(文 喜久井ヤシン)
死にたいくらいの苦しさを描いたマンガに、私は助けられてきた。難しい文章なんて読めない気分の時でも、コミックならすっと心の奥に入ってきてくれる。
今回はたくさんのマンガの中から、これまでに私が勇気づけられてきた作品のいくつかを紹介したい。選んだ基準は、深い「生きづらさ」を描いていて、絵や物語に美しさのあるマンガ。せっかくなので、紹介される機会の少ない外国の作品を多めに入れた。個人的なオススメ本のリストになるけれど、ちょっとでも参考になるものがあったら嬉しい。
#1 まるはだかの自己分析。『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』
永田カビ著『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』イースト・プレス 2016年
「誰かと付き合った経験も/性的な経験も/ついでに社会人経験も/ないまま28歳になった私」。本作は作者の永田カビさんの実体験を描いたマンガだ。作者は鬱と摂食障害になり、アルバイトもできず、どん底の状態でいる。そして死ぬことを考えるけれど……。
毎日毎日24時間1秒の休みもなく苦しかったので/どう考えても死ぬ方が楽だった/しかし生きるより死ぬメリットの方が明らかに多くなったのだなぁと思うと/意外にも悔しかった
布団の中でクワっと目を見開くと、そこから生き残るための快進撃(?)が始まる。タイトルでびっくりさせるけれど、作品は自分の人生を生きようとする真剣さに満ちている。まるはだかの自分をさらけだしていて、読んでいる私にとっても身につまされるエピソードや、参考になる自分分析が多かった。
本作のその後を描いた「一人交換日記」も素敵。
#2 そのまなざしが見つめる未来とは。『しまなみ誰そ彼』
鎌谷悠希著『しまなみ誰そ彼』小学館 2015年— (2018年5月現在3巻まで発売中)
同級生からゲイであることを疑われた高校生の少年は、街を見渡せる高台から身を乗り出す。混濁したまなざしで、「ホモ」なのがバレた後の世界なんて地獄だ、と飛び降りんばかりに思いつめる。
なんで!
なんで俺が、なんでお前らの顔色見て生きてかなきゃならないんだよ。
なんでこんなに串刺しにされなきゃいけないんだよくそ‼
俺は死にそうなのになんであいつらは死なないんだ。
本作は、セクシャルマイノリティの人たちの生きていく苦しさを、比喩的で美しい情景描写で描き出している。個人的には、同級生と卓球をする場面で心が痛くなった。「ホモじゃないってもちろんわかってるからさあ」と話しかけてくるような、悪意よりも善意の言葉で傷つけられることを作者は知っている。私(セクマイ)にもよく思いあたることが描かれていて、読むのが辛いくらいだった。
作者の鎌谷悠希さんは「隠の王」で有名になった人だけれど、私は「少年ノート」でファンになった。こんなに繊細なまなざしを描ける漫画家さんはそういない。
#3 言葉よ、とどけ。『聲の形』
大今良時著『聲の形』講談社 2013- 2014年 全7巻
小学生の活発な少年は、耳の聞こえない女の子を笑いものにすることで、クラスの中心的存在だった。しかしある事件があってから、教師やクラスメイトから敵視されるようになり、反対にいじめを受けるようになる。中学の三年間も、高校入学後も友達ができず、将来も楽しいことなく死んでいくだけとしか思えない。少年は自殺を決意し、自分の持ち物を売り払って、一人家を出ていく。
どーせ死ぬんだ/死ぬなら さっさと/やり残したことを/片づけよう
最後に一つ、ある言葉を伝えるために、小学校の時にいじめていた女の子と再会する。そしてそこから物語が動き出す。
2016年公開のアニメ映画版も良かったけれど、全7巻ある原作の魅力はそれ以上だ。深く悩みながら、相手との関係を模索する切実さが描かれている。近年の物語性の強い漫画のなかでも、傑作中の傑作だった。
#4 子どもたちは寂しくて、そしてタフだ。『Sunny』
松本大洋著『Sunny』小学館 2011—2015年 全6巻
『鉄コン筋クリート』や『ピンポン』などで知られる松本大洋が、画才を発揮して少年期の切なさを描き出した作品。
