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短編小説「夜の書Ⅱ 物語れなかった子」遊べなかった子 #28

ひきこもり当事者・喜久井ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

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文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer

 

 

   大人たちと一緒に山を越えようとする

 歩き出していって、でもどうしようもなくて、みさきは山の裾野にいた人たちと合流した。見わたす限りの荒野にあって、50人程の大人の男性のみさきたちは「亡命」の計画を立てていた。「指導者」たちの目をかいくぐって、山を越えていく必要があるのだという。そのためには子供でなければならないので、全員が子供の着ぐるみを着て、山を越えていくのだという。
 みさきは本当に子供だったけれど、まわりのみんなが「子供」に扮するので、みさきも「子供」の着ぐるみを着た。そうして夜の中を、大人のみさきたちと一緒に山登りをして、途中で「指導者」たちに撃たれた。みさきに弾は当たらなかったけれど、まわりの人たちは撃たれて、「子供」の着ぐるみを剥がされていた。裸にされて、大人であることを暴かれると、「指導者」たちに連れていかれた。
 みさきも捕まったけれど、裸にされると、「こいつは子供だ、放っておけ」と言われて、荒地の坂道に捨てられた。騒ぎが過ぎ去ると、まわりの大人たちも「指導者」たちもいなくなって、また一人になった。
 物事の全部に対してなすすべがなくて、みさきの考えるどんなことも意味をなしていなかった。

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   夜の書Ⅱ 物語れなかった子

 


   倒れた少年から「夜の書」を渡される

 みさきが一人、荒れた山道を登っていると、岩場の影で倒れている少年を見つけた。息も絶え絶えで、立ち上がる気力もないようだった。
 「大丈夫?」
 少年は、みさきの姿を不思議に思っているようだった。
 「……どうしてこの場所がわかった?君もぼくと同じように、長い冒険をしてきたのか?」
 「冒険?」みさきは首をふった。「ぼくはどこにいったらいいかもわからなくて、ただ歩いてきただけだよ。この山の先に何があるのかも知らない。たぶん、説明されてもぼくだけ理解できないんだ」
 みさきがそう言うと、少年は落胆したようだった。聞けば、その少年もみさきという名前で、長い旅の途中に、「指導者」たちからやられたのだという。
 「どうしてそんな冒険を?」
 みさきには、どうやって目的が生まれるのか不思議だった。
 「この『夜の書』を、特別な炎の中に投げ入れて、この世から消し去るためだよ」
 横たわる少年は、みさきに『夜の書』を手渡した。けれど、みさきには特別なものに思えない。文字がびっしりと書かれた、少し厚めのノートでしかなかった。
 「ただの本じゃないんだ。この世界の秘密がかかっている。ぼくは〈ひかりの矢の洞窟〉を抜けて、その先にあると言われる炎に、この本を投げ入れねばならなかった。……だけど、もう歩き出せそうにない。ようやくここまでたどり着いたのにな……」
 あらんかぎりの勇気をもって、多くの敵と戦い、親友との別れも経て、ようやくここまでたどり着いたのがこの少年だった。この場所にたどりつくまで、どれだけの冒険がいったのか、みさきには想像もできなかった。少年が物語の主人公なら、みさきは脇役でさえなく、ただの通行人でしかなかった。
 「その洞窟は、どこにあるの?」
 「……そこの岩場の上の方に、小さな穴が開いている。それが洞窟の入口だ」
 みさきが見上げると、少年の言う通り、子供がぎりぎりで通れるくらいの穴が開いていた。
 「〈ひかりの矢の洞窟〉は、歩く人にとって、もっともつらいものの形に変わるんだ。何が出るかはわからない。ぼくが戦ってきたリヴァイアサンよりも、もっとおそろしいものが出るかもね」
 少年は力なく笑った。
 みさきは思い立って話しかけた。
 「その洞窟って、ぼくでは通れないかな。ぼくがかわりに、『夜の書』を炎に投げ入れたら、君の望みは叶うんだよね」
 少年はみさきの目を見て、静かにうなづいた。みさきは「夜の書」を強くつかみ、すっと立ち上がった。少年はみさきに言った。
 「洞窟を抜ければ、炎にたどりつけるはずだ。……だけど、その途中で何が起こるかわからない。おそろしいもののせいで、死んでしまうかもしれないよ」
 「いいんだ。このまま生きていても、ぼくに意味はない」
 みさきは岩場を登り、小さな穴の中を見た。中は驚くほど広く、洞窟の先の方からは、うっすらとした明かりがとどいていた。
 「ぼくが行くよ。誰かが『夜の書』を持っていかないといけないんだろ。ここから……」
 みさきが見下ろすと、少年はもう深い眠りについているのがわかった。みさきは『夜の書』を後ろのポケットに入れて、岩に足をかけた。身を乗り出して、穴の中へと入っていった。

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   永遠のリビングルームを行く

 みさきは洞窟の中で立ち上がり、長い登り坂を進みだした。あの勇敢な少年は、歩く人にとって、もっとも恐ろしいものになる洞窟だと言っていた。ひどい化け物でも出るのだろうか。みさきには、これまで経験してきたことよりも、こわいものが出るなんてありえないように思えた。みさきは不思議な明かりで照る岩場を歩き、警戒しながら進んでいく。洞窟の道は、いつしかごつごつした岩から、四角く舗装された道へと変わっていった。やがてそれはマンションの廊下のようなものへと変わり、みさきは、平凡なドアにたどりついた。

