文・画:かっしー
(https://twitter.com/cassyie_r)
第1回からのつづき・・・
僕はその日、朝からソワソワしていた。
会社でデスクトップPCに向き合っていても、頭の中は違う事を考えていた。
昨夜「しおりん」の久しぶりのライブ配信の通知があったからだ。
「しおりん」とは僕が最近推しているVチューバーで、「ぼっち系」を自称している。どうやら元々は目立たない、ひきこもり経験者のようだ。だがある時期を境に、急激に人気を伸ばした。某巨大掲示板の常連となり、彼女の飾らない配信スタイルが人気となったようだ。
実際彼女は他のVチューバーの女性と違い、いわゆる「アニメ声」ではない。
少し声は低く、いつもボソボソとしゃべる。だがそれが良いというファンも多く、特に僕のようなオジサンにファン層が多い。
さて、何故そんな彼女の配信通知に心躍らせているかというと、実は彼女はここ1か月ほど行方不明となっていたからだ。
というのも、行方不明になる直前の配信で彼氏と思しき男性の声が入ってしまい、彼女も慌てて配信を切ったため「しおりんに彼氏発覚!」と大炎上してしまったのだ。
ネットの色恋営業というのは怖いもので、恋人の存在が発覚すると今までグッズを買っていたファンからは「金返せ」と叩かれたり、変に雲隠れしようものなら特定班というものが動き、いわゆる「中の人」の所在を特定したりする。
それだけならまだしも、特定した住所などの情報はネット上にばら撒かれ、色んな被害を受けることになる。
しおりんも例に漏れず叩かれ、特定班が動いた。
彼女は普通の賃貸マンションに住み、謎の声の主はどうやら彼氏で間違いなく、どうも同棲しているらしい。彼氏とはVチューバーとして売れるようになってから知り合ったようだ。
今日はそんな状況の中、「風邪気味だけど、重要なお話をします」というタイトルでライブ配信があるらしい。僕は彼女の口からどんな事が語られるのか、ドキドキしていた。
「しおりん、大丈夫かなぁ・・・」
僕は何気なくそんな事を口に出してしまった。
すると周りの同僚女性が笑いながら「しおりんって、植本さんの彼女ですかぁ~?」とからかってきた。もちろん僕に彼女が居ない事を知っている上で、だ。
僕は女性たちの嘲笑から逃げるようにPC画面を覗き込み、終業時間までひたすらキーボードを打ち込んだ。
家に帰って冷蔵庫からビールを1本取り出し、軽くあおってからノートパソコンの電源をつけ、僕は本名の「雅志」からとってつけたニックネーム「雅」というアカウントでしおりんのライブ配信のURLにアクセスし、配信が始まるのを待った。
そこは「お待ちください」と可愛いフォントで書かれた画面の横にライブチャットがあり、ファンたちがしおりんの配信が始まるのを今か今かと待ち受けている。
だがいつもと違うのは、あの大炎上の後で掲示板から物見高いファン以外のネット民も来ており、同時閲覧数は3万を軽く超えていた。
僕は自分のアカウントを使い、ライブチャットに文字を打ち込んだ。
「こんしお!今仕事から帰った」
『こんしお』というのは、しおりんとファン専用の挨拶だ。
「雅さん、こんしお~!お仕事乙!」
「久しぶりの雅さん」
「雅、今日何食べてんの?」
何人かが僕のチャットに反応してくれる。顔も見知らぬ人たちだが、しおりんのライブ配信ではファン同士の交流もあり、これがなかなか心地良い。
僕が何か打ち返そうとすると、急に画面が切り替わった。
ライブ配信が始まったのだ。
「こんしお~!お久しぶりです、しおりんです」
そこには、いつもの「しおりん」が写っていた。
だが何かがおかしい。
「すみません、始める前に…私、少し風邪を引いてしまって…喉がガサガサで、お聞き苦しかったらごめんなさい」
確かに言われてみれば、声はしおりんの声だが少しおかしい。風邪というのも不自然な気がするが、しおりんはさらに続ける。
「今日は、この間の配信の件を皆さんに謝りたいと思います」
するとライブチャットが一気に
「彼氏って認めるのか?」
「うわぁ、これもう認めたようなもんじゃん・・・」
「やっぱ彼氏かぁ」
「課金したファン涙目」
「彼氏とどこまでやったの?」
などの反応がズラリと並んだ。
「えっと・・・あの声の主は、皆さんお察しの通り、お付き合いしている彼氏です。ごめんなさい」
彼女は驚くことに、あっさり認めた。
「Vチューバーとしての活動を始めて、私の名前が売れだして、投げ銭もらえるようになって・・・そのお金で知り合った元ホストです」
再びチャット欄は一気に荒れた。
「え?彼氏って言った?」
「ファンから巻きあげた金、ホストに貢いだのか!」
「投げ銭返して・・・」
「俺の300万が(泣)」
僕も少し投げ銭をした事がある。ほんの気持ち程度だが。その時彼女はこれで水道代が払えると喜んでいた。
そんな人が、ホストに・・・?
やはり大金を持つと、人は変わってしまうのだろうか・・・。
僕が思案に暮れていると、しおりんは「Vチューバーは今後も続ける」とだけ言い、チャットの荒れ具合を無視して一方的に配信を切ってしまった。それはあまりにもあっけない終わり方だった。どうもしおりんらしくない。
僕は配信終了を告げる画面を見つめながら、悶々としていた。
・・・第3回へつづく
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