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新型コロナと母の不在 ~みそ汁は家族の空白を埋められるか~

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(文・南 しらせ)

母、突然の自宅待機

「母が勤めている会社の関係者に新型コロナの陽性者が出た」というニュースが我が家を駆け巡ったのは、2022年が明けてすぐ、オミクロン株による第6波が始まった頃だった。

保健所によると母は濃厚接触者ではなく単なる接触者扱いで、感染の可能性はかなり低いが、万が一のため、PCR検査で陰性の結果を待つまでは自宅待機という方針になった。

母が隔離生活をすると認識した私は強い緊張感を覚えた。我が家は私と両親、妹の4人家族だ。父と妹とは何年間も断絶状態のため、母が動けないこの状態で残りの3人でコミュニケーションをして家を回していけるかが私は不安だったのだ。

家族なのに連絡先が確実に分かっているのは母だけで、残り二人の携帯番号は昔のものが登録されているが、今も使えるのか分からない状態だった。その番号に電話をかけて「おかけになった番号は現在使われておりません」という機械音を聞くのが怖くて、番号が生きているのかずっと確認できていない。

とはいえこの緊急事態だったので「トイレは1階を母専用するから、今後は2階を使え」など、父たちとは口頭で必要最低限の情報共有はできた。他人行儀の短い言葉だったが、この危機的状況で会話ができることが、まだ私たちが家族である証のような気がした。

しかしそれも私を思ってというより、父たちが自分の身を守るために私に勝手なことをするなよと思って言っているのかなと、ひねくれた見方をしてしまったのも事実だった。こんな状況下でも、私はまだ家族のことを信じ切れないでいた。それくらいの長い空白が私たちの間にはあった。

母の不在で、母のありがたみを知る

母は基本的に家族の誰とも会わず部屋におり、風呂も入らずにトイレの手洗いの水で体を洗うなど、感染対策を徹底していた。母は部屋の向こう側に間違いなくいるのに、その姿が見えないだけで母が遠くにいるように感じ、やはり寂しさを覚えた。

母が部屋にこもっている様子を見ると、「ああ、家族の誰かがひきこもるってこんな感じなのかな」と、自分がひきこもっている状況を客観的に見られたのが印象的だった。今回の母の場合は短期間で済んでも、これが何年何十年も続くとなると、また違う気持ちを抱くのだろうかと当事者家族の気持ちを想像したりした。そういう経験は生まれて初めてだった。

母の件があっても父と妹はこれまで通り出勤していたので、必然的に日中の家事は働いていない私がすることになった。朝起きてまず洗濯機を回して、その間に朝食を取り、その後すぐに洗濯物を干す。一時的とはいえこんな家庭的な生活が自分にもできると分かって驚いた。そして今回のように必要に迫られてではなく、もっと早くから家事をすべきだったと反省もした。

そんな日々が続くなかで、普段家のことを担ってくれていた母のありがたみを痛感した。母がいないと家のことがまわらないし、他の家族とのコミュニケーションもゼロになり、我が家は完全に空中分解する。私たち一家を繋ぎ止めてくれていたのは母だった。

そしてこんな時期に不謹慎だと思ったが、母亡き後の我が家のことを想像し、陰鬱な気持ちにもなった。母がいない我が家はとても居心地が悪くて、今以上に他人の家のような感じがした。

みそ汁は家族の空白を埋められるか

母の隔離生活は約5日で終わり、PCR検査の結果は陰性だった。母はすぐに職場復帰して家のことも以前のようにこなすようになり、我が家の緊迫感は消え去ったように見えた。

ただ私の胸にはひりひりとした危機感が残っていた。今回の一件で特に危機感を抱いたのが食事面だった。私は洗濯などの家事はできたが料理だけはどうしてもできず、ご飯の用意は妹がすべてしてくれた。

妹に頼りっぱなしはよくないと思ったし、今回は妹が私の分の食事も用意してくれたが、これから先もずっと私の分を作ってくれる保証はないと思った。だから私は自身の自立のため、そして家族との関係のためにも料理を覚えようと決意した。

私が母に料理を教えてほしいと頼むと、母から「とりあえずみそ汁を作れば?」と言われたので手順を教えてもらい、少しずつ自分でみそ汁を作るようになった。初心者なので味付けにもむらがあったが、夕飯の席で自分の作ったみそ汁を他の家族が食べている姿を見て、なんとも言えない気持ちになった。母はおいしいと言ってくれたが、父と妹は何も言わなかった。ただ残さず食べてはくれた。

今回の一件で私は母のありがたみと、父と妹との空白の大きさを痛感した。そしてこの空白を今さら言葉で埋めることは難しいとも思った。ただ最近作り始めたこのみそ汁が家族の空白を埋めてくれればと思いながら、でも多分無理だろうと諦めも感じながら、私は慣れないキッチンに立って鍋の中でみそを溶く。

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執筆者 南 しらせ

自閉スペクトラム症などが原因で、子ども時代から人間関係に難しさを感じ、中学校ではいじめや不登校を経験。現在はB型作業所に通所中(ひきこもり生活は6年目)。