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苦登校~12年に及ぶ地獄の学校生活~ 前編

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(文・アラヤダおばさん)

私が力になれるのは自身の体験を書くこと

昭和50年代と現在では様子が随分と変わり、この時代には見過ごされてきたことも今ではイジメと認定されるようになりました。

職場のセクハラやパワハラ同様に。「だからもういいではないか。今はそうなったのだから。令和になった年に昭和の昔話など聞いて何になるのか?」そう思う人もいるかもしれません。

確かに若者と違って中高年には将来性もない、生産性という点においても殆ど期待できない。だからと言って昔話を封じ込めてしまうのは、何十年に渡って苦痛に耐えている人たちを見捨てることと同じです。

8050問題も表向きは介護離職やリストラが原因とされていますが、その根底に流れているのは子ども時代に経験した壮絶なイジメであることも多いのではないでしょうか?

いい歳をして思春期の頃の話なんか、と言われるのが恥ずかしくて言えない人も多くいるはずです。

しかも、この時代はイジメが笑い話やコントのネタにされていた有様。イジメが悪い事だという当たり前の認識を持っている人が大人でも少なかった。

人格形成期に人格否定されると、大人になってから「自信を持て!」と言われても持つことができません。カウンセラーもおらず、相談機関もなく、ネットもなかった時代。

やっと体制が整ってきた時には人生も終盤に差し掛かっていた。だからこそ「何もかも手遅れ」と思っている人を救って差し上げたいのです。

しかしながら、私自身の心の傷をかかえておりますし、カウンセラーでもありませんので受け止めてあげられる力はありません。

私が力になれる方法は自身の体験を書くことだけです。同じ思いをしている中高年がいることで共感を覚え、絶望の淵にいる人が最悪の手段を選ばずに生きてもらえることを願っております。

 

担任教師からのイジメ(小1)

小学1年生は長い学校生活の始まりである。6歳でも同級生に敵が現れる事は分かっている。
しかし、教師がイジメの加害者になることがあるとは夢にも思わないのではないだろうか?
26歳の女性教師だった。綺麗な人で嬉しかった。若い女性教師が魔法を使って子ども達を悪者達から守るというドラマを観ていた私は、その先生と児童のような学校生活を夢見ていた。

私は先生が大好きだったが、先生は私を嫌った。他の誰よりも。私は内気でオドオドした子どもだったが、生意気な態度をとったり、周囲に迷惑をかけるような事は一切しなかった。にもかかわらず、事あるごとに因縁をつけられた。特に下手だったわけでもない、変な絵を描いたわけでもないのに何度も描き直しを命じられた。それも1度や2度ではない。

何度提出してもダメだと言われて突き返される。理由を訊ねても、自分で考えろと言われてしまう。涙がこみ上げてくる。見かねた女の子が手伝ってくれようとした事があったが、それを誰かが告げ口する。

担任は「人に描かせようとした」と言って叱責した。私はこれですっかり絵を描くのが嫌いになり、今でも小学校低学年レベルの絵しか描けない。練習する事さえ出来なくなったのだ。

私は母に何でも報告する子どもだったが、担任からの仕打ちはどのように話せば良いのかわからなかった。

故意に隠そうとしたわけではない。どう説明したら良いのかわからなかったのだ。児童をいじめる担任がこの世に存在すること自体が理解出来ず、自分の身に何が起こっているのか皆目わかっていなかった。

仮に正確に伝えることが出来たとしても現状を変える事ができたのだろうか?
昭和時代は、親が学校に物申す事など考えられなかった。教師もそれをいいことに好き放題やっていたのかもしれない。子どもだからわかりゃしないと。
教師が児童の手本になるのだとしたら、クラスメイト達が私をいじめ始めるのは当然の流れになる。「この子はいじめても良いですよ」と公言しているのと同じだ。
これが高校を卒業するまで続く長い地獄の学校生活、そして一生涯に渡っての苦しみの幕開けとなった。

中学、高校ともなれば、生意気な態度になり、教師に楯突いたり、バカにした言動をとる子も多くなる。

その瞬間に思わず感情的になってしまう先生の気持ちはわからなくもない。しかし、小学1年生は、大人から見ればどんな子でも可愛らしく見える。

私は教師の経験はないが、小1の担任になったときに気に入らない子をいじめてやろうという気持ちなど全く湧かないと思う。職業に関係なく、小学生をいじめてやろうと思う大人は、その時点で異常としか思えない。自分の子どもを虐待したら逮捕されるが、こういった形で他人の子を虐待しても逮捕どころか給与が貰える。
学級王国でのこういった事例は果たして「昔の話」なのだろうか?

