ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

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小説「ぼっち系 Vチューバー『しおりん』」第1回

著・かっしー

https://twitter.com/cassyie_r

 

僕が「彼女」に出会ったのは、不登校になって成人してからすぐの頃だった。親から「学校に行かないのなら、せめて通信制の教育だけでも受けて欲しい」と言われ、パソコンを買い与えられたのだが、僕はその裏でずっとゲームや動画配信などを見ていた。部屋に閉じこもってパソコンに向かっているだけで親は勉強していると思っているのか、何も言わない。

「彼女」と僕は、直接言葉を交わした事はない。何故なら「彼女」はVチューバーであり、いわゆるバーチャル(仮想)空間にしか存在しないであろうキャラクターだからだ。
最近のバーチャル技術は凝った物が多く、2次元のアニメのようなキャラクターだけでなく、3次元の立体的なキャラクターですら生きている人間のように喋らせたり、動かす事が出来る。
ただそんな中、「彼女」は2次元のままで、どこか「異質」だった。

彼女・・・「しおりん」は、見た目もそれほど可愛いキャラクターではないし、他の女性Vチューバーのように媚びたりしない。いわゆる「ヤンデレ系」な感じだ。「ぼっちVチューバー」を自称していて、いつも1人でボソボソ、淡々と喋っている。チャンネル登録者数も1桁だし、ライブ配信も同時閲覧しているのは、いつも1人か2人ーーーそのうちの1人は確実に僕なので、僕以外誰も見ていない事が多い。いわゆる過疎配信者というやつだ。
僕が彼女のファンになったきっかけは、彼女のTuwitterのアカウントを見つけた時、僕と同じ「ひきこもり」で、投稿内容も配信内容も決して飾り立てない内容だったからだ。夕方頃になって「今、起きた」とか「今日は配達の人以外、誰とも喋らなかった」とか、そんな内容しか出さない。一般人にはごくつまらないものだろうし、過疎なのもうなづける。

ただ僕はまだ輝いていないダイヤモンドの原石を見つけたような気分になった。
これからの時代、ファンに媚びるだけがアイドルとしての姿ではなくなるだろう。そうなった時、キャラクターはヤンデレ系で地味でも、思った事をズバズバ言う彼女のようなスタイルでもファンがついて大ブレイクするかもしれない。そんな予感がした。

なので僕は彼女を支えるべく、とりあえず彼女にプレゼントをするためだけにアルバイトを始めた。コミュ障の僕には辛いものだったが、しおりんのためだと思ったら頑張れた。怒られて疲れて帰っても、画面の向こうでしおりんが待っていてくれる・・・そう思ったら、外に出るたびにヒソヒソ話を始める近所のオバちゃんたちの話し声も気にならなくなった。

だが、事件は起こった。
その日、彼女はいつものように何気なく「夕方起きてから、変わった味のカップ麺を食べた話」などしていた。その時、画面の向こうの背後で何か物音がした。しおりんは1人暮らしのはずだ。Tuwitterの投稿でも、部屋はすごくシンプルなものだった。
ただ、その物音が聞こえた時、彼女は「あ・・・」と言い、突然マイクをミュートにした。

何があったのだろう・・・?
配達かな?とも思ったが、今は23時を回っている。配達する時間ではない気がする。
「どうしたの?」
チャットを打ってみたが、反応がない。
しばらくすると、しおりんがミュートを解除して「ごめんなさい」と謝って来た。どうしたのだろうか、すごく焦っているようだ。彼女らしくない。訝しんでいると、突然男の声がした。
「しおりー!酒がねぇんだよ!」
そこで配信が突然、ブツッと切れた。

今のはなんだ・・・?お父さんか?にしては声が若そうだった。
しおりんの配信は背景を全て仮想背景にしているため、男の姿などは一切映らない。だからファンとしては今まで「どんな部屋に住んでいるのだろうか?」と妄想を掻き立てて来た。
まさか、彼氏だろうか。
いや、そんな訳はない。彼氏だとすれば、あんな乱暴な・・・
そこで僕はハッとした。
しおりんは、ひきこもりなのだ。僕も同じひきこもりとして分かる。きっとはっきり断れない性格なのだろう。表向きはズバズバ言う事があっても、裏ではビクビクしているのだ。
あの男はもしや、そんな断れないしおりんに言い寄っている悪い男ではないだろうか。そんな気がしてきた。だとすれば・・・

しおりんを救わねば。

僕はそれが自分に課せられた使命なのだと思った。
しかし僕にそれを確かめる術はない。そもそも「しおりん」の実体が分からない。本名も、どこに住んで居るのかも謎だ。途方に暮れていると、ふとあるネットニュースの見出しの単語が目に入った。

「なりすまし」

それは駄目だと頭の中のどこかで警鐘が鳴っている気がしたが、僕は「そちら」の考えについ傾倒してしまった。
これが僕の身の破滅を呼ぶことになる。

 

調べてみると、「なりすまし」行為というのは造作もない事に思えた。アカウントを乗っ取る方法も、某巨大掲示板や裏サイトに書いてあるし、あとはボイスチェンジャー機能をパソコンに入れ、配信者用のマイクを通販サイトで購入。Vチューバーとしての配信のやり方も、配信サイトでご丁寧に動画で紹介しているVチューバーも居る。
僕が考えた方法は極めて単純かつ、極めて外道だ。
何度も頭の中でもう一人の僕が「やめろ」と叫んでいる気がした。だがあの謎の男の声を思い出すたび、その声はだんだん薄れていく。
そうして僕は、ボイスチェンジャーで限りなくしおりんの声に近い女性の声を作り、「風邪気味だけど、重要なお話をします」とタイトルを打って、「しおりん」として配信を始めた。

 

・・・第2回へつづく