親元を離れて暮らす子どもたちが遊び場にするのは、ボロボロの車「Sunny(サニー)」の中。エンジンは動かないけれど、空想のアクセルは回転し、サスペンスフルな映画の主役にもなれば、生まれ育った故郷の町へのドライブもする。叫ぶときも怒るときも、少年たちはどこか悲しみを含みながら、なおかつ、どこまでもへこたれないタフさがあるように見える。
#5 あの不朽の名作がマンガに。『星の王子さま バンド・デシネ版』
ジョアン・スファール著『星の王子さま バンド・デシネ版』池澤夏樹訳 サンクチュアリ出版 2011年
サン=テグジュペリの「星の王子さま」が、母国フランスでマンガになった。原作がそうであるように、王子さまの物語はとても哲学的で、大人こそ味わえる苦味のある作品だ。作者のスファール氏は、独自の解釈でストーリーを編みなおし、原作の小説では味わえない魅力を引きだしている。
さびしさに満ちた王子さまの旅が結末に近づいたとき、私は読んでいて涙があふれた。
翻訳は作家の池澤夏樹さんで、気高い「王子さま」らしい語調で訳されている。
#6 生きづらくって、愛おしい。 『マッティは今日も憂鬱』
カロリーナ・コルホネン著『マッティは今日も憂鬱 フィンランド人の不思議』柳澤はるか訳 方丈社 2017年
フィンランド発の1コマ漫画集。「典型的なフィンランド人」であるマッティは、うまくいかないことがいっぱいある。「ご近所づきあい」、「公共の場」、「ショッピングにて」など、どのシチュエーションでも困りごとだらけだ。
・出かけたいのに、ドアの外に住人がいる。
・見知らぬ人と、エレベーターで2人きり。
・話したがっている同僚に忙しいフリをしてしまう。
・雑談のやり方がわからない。
……などなど。
マッティはごまかそうとしてバレていたり、「大丈夫です」と言いいながらケガしたりと、失敗ばかり。フィンランド人もこういうことに悩んでいるのか……、というより、自分以外にも悩んでいる人がいるのか、と思うと、ちょっとなぐさめられるものがある。
去年出た作品で、もし自分勝手に「生きづら漫画大賞2018」を選ぶなら、本作が一番でもいいくらい。ユーモラスでオシャレな一冊。
#7 色を失くした少女の世界で。 『ジェーンとキツネとわたし』
イザベル・アルスノー絵 ファニー・ブリット文 『ジェーンとキツネとわたし』 河野万里子訳 西村書店 2015年
カナダの作家による小説に、画家が全編に絵をつけた「グラフィックノベル」にあたる一冊。絵本と小説の中間のようなかたちで作られている。
十歳くらいの女の子、エレーヌは自分が「100キロのデブ」のように思えて自信がない。学校の女の子たちからもからかわれ、誰も友達がいない。
太ってます。わたしはソーセージみたい、
でなければフットボール、
でなければジュースのびん、
でなければブタの赤ちゃん、
フォークの刺さったクッション、
男子はみんな逃げてくし……
エレーヌにとって世界はとげとげしい灰色で、学校も旅先も傷つけるものばかりある。それでも、小説の「ジェーン・エア」を読んで空想しているときにだけ、世界には色がつく。エレーヌは孤独な中で闘って、ほんの少しずつ、色のある大切なものを見つけ出し、生きていこうとする。こまやかな彩色がきわだつ、ヒリヒリするような読む絵本だ。
#8 〈ひきこもり漫画〉の知られざる金字塔。 『ひとりぼっち』
クリストフ・シャブテ著 『ひとりぼっち』 中里修作訳 国書刊行会 2010年
灯台が一つそびえるだけの絶海の孤島に、男は何十年ものあいだ、たった一人で住んでいる。定期的にやってくる連絡船だけが唯一の外との接点で、他には金魚を一匹飼っているだけだった。しかしある時、偶然漂着したボートの観光客が、一冊の雑誌を落としていく。この世に一人きりだった男は、それまで知ることのなかった外の世界の写真を目にして、心が揺れ動く。世界は広く多様なものだというのに、自分はこれまで何もしてこなかったのではないか。無常感におそわれた男は、身のまわりのものを片付け、唯一の友達だった金魚も海に放流する。最後に残したのは一本のロープだけ。そして男がとった行動とは……。
ほぼサイレントで描かれた硬派な作品で、フランスのマンガ文化であるバンドデシネならではの、完成度の高い芸術品になっている。
本作はマイナーな作品だけれど、忘れられてしまうには惜しい。もし「ひきこもり」作品限定の本屋大賞でもあるなら、私はこの作品に一票を投じる。
ご覧いただきありがとうございました。
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