ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。
〔イラスト カトーコーキ〕
就職童貞
人に言うのは恥ずかしいですが……僕は、この年になってもまだなんです……。
同世代の奴らは、もうみんな経験済みでしょう。
自分が未体験だということは、完全にコンプレックスですよ。
焦りを感じるようになったのは、大学時代からです。
自分はまだ若くて、いくらでもチャンスがあるつもりでいました。
だけどいつのまにか、周りにいた友達が一緒になる相手を決めたというので、信じられない思いでしたね。
意中の相手と結ばれて、「一生添い遂げる」と言っている奴もいました。
僕だって、自分に合う相手を必死に探しましたよ。
「コミュ力を高めろ」とか「身なりを清潔にしろ」とか、周りからのアドバイスどおりにして。
自分のSNSも、主体的でポジティブな内容にして、相手から選ばれるようにしました。
魅力を精一杯アピールして、全力で告白したつもりです。
僕はうまくいくはずだと思って、将来を期待していました。
ですが相手からの返事は、僕に「良い出会いがあることをお祈りしています」という、お祈りメール一つだけ……。
僕の片思いで終わってしまいました。
大学を出たばかりのころ、偶然先輩と会って、自分の境遇を話したんです。
そうしたら先輩は、僕が未経験なのを知って、「まだなの?」と言って笑いました。
自分が一足早く卒業して、大人になっているからといって、見下してきたんですよ、偉そうに。
誰だって未体験の頃は、どうしたらいいかわからなくて、ドキドキしたはずでしょう?
恥ずかしいこともあっただろうし、たくさんの失敗もあったはずです。
それなのに、一度経験したらさも簡単なことかのようにふるまって、まだの僕に向かって、「もっと気楽に考えてみたら?」なんて言うんです。
初めて経験することがどれだけ怖いことか、忘れてしまうんですよね。
年齢が高めの人ほど、強いプレッシャーをかけてくる気がします。
僕は長男だということもあり、父が直接言ってきますよ。
一人で家にいる僕に、「おかしな病気じゃないだろうな」とか、「お前もいいかげん男になれ」とか。
たしかに30代にもなれば、家庭を築いて、子供の一人や二人いるものでしょう。
だけど本当にうんざりします。僕を責めないでほしいですよ。
外を歩いていても、街中ですれ違う人たちが全員「経験者」かと思うと、足取りが重くなります。
僕だって良い出会いがあって、タイミングがあえば、できたらいいとは思いますよ。
だけどいざ自分から行動を始めようというときに、どうしても緊張してしまって、体が動かなくなってしまうんです……。
僕は、怖くてならないんですよ。男だからというだけで、みんなと同じように、当りまえのこととして、就職するっていうことが。
END
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プロフィール
絵 カトーコーキ
父による心理的虐待、不登校、ウツ、ひきこもり、ニート、震災、原発事故などの経験を活かし、漫画を描き始める。
連載中
『そして父にならない』/マトグロッソ
『山で暮らせばいいじゃない』/本当にあった愉快な話(竹書房)
その他、郡山市コミュニティーFM『今夜もギリギリチョップ』のパーソナリティーとしても活動中。
文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。KIKUIYashin Twitter
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは無関係です。
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