 

葬式ごっこ(小2)

 2年生に進級し、担任は替わったがクラスは同じまま。近年は毎年クラス替えがあるが、昔は違った。私の時は6年間で2回だけだった。私へのイジメは昨年の先生からクラスメートに引き継がれた。
新しい担任にはいじめられなかったが、その先生はイジメに無関心だった。当時は皆がそうだったが。
文具品を窓から放り投げられても、髪を引っ張られているのを見ても加害者に何1つ注意せず、いつも素知らぬ顔をしていた。
昭和61年に、当時中学2年生だったSくんがクラスメートに葬式ごっこをされて、それを苦に最悪の手段を選んでしまった事があった。これに担任も加わっていた事が判明し、日本で初めて学校内の問題が事件として社会的に注目された。

私も葬式ごっこをされた経験がある。Sくんの時と違うのは、担任は加わっていなかった事、中2ではなく小2の時だった、この2つだけ。
ショックで泣き出した時も「ちょっとからかってみただけなのに…」「冗談の通じない奴」と逆に責め立てられた。間もなく担任が教室に入ってきたが「どうしたの?」の一言もなく、いきなり授業を始めた。
もし、この時代にSNSがあり、S君がこの事を書き、その記事を見つけたら「私も同じ目に遭った」と励ましていただろう。情報の少ない時代、こんな事をされたのは、この世で自分1人だと思っていた。S君が通っていた中学校は隣の学区だった。ホットラインなどの公共の相談機関もなく、昔の被害者達は今よりも孤独だったように思う。

学校に馴染めない子が大人から言われて1番堪えるのは「学校に馴染めないようでは社会に出てから到底やっていけない」という言葉ではなかっただろうか?
この言葉の呪縛によって、どんなにひどい目に遇わされても「学校は絶対に行かなくては…」と思い込まされて苦登校を続け、心に後遺症を残した人が中高年世代にはどれほど多くいただろう。
もうこの言葉はもう古い、古いというよりも間違っていた事が明らかになった。学校ほど社会から乖離している特殊な空間はない。学校が自ら社会から隔絶して、その中で人権侵害や犯罪行為が見過ごされる。社会規範から逸脱していることを学校内の問題として扱う事は、昔だって許してはいけなかったはずだ。

 

性的虐待未満(小3)

性的虐待に定義があるのか知らないが、虐待と命名されるには、大人や、自分よりも上の立場の人が相手で、何らかの身体的接触がないと認めてもらえないイメージがある。

3年生の時、プールの授業の後、下着が無くなっていた。すぐに保健室へ行き、養護教諭から○○小学校と大きく書かれている下着を借りた。教室に戻ったら、予め盗んであったであろう下着を女子達が振り回して皆でパスをしていた。そして戻ってきた私の頭にかぶせた。教室内は爆笑の渦。

これは審議されても性的虐待とは言われないだろう。同級生によるイジリ、からかいだと。加害者達が女子だったから尚更。今は果たしてどうなのだろうか?

 

被害者カップル(小4)

4年生になり、クラス替えがおこなわれたが、事態は少しも変わらなかった。3年間で私は有名ないじめられっ子になっていた。女子が1人多いクラスで、座席は担任が決めていたが、いつも私は1番後ろの廊下側で、隣には誰もいなかった。これは1年を通じて変わることがなかった。
男子にも被害者がおり、カップルとして危害を加えられる事が多くなった。
学級委員の投票で、クラス全員がグルになって私とA君の名前を書いた。
帰宅後、母に言ったら、学校に電話を入れ、選挙のやり直しを担任にお願いしていた。日頃は学校に電話を入れるような母ではなかったが。何度も謝りながら遠慮がちに頼んでいた。
翌日、投票のやり直しがおこなわれた。それが面白くなかったのか、休み時間になると、数人の女子が私を押さえつけて、A君のところヘ引きずっていった。A君も男子に押さえつけられていた。「キスしろよ、ほら!」と言い、手で顔を挟まれてくっ付けられた。皆は楽しそうに眺めており、誰1人として止めに入る者はいなかった。
この時代に携帯があったら動画配信されていただろう。それでも噂はすぐに広まった。あの2人はキスしたらしい、と。(中編に続く)