文:喜久井伸哉
とけいがなった、おきよ、こどもら。
とけいがなった、いそげ、こどもら。がっこうへ。
とけいがなった、ならへ、こどもら。よくせいだして。
(明治期の尋常小学校3年生用の国語教科書に掲載されていた詩)

「時計」のない暮らし、なんて想像できない。
今の暮らしは、生活するために時計を見ている、というより、時計によって生活させられている、という感じがする。
出勤時間にしても、学校の時間割にしても、電車の発車時刻にしても、ネットの先着予約にしても、正確な「時計」が必要だ。
人間は、むかしから「時計」とともに生きてきた……と思いそうになるが、実際のところは、そうでもない。
古くから「日時計」や「水時計」はあったにしても、現在ほど「機械時計」に左右される暮らしは、人類史の中でかなり特殊なものだ。
『遅刻の誕生』という、面白い切り口の本がある。
「時計」がいかに日本社会に普及したか(そしていかに「遅刻」が生まれたか)について、何人かの論者が書いている。
本書によると、日本に西洋式の「時計」が広まっていったのは、明治初頭(1868年以降)のこと。せいぜい、150年ほど前にすぎない。
一部で機械時計は使われていたにしても、明治初頭の庶民の時間感覚は、江戸時代と変わらなかった、と言われている。
それまでは、昼と夜の時間を等分して区切る「不定時法」といわれるものが主流で、季節によって「時間」の長さが変わっていた。
農業などの第1次産業の人口が多かったため、暮らしに則した実用的な「時間」だったと言える。

橋本毅彦、栗山茂久編『遅刻の誕生』三元社、2001年
それがなぜ、現在のように一律の「時間」に区切られた生活になったのか。
明治期に変化を起こした主な要因が、以下の4つだと言われている。
・鉄道
・工場
・学校
・軍隊
鉄道の場合、電車が発車する5分前に駅に着くのと、5分後に駅に着くのとでは、大違いだ。
発車時刻までに駅に着かねばならないため、時間厳守の必要が生じた。
電車通勤者は収入に直結するので、「今日はゆっくり歩いて行こう」といった気まぐれが、正確な時計の導入によって、許されなくなってしまった。
工場では、「遅刻」に罰則を設けるところが生まれた。
明治になったばかりの頃は、「6時の鐘が聞こえたから家を出る」といったアバウトな出勤だったものが、数年のうちに、「起業の30分前までに到着しなければ、賃金を減給する」と言った、厳密な規約が定められていった。
また、大型機械が導入されるようになったことで、機械の始動時間=労働の開始時間となったことも大きい。
ざっくり言えば、労働者の都合で機械を動かすのではなく、機械の都合で労働者が動かねばならない労働環境が、明治期に広まっていったと言える。
子どもたちの通う学校は、その「労働者」を育てる場でもあった。
学校の鐘の音を聞き、通学時間や時間割りを守ることは、「管理しやすい労働者」を育てることにつながっていた。
ひいては、「管理しやすい兵士」の育成とも、地続きの関係にある。
学校は、全国の人々に「時間」の意識を植え付ける役割を担った。
当時の影響力の強さは、現代にも残っている。
ためしに、「学校のイラスト」を思い浮かべてほしい。
シンプルに描くなら、そこには「時計」が含まれているはずだ。
今でも、フリー素材で知られる「いらすとや」で「学校」の絵を探すと、必ずと言っていいほど「時計」が描かれている。

また、以下は明治34(1901)年の学校の写真だ。
建物の全体のバランスからすると、おかしなほど「時計」に存在感がある。
このような奇妙な形が、学校の建物のイメージとして残っているのだろう。

制度としての学校教育の普及は、「時計」とともに生きていく生活の普及でもあった。
何時、何分、何秒に何をするか。
人の暮らしに根付いた(もしくは、寄生した、と言いたくなるような)「時間」の感覚は、決して普遍的なものではない。
「暦(こよみ)」にしても、日本が正式に「西暦」を導入したのは、明治5年末のことだ。西暦1872年にあたる。
また、同時に西洋式の「時刻」が導入されたことで、「分」や「秒」の単位が知られることとなった。
それまでの日本では、短い時間を表す正確な単位は、存在していなかった。
「会議を10分に開始する」「あと30秒待つ」といった、今ではあたりまえの時間感覚も、その発想自体がなかったわけだ。
なお、つい先日の2025年7月12日は、ラジオ放送開始からちょうど100年目だった。
それは、「時報」の放送開始から100年でもあった。
今が何時何分何秒なのか、という時間への意識が、100年の節目をむかえた、とも言えるかもしれない。
1時間単位で労働や学業が区切られ、「分きざみ」のスケジュールで、「秒きざみ」のデジタルを使って生きていく暮らし。
そのような「時間」の歴史は、おそらく一般に思われているよりも、ずっと短い。
参照
湯沢雍彦著 『百年前の家庭生活』 クレス出版、2006年
橋本毅彦、栗山茂久編 『遅刻の誕生』 三元社、2001年
五味文彦著 『学校史に見る日本』 みすず書房、2021年
下川耿史監修、家庭総合研究会編『明治・大正家庭史年表1868-1925』河出書房新社、2000年
Photo by Pixabay
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文・喜久井伸哉(きくいしんや)
1987年生まれ。詩人・フリーライター。
