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あるひきこもりと家族の夕食。それと、食後のアイスクリーム

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(文・南 しらせ)

毎日夕食の準備ができると、母が私の部屋のドアの向こう側から「ご飯よ」と声をかけてくる。私はこの時間を待ち遠しく思う気持ちと、息苦しく思う気持ちを胸の内に抱えながら、今日も家族の待つ食卓へ向かう。

夕食は家族みんなで

我が家は両親と妹と私の、4人家族だ。私以外の3人は、みんな働いている。

「明日は残業で遅くなる」、「今月の給料はどれくらいあるかな?」、「職場の同僚が結婚するらしい」

食卓での話題は、やはり仕事関係のことが多い。私の3つ下の妹が、両親とそういう会話をしている姿を見ると「私の人生は妹に、完全に追い抜かれたな」と実感する。

「明日は学校の補習で遅くなる」、「今日やったテストは何点くらいあるかな?」、「部活の友達に彼女ができたらしい」みたいな、学生時代と変わらないテンションで、家族の会話が成立している。

いつの間にか家族の会話が「学校」から「仕事」、「テストの点数」から「給料」、「友達」から「同僚」に変わっていた。私はその変化をいまだに、受け入れられないでいる。

私だけが家族の時間軸から取り残されている。寂しい。悲しい。悔しい。私は必死にご飯をかき込んで、そういう気持ちを胃の方に押し込み、蓋をする。

「みんな」って、誰?

両親と妹の3人は、まだ仕事の話題で盛り上がっている。この食卓で私は、何も話せない。ただ俯いて食べ物を咀嚼することに全神経を集中させる。家族の会話をなるべく耳に入れないように。

「そっかー。じゃあ明日も、みんな仕事だね」

私の向かいに座っている妹が放った言葉が、ふと食卓の真ん中に落ちる。頭がズキンと痛み、箸を動かす私の手が、一瞬止まる。その時私は無意識に心の中で、家族みんなに問うていた。

(みんなって、誰? そこに私は入っているの?)

しかしその問いを私が口にすることは、絶対にない。もし私がそれを問い、家族の答えを聞いてしまったらもう、私はこの食卓に戻って来られなくなると、私は内心気が付いている。

その瞬間間違いなく、私たち家族の関係は修復不可能なくらいに壊れる。いやもうとっくの昔に、壊れてしまっているのかもしれないけれど。

結局私は「ごちそうさま」の一言も言えないまま、今日も夕食を食べ終えた。私はすっと立ち上がって食器を流しに持っていき、食後の精神科の薬を飲んで、逃げるように自室へと戻ろうとした。

部屋を出ようとした時、母が私に「お父さんが買ってきたアイスがあるから、食べてもいいよ」と声をかけてきた。私は少し首を傾げて、部屋の奥にある冷凍庫に向かい、そこにあったカップアイスを手に取って、今度こそ自室に戻った。

それでも私が家族と食卓を囲む理由

自室に戻ると、こわばった体から一気に体の力が抜ける。私にとっての夕食はそれくらいの緊張感を伴うもので、食事中にストレスを感じることも多い。それでも私が家族と夕食をともにするのには、理由がある。

多分私は、寂しいのだ。自宅で朝も昼もひとりでご飯を食べる日常に、夕食くらいはささやかな家族の温もりを求めている。単調な朝と昼の食事に比べて、毎日変わる母の手料理を、内心一日の楽しみにして生きている。

何より家族と食卓を囲むことで、どんな形であれ私たちがまだ家族であるという事実をなんとか繋ぎ止めようと、私は必死なのだと思う。「私はここにいるよ」と、私は無言で家族に伝えている。それが伝わっているかどうかは、分からないけれど。

たとえ「明日も、みんな仕事だね」というあの言葉に、私が含まれていなくても。それでも私は、明日も家族のいる食卓に向かうのだろう。今はまだ無理でも、いつかはちゃんと家族の一員になりたいから。だから私は傷つくと分かっていながら、これからも夕食をいつもの食卓のいつもの席で、食べるのだろう。

家族みんな分のアイスクリーム

さっき冷凍庫から取ってきたばかりのアイスの蓋を開けながら、私は先ほどの母の言葉を思い出していた。「アイスを食べていいよ」という母の言葉に私が首を傾げたのは、きっと家族とみなされていない私なんかのアイスが用意されているはずがないと、私自身が勝手に決め込んでいたからだった。

しかし冷凍庫を開けると、そこには家族みんな分の4個のカップアイスがあった。そこに自分の分のアイスがあることを確認した時、私は少し泣きそうになった。スプーンですくって口に運んだアイスはとても甘くて、体全体にすーっと染み渡り、私の心を癒してくれた。

私はそのアイスを食べながら、「私たち家族は、まだ大丈夫なのかもしれない」と思った。少なくとも私は、そう信じたかった。冷凍庫に何気なく置かれていた家族みんな分のアイスが、私たちがまだ家族であることの何よりの証のように感じた。

もう数年まともに会話をしていない父が買ってきてくれたアイスが、たとえ何も話せないとしても明日も家族のいる食卓に向かう、私の心の支えになっている。

家族へのメッセージ

私は普段から母はともかく、父や妹とは気まずかったり、恥ずかしかったりで全然まともに話せていない。私事ではあるが、この際家族への素直な気持ちを、勝手にここで伝えたいと思う。

母さんへ。いつも「ご飯よ」と私に声をかけてくれて、なんだかんだうれしいです。毎日おいしいご飯を作ってくれて、ありがとう。

父さんへ。いつもお仕事、お疲れ様です。全然話が出来ない状態だけど、いつも私の分もアイスを買ってきてくれて、ありがとう。泣けてくるくらい、とてもおいしいです。

妹へ。仕事、いつもお疲れ様。あなたとも、もう数年まともに話せてないね。あなたにとっての「みんな」に私も入れるように、できる限りのことを頑張ります。だからまたいつか、話せたらいいな。

家族みんなへ。いつも迷惑や負担をかけてしまってごめんなさい。この状態がいつまで続くのか、私にも分かりません。でもそれでも私は、わがままかもしれないけれど、これからもみんなと家族でいたいです。よろしくお願いします。

明日の夕食は、なんだろう。いつか私も一言でもいいから家族と言葉を交わして、夕食の時間をみんなで楽しく過ごしたい。それがひきこもっている今の私の、ささやかで、ぜいたくな願いだ。

 

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執筆者 南 しらせ

自閉スペクトラム症などが原因で、子ども時代から人間関係に難しさを感じ、中学校ではいじめや不登校を経験。現在ひきこもり歴5年目の当事者。