんは、発明家だった。「コーヒーを飲みすぎないためのコップ」、「1つのものを3つに見るためのメガネ」、「回らないタイヤのついた車」など、変わっているというより、変わりすぎていて、どうして作ったのか不思議だ。おじいさんは小さな話し相手ができて、大喜びだったらしい。ちょっと話しすぎなところもあったけれど、たまにはこんな人といるのも悪くない。その夜は「寝相を100種類にするベッド」で眠った。

 ある時みさきは、東の大人に質問をした。
 「ぼく、この町についてから遊んでばかりいるけど、それだけでいいの?子供って本当は、学校に行くとか、勉強するとか、やらなきゃいけないことがいっぱいあるんでしょ」
 東の大人は、みさきの言いたいことの意味が通じなかった。
 「子供が勉強?仕事のできない大人でもないのに、そんなことするっていうの?見てみなよ、今日も晴れていて暖かい日じゃないか。部屋にこもってるより、川辺をブラブラ歩いている方がよっぽど楽しいだろう」
 東の大人は、ちょっと言い過ぎたかもしれないと思って、つけ加えた。
 「いや、みさきさんが勉強したいなら、否定しないよ。学者になるのだって大事だ。お望みなら家庭教師だって呼んでこよう。みさきさんは勉強したいの?」
 みさきはすぐに答える。
 「いえ、したくないです」
 「なら、いいじゃないか!」
 東の大人の言う通り、何も問題はなかった。畑のそばではのんきな時間が流れていて、半分飼い犬で半分野良犬みたいな犬が、舞っているチョウを追いかけていた。この国での暮らしは、「いいじゃないか!」と思えるものだった。

 そうして月日は過ぎていき、みさきは町の大人たちのほとんどを知った。みさきのことはずっと話題の中心で、日々が経っても特別扱いは変わらない。楽しんでいても、退屈していても、どんなみさきでも受け入れてくれた。みさきはこれから先、ずっとこの場所で過ごしていくのかもしれない、とまで思った。

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 けれど、特別な子供であることは、すぐに壊れてしまうものだった。
 ある日海の遠くから、大きな船がやってきた。波をざわつかせながら、大人の国に近づいてくる。町の人たちはうろたえた。戦争の悪い知らせを伝える船かもしれない。島をのっとろうとする海賊たちかもしれない。大人たちは警戒して、海辺で待ちかまえた。大きな船が上陸した時、悪い知らせはみさきだけのものになった。

 「こんにちは!」
 「はじめまして!」
 大きな船から降りてきたのは、たくさんの子供たちだった。みさきと同じくらいの子、可愛らしい女の子、背の高い子、オシャレなファッションの子、一番小さな8歳の子、頼りになりそうな15歳の子も。みさきよりも素晴らしく見える、29人の子供たちだ。
 頭の良さそうな子が前に出てきて、大人たちに話しかけた。
 「私たち、住む場所を探してこの海を進んできました。短いあいだだけでもけっこうですので、しばらくお邪魔させていただけませんでしょうか」
 その子は透き通った声で礼儀正しい挨拶をして、大人たちもみさきも驚いた。見た目もきれいで、非の打ちどころのない子に見える。
 「大歓迎!大歓迎だよ!短いあいだと言わず、いつまでだっていておくれ!」
 突然やってきた大勢の子を、大人たちは受け入れた。まずはお祝いだと言わんばかりに、大急ぎでおもてなしのごちそう作りが始まり、体の弱い老人たちまでが、元気になって走り回った。
 29人の子たちは、大人たちを大きく深い喜びで包んだ。子供がどんなようすで、何を感じて何を話すのか、大人たちはあらためて驚きに目を見開いた。それはみさきからすれば、どれもこれも「みさき君とは違って」、という注釈が入るような驚き方でもある。
 29人の子を歓迎するお祝いになったけれど、みさきは新しい子でもなかったし、町の住人でもなかったので、居るところがなかった。大人たちは新しい子に興奮しているせいで、みさきを気にかけてくれない。どんなものが好きなのかとか、楽しいことが何かとか、たわいのない、けれどみさきよりもずっと面白い話を、新しい子たちはいきいきとしゃべるのだった。

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 次の日になって、みさきは西の家に向かった。今日は西の家の人と、一日を過ごす予定なのだ。西の家の人はたしか画家のおじさんで、悪くない日になるはずだった。けれど開いたドアの中からは、子供たちの盛り上がっている声が聞こえた。おじさんは、しまった、という顔をして言った。
 「これはいけなかったなあ。みさきさんが来るのを忘れていたよ。新しい子二人が来ていてね、これからしばらく、一緒に住もうと約束したところなんだ」
 「ああ、そうなんですね……」
 二人の子は、まるで昔から住んでいるみたいに楽しそうな声を出していた。
 「ダイチ君とヤマト君の兄弟でね、今日はじっくり話してみたいし、みさきさんを泊めようにも、ベッドがあまっていないんだ。悪いけど、次の予定の家に行ってくれるかい?」
 「そうですか。いえ、いいんです。次の家の人、たしかぼくが来ることをすごく待ち望んでましたから」
 みさきはそうごまかして、次の予定がどこだったか思い出そうとした。
 「またね。今度、キャンパスと絵の具のセットをあげるよ」
 「はい。さようなら」
 おじさんはドアを閉めて、みさきは家から離れた。おじさんはああ言っていたけれど、新しい兄弟がいるなら、みさきと一緒に絵を描く機会はやってこない気がする。

 町を歩いていくと、遠くにおじいさんと小さな子が手をつないで歩いているのが見えた。前はみさきが歩いているだけで、わくわくしながら話しかけてくる大人たちがいたけれど、それももういない。町の雰囲気も大人たちの気分もがらっと変わって、別の国みたいに見えた。
 しばらくすると通りすがりのおばさんがいて、みさきにあいさつをした。
 「やあ、こんにちは」
 「こんにちは」
 みさきは、この国に来てから初めて、自分から遊びの誘いをかけた。
 「あの、たしかこのあいだ、いつでも家に遊びに来てほしいって言ってましたよね。ぼく、今から行きましょうか?よければ今日一日でも、時間がありますよ」
 おばさんは嬉しそうだったけれど、答えはみさきの望むものではなかった。
 「それはそれは。だけどごめんねえ。今日は新しく来た子が家に来るもんで、その準備で大忙しなんだわ。また明日にしてくれるかねえ」
 「ふうん。じゃ、さよなら」
 「またねえ」
 以前はみさきの方が引きとめられたのに、今はおばさんの方からいそいそと離れていく。

 みさきはだんだんと町から離れて、人気のない小道をたどっていった。しばらくして海辺にたどり着くと、子供たちの乗ってきた巨大な船がある。新しい29人の子たちも、このやわらかな海を漂ってきたのだろう。だけどみさきと違って、一人ではなかった。
 潮の先にかすんでいる雲は、あざやかな光の帯になって、風と空気でできた透明なオーロラを生んでいる。
ほんのすこしだけ強い風に、ほんのすこしだけ軽い石が吹かれるようにして、みさきは海の方へと呼ばれた。そうして来た時と同じように、あてどなくひっそりと島を離れた。流れ旅はまだ終わらない。

 みさきのいなくなったことに大人たちが気づいたのは、何日も経ってからだった。けれどその時にはもう、新しい学校作りに忙しくなっていたので、みさきが話題にのぼることもすぐになくなった。

 

 

次回 「〈家族〉の上演」

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前回 「三本足の国では」

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 執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の三年間は同世代との交流をせずに過ごした。二十代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。個人ブログ http://kikui-y.hatenablog.com/