ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。
幽霊は飼っちゃダメ
ぼくから一つだけ言う。
なにがあっても、幽霊は飼っちゃダメだ。
あのころ、ぼくたちは10歳だった。
ある日のこと、ぼくたちは、工場の裏手で幽霊と出会った。
白色のぼやっとした奴で、ぼくたちはすぐに、こいつはこの世のものじゃないって確信した。
幽霊は霧のようなかたまりで、ぼくたちのそばをふわふわと浮かびまわる。
ぼくたち二人も見分けているみたいで、意外とかわいい奴だと思った。
ぼくと友達は、二人で「幽霊を飼いたい」って相談をした。
でも、ぼくの家はアパートだったし、友達も「うちはペット禁止だから」と言う。
だから家には連れていけなかったけど、ぼくと友達は、よく工場の裏手に通い、幽霊と一緒になって遊んだ。
隠れて幽霊を飼うなんて、本当にわくわくすることだった。
だけど、数か月が過ぎて、ぼくたちのまわりから、いくつかのものがなくなっていることに気がついた。
最初は、家にあった観葉植物。
次に、飼っていた金魚。
ぼくが「どこにいったの?」と家族に聞いても、
「そんなもの、はじめからなかったじゃないの」と言われて、ぼくのほうがおかしいと思われた。
あったはずのものが、僕と友達以外の人から、記憶ごと消えさっていたのだ。
家にはしばらくのあいだ、からっぽの植木鉢と、からっぽの水槽が置かれていた。
それからも、生き物や人の消失がつづいた。
スクールで飼われていたはずの、ウサギ一匹。
近所の家で、長年飼われていたはずの犬。
友達は、隣のクラスの人数が一人減ったと言っていた。
人や生き物の思い出が、ぼくと友達の記憶以外から、まるごと消えていっているようだった。
あるとき、ぼくは一人きりで工場の裏に行き、幽霊の奴を見た。
すると、幽霊の白いもやのかたちが、金魚や、ウサギや、人の顔に変化していった。
ぼくはこの幽霊が、ぼくたちのまわりのものを消した犯人だと知った。
考えたくなかったけれど、どうしようもない事実だ。
ぼくは友達が来たら、もう幽霊に近づくのを止めよう、と言い出すつもりだった。
その日、友達はあらわれず、次の日になっても、彼はやってこなかった。
次の日も、その次の日もやってこなかったし、それ以来、直接会うことはできなかった。
ぼくは、友達がどうしたのかを、まわりの子たちに聞いてまわった。
でもみんな、「はじめからそんな子はいなかった」という。
みんなからすれば、ぼくはいつも、一人きりで遊んでいたらしい。
他のクラスや友達の家をたずねても、「そんな子は知らない」と言われた。
ぼくはもう一度、大切なことをいう。
幽霊は飼っちゃダメだ。
あれからもう何年もが過ぎて、ぼくの子ども時代は終わりに近づいている。
ぼくは友達だった彼のことを、忘れたことはない。
今でも工場の裏手に行くと、あいつはぼくだけに、ぼんやりとした姿を見せてくれるんだ。10歳の子どもの姿のままで。
END
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絵 あしざわ たつる
ご案内
現在、新人作家と市民の猫アート展「化外の民展」に、あしざわたつるさんの作品が展示されています。猫を通じて東京都吉祥寺を楽しむイベント「吉祥寺猫まつり」の一環で、10月31日までご覧いただけます。
吉祥寺猫まつり公式サイト https://necofes.com/
文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
詩人。8歳から不登校。ひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui
※物語はフィクションです。実在の人物・出来事とは無関係です。
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