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「毒父・碇ゲンドウ」ひきこもり時代の「エヴァ」の思い出

 

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(文・画像 Toshi)

※当記事には、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のネタバレが含まれております。

「ひきこもり」として過ごした90年代

1990年代。宗教団体の化学兵器テロや、中学生の児童殺傷事件が起こり、「世紀末」や「少年の心の闇」が語られていた時代。

僕は14歳で学校に通えなくなり、形だけの高校進学をしたけれど、すぐに通えなくなった。その頃、深夜に見ていたのが14歳の少年」を主人公とした「新世紀エヴァンゲリオン」だった。

主人公の碇シンジは、幼いころに母を失い、父と離れて過ごしていた少年。気が弱く、周りに逆らわないけれど、いつも黙々と悩んでいる少年だった。

僕は学校に行かなくなってから、両親に見捨てられるのが怖くて、高い声で全ての話に同意して、空気を合わせながら、心ではぜんぜん違うことを思っていた。だから凄く、シンジの感じが伝わった。

父の碇ゲンドウは、息子を養育者に預け、自分の仕事に没頭していたが、突然、シンジを呼び出して、兵器に乗って戦場の最前線に立てと命令した。

父の世界から出られない少年 

僕の父は、学校に行かない私に、あまり変わらず声をかけてくれた。「強い父」が過去の遺物になっていた90年代らしい父だったと思う。この時代の物語は、父が優しく、対立もいつか解消される物が多くて、僕も自分の父をそう思っていた。

だから息子に強く命令し、上司と部下としてしか話さない碇ゲンドウは、とても変な父親に映った。その組織で働かされ、いなくなった母の作った兵器に乗り、歪んだ戦場に出るシンジ。思春期を迎え、仮の学校生活で、恋愛感情らしきものを抱いても、父の組織にいる限り、絶対に叶わないように作られている。

そして外は、人が生きられない滅びの象徴「赤い海」に囲まれている。そこから外に出ようとしても、また戻ってしまう。

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 僕が中学校に通えなくなった時から、故郷は「牢獄」になっていた。学校に行かないことを、家の外から笑いに来る同級生が恐くて、罪人のような気持ちで、カーテンを閉めて身を隠した。外は僕にとっては死の世界になり、バスや電車なんて乗れるわけも無く、外出は親の車で身を縮めていた。

親が入ってくる部屋に寝転がって、時間が止まったように感じて眠り続けて、中学校で自分がやった失敗を、どんなに小さくても、永遠に心の中で謝り続けていた。なぜ図書室で、本を乱暴に扱ったんだろうとか、無限に考え続けて、一通りのことを思い出しても、いつまでも記憶がよみがえった。

ヒロインの一人、綾波レイは、無機質で病院の匂いのする部屋にいて、あまり感情を表さない。それが14歳までに、彼女に刻印された世界のイメージ。僕はそんな心地よい冷たさに惹かれていた。

毒父の正体「我が子が怖かった」

物語が進み、シンジは自分の精神世界に入り込む。心の中から出なくなり、かりそめの学校生活で得た友人も、恋愛も、家族も、どんどん壊れていった。シンジの心を動かした綾波レイへの想いすら、父の作った世界の中では、あらかじめ叶わないように作られた物だった。

その頃の僕は、少しだけ通った高校を、正式に辞めようとしていた。だから、物語の中の壊れた世界が心地良かった。物語で壊れたものは、全て、僕が失った物。14歳の少年は頭を抱えて嘆いていたけれど、僕も、そうやって泣き叫びたかったのかも知れない。

 そして僕は「エヴァンゲリオン」の旧劇場版を見に行った。ひきこもり時代の、数少ない外出。僕がこの世界に生まれてから、人間の世界で感じている苦しみ。その答えが描かれる気がして、見ないといけないと思った。

父・ゲンドウは、そこでも息子と関わろうとしなかった。世界を拒絶した息子に、何も声をかけなかった理由は、息子が「怖かった」からだった。

もしかしたらゲンドウは、失ったものを手に入れて、完璧な自分になれば、息子に笑顔で再開できると思っていたのかも知れない。でも、本当は完璧な父じゃ無くても、苦しんでいても、立派じゃなくても、傷ついても、生身で助けようとしてくれる父であれば、良かった気がする。

心の傷のために、父として何も出来なかった碇ゲンドウ。悲しい「毒父」だった。

10年のひきこもり生活と「エヴァ」

僕は高校を辞めてから、残りの10代と20代の前半を、完全なひきこもりとして過ごした。ある時、家族から引っ越しの話が出た。この故郷を選んだのは失敗だった、別のところに行こう、そうすれば僕も動けるかも知れないという話だった。でも、父は故郷に思い入れが強くて、その話は消えた。

僕の父は優しくて、必死に働き、いつも声もかけてくれた。全く碇ゲンドウのような父では無かったけれど、それでも父は、僕より自分の思いを優先した。

それからも僕は、親に隠れて録画した「エヴァ」を見ていた。とても親と共有が出来ない作品だからこそ、自分の世界を守る、わずかな酸素だった気がする。でも何度見ても、僕の欲しかった答えは見つからなかった。

そして、部屋の中で10年が過ぎた。僕は26歳になっていた。 

ひきこもりから出て「滅びの海」の向こうへ

 

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そして私はひきこもり生活を終えて、一人で「東京」に行った。故郷の外は、赤い海に囲まれた「滅びの世界」では無く、ただの大きい町だった。

父も母もいない世界で、ひとりで過ごす怖さや、人として扱われない経験もたくさんあった。今も、心の迷宮で眠り続けた部屋を懐かしく思うこともあるけれど、どうにか外を歩いている。