(文 喜久井伸哉)

2025年は、「放送100年」だそうだ。ラジオ放送開始から、100年の節目。
ふーん、と聞き流しそうになるが、あらためて考えてみると、ラジオ放送からたったの100年、という時代の流れの早さは、驚くべきことだ。
「ネット開始から100年」でもなければ、「テレビ開始から100年」でもない。
ラジオの始まりから、たったの100年。
今や誰もがスマホを持ち、インスタグラムの写真も、ネットフリックスの映画も、スポティファイの音楽も、個々で楽しめる時代に変わった。
VRの映像、AIの自動生成など、テクノロジーの発展は止まらない。
チェーホフは小説のなかで、「生まれた時代が少しずれていただけで、まったく違う人間になっていたでしょうね」というようなことを書いていた。
テクノロジーの変化の早さからすれば、世代が一つ違うだけで、まったく別の人生があったかもしれない。
それにしても、100年前の人々はどのような暮らしをしていたのだろうか。
着るものも食べるものも、今とは大違いだ。
街なかの景色にしても、コンクリートの建築やアスファルトの道路ではない。
太古の昔ではないはずなのに、まるでフィクションの世界のように感じてしまう。
小説や映画によって生活の細部を知ることはできるが、それだとおおまかな時代の流れがつかめない。かといって、歴史的な事件を参照したいわけでもない。何かこう、暮らしに関する情報が総覧できる本でもないものか。
さすがにそんな都合の良い本はないだろうな……と思っていたが、あった。
『近代子ども史年表』と『明治・大正家族史年表』だ。
題名のとおり、子どもや家族の生活に関わる具体的な出来事が、年表のかたちで簡潔に記されている。
教科書と違うのは、取り上げられているのが大事件ではないことだ。
新聞でいえば、一面トップではなく三面や広告面にあたる。
(しかし、紙の新聞のたとえが通じる世代も限られてきたが。)

下川耿史監修『明治・大正家庭史年表1868-1925』
ためしに、『明治・大正家族史年表』から、100年前の1925年(大正14年)のページを見てみよう。読みやすいよう句読点を付け加える。
まずは、食に関することを2つ。
食品工業、国産初のマヨネーズを製造し中島商店より発売。後のキューピーマヨネーズ。ただしポマードと間違えられるなど、売上は散々だった。
ピロシキ、ロシアより日本に上陸。
2025年は、マヨネーズとピロシキの日本発売100年でもあるらしい。
100年前に初めてマヨネーズを見た人は、しょうゆのような液体でもなく、塩のような粒でもないマヨネーズを、調味料だと思えなかったようだ。(なお、ポマードは整髪剤のこと。)
ピロシキもそうだが、食生活が様変わりした100年でもあったのだろう。
建造物などの、景色の変化はどうか。
白木屋大阪支店がパリからネオンを輸入し、正面7階に「SHIROKIYA」という赤色のネオンをつけた。しかし火災の危険があるとして1ヶ月ほどで撤去させられたため、11月に日本橋の本店で点灯。東京初のネオンとなった。
ネオン? ある意味では、「ラジオ放送開始100年」よりも、「ネオン点灯開始から100年」という方が驚きだ。
当時は「街に電気の明かりがある」ことそのものが希少だった。
今はネオンでさえなく、LEDライトだろう。
繁華街では過剰な色彩で、いたるところに看板広告が光っている。
建造物に関することでは、少し前の年にこのような記述もある。
まず、1921年。
東京深川で鉄筋コンクリート3階建ての猿江小学校竣工。鉄筋コンクリート造小学校の始めと言われる。
また、1924年。
岐阜県加納町の加納尋常高等小学校に日本初の小学校プールができる。
学校のコンクリート建築やプールの併設も、ほぼ100年前に始まっている。
現代は当然だと思っていることも、100年前には存在していなかった。
反対に現代の「あたりまえ」も、100年後には存在していないものが相当あるだろう。
近視眼的になりがちな暮らしのなかで、たまに視野を広げると、その物事の遠近感が変わって見えてくる。
マヨネーズやネオンだけではない。一歩深く考えてみると、実は「学校」や「家族」そのものも、絶対的な歴史性を持つものではない、ということが見えてくるように思う。
(つづく)
参照
下川耿史監修、家庭総合研究会編『明治・大正家庭史年表1868-1925』河出書房新社、2000年
下川耿史監修、家庭総合研究会編『昭和・平成家庭史年表1926―1996』河出書房新社、1998年
下川耿史監修『近代子ども史年表1926-2000 昭和・平成編』河出書房新社、2002年
下川耿史監修『近代子ども史年表1868-1926 明治・大正編』河出書房新社、2002年
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文 喜久井伸哉(きくいしんや)
1987年生まれ。詩人・フリーライター。
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