 マンションの玄関と同じつくりをしていて、チャイムもついている。みさきがチャイムを押すと、ピンポーン、という、平凡な音がした。しばらく待ったけれど、何の反応もない。どうすればいいのかわからないまま、ドアをガチャリと開けると、中の様子が見える。靴入れのある玄関に、小さな絵が飾られた廊下が見える。
 「すいません、誰かいますか」
 みさきが呼びかけても反応はなかった。
 「勝手に入りますよ!」
 みさきは靴を脱いで、家の中に上がる。
 廊下の両側にドアがあったけれど、右の部屋はカギがしまっていて開かない。左のドアを開けると、子供部屋らしき平凡な一室があり、ベッド、洋服ダンス、本棚、勉強机があった。洞窟の中のはずだけれど、窓には町の景色が広がっており、夕暮れの陽がさしこんでいた。
 トイレと洗面台を素通りして、みさきはその家の奥にまで入っていった。
 「こんにちは……」
 特別なところのない、他人の家のリビングだった。手前には木製のテーブルとイスがあり、ラップのかけられたご飯とおかずが置かれている。奥には大きなソファと大型のテレビがあった。テレビの前にはなぜかニンテンドー64のゲーム機があり、スイッチが入っている。リビングの左手にも部屋があったけれど、どこにも誰もいない。
 みさきは、台所や風呂場も見て回ったけれど、おかしなところはなかった。みさきは見ず知らずの家の空き巣をしているような気がした。
 「こんな家が、ぼくにとってのおそろしいもの?」

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 リビングには大きな窓があり、アパートや民家が並ぶ、夕暮れの町の景色が見えた。どんな世界があるのだろうと思い、みさきが窓を開けると、そこに外の世界はなく、いきなり家の廊下が見えた。たった今通ったばかりの家と同じ作りをしている。窓一枚をはさんで別世界があり、閉めると夕暮れの景色、開けると家の廊下だ。みさきはまた廊下を通ってリビングに行くと、同じ家具のある、同じ空間が広がっていた。テーブルにはご飯が同じように置かれ、テレビの前にはニンテンドー64がある。みさきがまたベランダの窓を開けると、同じような家の廊下につながっており、リビングに行くと、同じ風景があった。
 さらに先に進んでも、同じリビング、同じ廊下、同じリビング、同じ廊下、同じリビングだった。誰かが住んでいそうだけれど、誰もいない、マンションの一室が続いている。

 みさきは一度、ソファの位置を変えて、先の家に進んで窓を閉めてから、一度来た家に戻ってみた。ソファはみさきが動かしたままになっている。みさきは目印として、先々のリビングのソファを動かしていった。リビングの壁にぴたりとついていたソファをななめにし、だらしなくさせてから、また窓を開けて次の家を歩く。進むと新しい家があって、戻るとかたむいたソファのある家があった。
 

 まるでコピーされた家がひたすら続いていて、その中をみさきだけが生きて歩いているみたいだった。夕暮れに照らされた、誰もいない家があって、みさきはひたすらその家を通りすぎていった。家のなかは静かで、町の景色は平穏だった。

 延々と歩き続けているうちに、みさきは疲れてきたので、テーブルに置かれたご飯をチンして食べた。特においしくもまずくもない。台所の冷蔵庫の中にはデザートが入っていたし、トイレも水が流れたので使えた。
 一度、廊下右手にあるカギのかかった部屋のドアを壊して、中を見た。女性の部屋のようだったけれど、誰もおらず、特に変わったものもない。
 置かれていたテレビゲームを起動させてみると、プレイ時間が100時間を越えるファイルが2つ入っていた。「オウガバトル64」というゲームだ。何の変哲もない古いゲームで、ヒントになりそうなものもなかった。
 歩くことに飽きると、部屋の中の物を壊した。破壊の音が響き渡ったけれど、誰からも何も言われない。
 叫んでみたけれど、叫び声は壁に吸われるばかりで、ノドを疲れさせただけだった。

 みさきはくり返し家を通り抜けた。何百、何千というリビングルームがあって、無人の夕暮れの家がひたすらに過ぎていった。
 もしもこの一室が、すべて別の一日でできていたなら、この家で過ごす年月は何年になるだろうかと思われた。何年でなく、何十年かもしれない。みさきは孤独だった。途中、今からでも家を戻り続けて、あの洞窟の入り口まで戻ろうかと思ったけれど、先へ進み過ぎていて、もう手遅れだった。

 通り抜けて、通り抜けて、みさきは家から穏やかに閉じこめられているみたいだった。ご飯もゲームもあって、窓には静かな町の景色があったけれど、どこにもたどり着くこともできず、逃げ出すこともできない。

 ある時、みさきは3つ目のファイルを起動させて、「オウガバトル」をプレイした。ゲームは楽しくも何ともなかったけれど、また何十もの家を通り過ぎていき、疲れてきたので、また同じゲームを起動させた。すると、ゲームのデータは前にみさきがプレイした時間ぴったりでセーブされていた。みさきのキャラクターのレベルも、戦闘で手に入れたアイテムも同じままだった。みさきは延々と続くリビングルームにも、記録を変化させられるものがあるのだとわかって感動した。みさきはまた立ち上がって、リビングルームを早いペースで通りすぎていった。家には誰も現れることがなく、町の景色は穏やかなままだった。同じ家は延々とくり返されて、みさきだけが永遠の夕暮れを生きのびていた。

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 執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の3年間は同世代との交流なく過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験している。2015年シューレ大学修了。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter

 

「遊べなかった子」(全30話)更新予定
  次回  28話  5月11日

  前回  27話「夜の書Ⅰ 殺されなかった子」 

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