文・盧德昕 & ぼそっと池井多
究極の選択
盧德昕(ル・テシン): まずは自己紹介させてください。
私はロスアンゼルスで建築を学んでいます。私がやっていることは、この世界で現在起こっている現象を目に見えるものにすることです。
私の出発点は、「人々は狂気というものをどう考えているか」という問題でした。
狂気の定義とは何か。ミシェル・フーコーとアーヴィング・ゴフマンは、彼らの著書の中で狂気についてこう述べています。「狂気とは、基本的に時代ごとに異なるものである」と。
たとえば、もしあなたが20世紀半ばに生きる女性で、強い性欲を持っていたら、あなたはたちまちヒステリーのレッテルを貼られたことでしょう。
また、もし産業革命のあとの時代で、あなたが働かない人であったなら、やはりあなたは「どこかおかしい」というレッテルを貼られていることでしょう。
これが、私が日本のひきこもり増加の現象を探求したい理由です。
背景には、個人的な理由というものもあります。
私の祖母は、日本が台湾を植民地としていた時代に、小学校の教師をしていました。
祖母は、母にとても厳しい教育をほどこしました。そして、私はそれを受け継いでいます。台湾では今でさえ、あのような厳格な教育圧力が感じられます。
祖母は、いつも私に医者になることを望んでいました。でも、私は医学部へ行けるほど優秀ではありませんでした。それに、私がほんとうに学びたいものは芸術でした。だから私は、祖母が私に望んだものと、私自身が望んだものの、中間を選択したつもりです。
すなわち、建築です。
このような思考の背後にはいったい何があるかを、私は知りたいのです。それで私は今回、日本へ来ました。
私は、人々がひきこもりをどう考えているか、あるいは、ひきこもり問題をどう扱っているかを知りたいです。
台湾では、「ひきこもり」という語はそれほど知られていません。わからない人がたくさんいます。しかし日本では、厚生労働省をはじめ、多くの機関がひきこもりの定義を持ち、この状況に対応するためにさまざまな方法を持っています。
幸いにも私は今回こうしてあなたと接触できて、対談をさせていただいています。
……どうでしょう、ここまでぼくが語ったことで、何か誤解をしているところがあったら、どうぞ指摘してください。
ぼそっと池井多: いいえ、何もありませんね。あなたは何も誤解しておられません。あなたのご理解はすばらしいものと思います。
盧德昕: ご存じのように、私は日本のジャーナリスト、池上正樹さんが2011年に書かれた記事(*1)を基に映画を作ろうとしています。
それは、津波で被災された一人のひきこもりの物語です。津波が迫っていることを、彼は知っていた。けれども、部屋から出なかった。なぜならば、家の外には誰かがいるのがわかって、彼は家を出られなかったのでしょう。これはすなわち死を覚悟することでした。私が思うに、これは恐れと状況に対する彼の極端な反応です。
ぼそっと池井多: あなたの短篇映像は拝見いたしました。
じつは、ひきこもりが部屋から出ることよりも死を選んだという意味では、もっと明瞭な話があります。これも池上正樹さんが去年、2017年に書かれた記事です。(*2)
岡山県の40代のひきこもりががんであることが判明した。治療しなければ死ぬ。しかし治療するということは、入院生活をはじめ、ひきこもりをやめて他者と接しなければならない。それで彼は、治療をしなかった。ひきこもりのまま死ぬことを選んだのです。
私の見方では、宮城で津波に呑まれてしまったひきこもりの方よりも、ひきこもりというアイデンティティを選んだという点では、明瞭な例なのではないかと思っています。
ここでアイデンティティというのは、少し強すぎる言葉かもしれませんが、少なくともひきこもりとして死ぬか、ひきこもりをやめて生きるか、という選択において、宮城の方よりも岡山の方は長い時間、選択する余地があったことでしょう。
がんという病気は、ほうっておけば、だんだんと進行するでしょう。そのあいだに彼は、ひきこもりをやめて、入院して治療するなり、生きる方向へいくらでも人生を転換する選択肢が継続的にあった。津波の襲来のような、瞬時の判断を強いられるケースではなかった。けれども、彼は生きる方向を採らなかった。
私の意見では、岡山のひきこもりの方のほうが、あなたが求めている問題をよりわかりやすく内包しているようにも思えます。
盧德昕: そうですね。探してみます。
ぼそっと池井多: リンクをお送りしましょう。
ひきこもりの定義
盧德昕: 私は、ひきこもりによって、その態様は十人十色であることを知りました。
私自身、友達の中にいま現在ひきこもりである者もいますし、かつてひきこもりだった者もいます。中には外出して、人ごみを歩きまわることに何の問題も持たない者もいれば、いつも部屋に閉じこもり自殺することばかり考えている者もいます。彼らはみんな状態はちがうけれど、問題はつねに彼ら全員が持っているように思われます。
そこであなたにお尋ねしたいのですが、あなたは「ひきこもり」をどのように定義しますか。
ぼそっと池井多: 最もむずかしい質問を繰り出してきてくださいましたね(笑)。それと同時に、それはごもっともな質問でもあります。
まず最初に、ひきこもりに関する公的な定義が知りたければ、それは日本の厚生労働省から発表されています。しかし、私が思うに、あれはあまり意味がありませんね。
公的な定義も、少しずつひきこもりの実態に近づけられ、改善されているようですが、ひきこもり人口の実像を語るものからは遠いようです。
でも、こんなことを言っていると、「じゃあ、あなたの対案は?」などと聞かれてしまうでしょう。それに対して、私は適切な答えを持っていないのです。誰も持っていないと思います。ひきこもりは定義するのにはあまりにもむずかしいです。
たとえば私自身は、今あなたと会うためにここへ来ていますね。ここは私のひきこもり部屋ではありません。
「だから、私はひきこもりではない」。
そういうのは簡単です。しかし私は、自分はまだひきこもりだと思っています。
ほとんどの時間、私は自分の部屋でひきこもっています。どこかへ出かけるとなると、私はものすごく面倒に感じます。いつもしぶしぶ出かけます。よろこんで出かけるという時はないように思います。私は人と会うのが得意ではないし、繁華街のような人ごみに出ていくのも好きではありません。
私のいままでの人生の中で、3回ほどひきこもりが極大化した時期があります。
3回目は、1995年から99年でした。そのときは、私は文字通り自分を部屋にひきこもっていました。カーテン越しに外の光を見ることも嫌いました。私は雨戸を閉て、すべての部屋を昼間でも洞窟のように暗くし、その中で暮らしていました。そうでないと耐えられなかったのです。そのようにして生きていた4年間が、私にとっていちばん「ひきこもり」らしい年月でしょう。
しかし、ひきこもりの定義に関しては、こうお考えになってはいかがでしょうか。
「ひきこもりとは、自分のことをひきこもりだと考える人のことをいう」
それで何か不具合が生じるでしょうか。
盧德昕: なるほど、それで行けると思います。
...「第2回」へつづく
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<プロフィール>
盧德昕(ル・テシン)
台湾出身。創作活動は出版、著述、映画、空間デザイン、イベント企画、美術展など多岐にわたる。現在、南カリフォルニア建築協会で修士として勉強するかたわら、ロサンゼルスで映画制作に関わっている。
盧德昕ホームページ :https://lutehsing.com/
ぼそっと池井多(ボソット・イケイダ)
日本出身。ひきこもり。ぼそっとプロジェクト主宰。