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みんな頭痛と戦って生きていると本気で思っていた

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(文・よしだ)

 

頭が痛い。最初に意識したのは3歳、年少保育で幼稚園に入学したころだっただろうか。

ものごころついた時から、時々頭が痛かった。

主にずきずきした痛み、もしくは頭の一部分だけが痛い。でも我慢はできるレベルの痛み。半分以上の確率で気持ち悪さを伴う。そんな症状だった。

頭が割れるほど痛いとか、ゲーゲー吐いてしまうことはほとんどなかったので、それを親や先生に言うこともなかった。

「トイレに行きたいけど行けない場面だから我慢しなくちゃ」私にとって頭痛とはそういう生理反応と同じものだった。

6歳になるくらいの頃には「みんな頭痛と戦って生きている」と本気で思っていたのだった。

 

私が頭が痛くなる予兆はいつもではないが傾向があった。

「全身疲れているが、頭ははっきり起きていて眠れない状態が続いたとき」

「冷房がよくかかっている部屋から暑い屋外に出たとき」

「睡眠時間は長めだが眠りが浅かったとき」

昨今、よく頭痛の原因と言われる気圧の変化や液晶画面の見すぎなどではなかった。

上記いずれも子どもの頃の自分では基本的にコントロールがむずかしい要因だった。

 

今でもはっきり覚えている。

小学三年生の時、一日おきくらいで頻繁に頭痛が起きるようになった。

吐き気も伴いつらいので、母に「頭が痛くてつらい」とはじめて症状を訴えた。

すると母は「風邪?寝れば治るんじゃない」と心配するそぶりもなく流された。いつもより早く眠るようにしたりしたが、頻繁に起きる頭痛は治まらない。

今度は父にも訴えてみた。すると「お母さんの手伝いもせず、だらだら過ごしているからだ」と心配や励まされるどころか怒られてしまった。

「怒られるくらいなら言わない方がいいんだ」しばらく黙って耐えることにした。

その数週間後、やっぱり辛くて「お父さんとお母さんは頭痛いときどうやって我慢しているの?」と聞いた。両親ともすこし驚いた顔で「頭が痛いときなんて二日酔いか、風邪ひいたときくらいだよ」と言われたときは、身体が硬直するほど驚いてしまった。

 

小学六年生の時、通っていた塾の先生が小話をした。
「俺、子どものときいわゆる頭痛もちでね、母に頭痛い、っていうと頭痛薬をもらってたんだ。でも、その頭痛薬実はビタミン剤だったことをあとから知って。でもビタミン剤飲んで治ってたから、これがプラシーボ効果なんだよね」

ここで、頭痛がよく起きる人のことを「頭痛もち」と言うこと、自分以外に頭痛で苦しんでいる人がいるということをはじめて知った。

 

それからは、たまに頭痛を訴えるひとに出会うと「本当に辛いよね」と首がもげるほどうなづいて共感した。頭痛の原因や対処法は人によって違うことももう理解していたので、私はただ無理させないように見守るだけだった。

頭痛もちでない人に理解してほしいのは、鎮痛剤を飲めば必ず解消されるわけでもないし、風邪なら早く帰りなよと大げさに騒ぎ立てることでもないこと。静かに寝かせてくれたり、外で少し休憩するだけで和らぐことも多々あるので、本人がどうしてほしいかを聞いてそうさせてくれればだいぶ楽になることが多い。

 

最近MRIで脳を検査した。検査結果は異常なし、症状から偏頭痛と診断をもらった。
偏頭痛の診断がつくと入れない生命保険があるので、検査時期は注意が必要だ。

 

今日、世間の頭痛への理解が広がっているように感じる。おかげで気軽に「頭痛がつらい」と言いやすくなった。頭痛に限らず、身近な体調の辛さに対して「辛いよね。お大事に」とこころから言える世の中にもっとなっていくことを願う。