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文・N
居場所への一歩
26歳の頃、私はまだひきこもっていました。心のどこかで「死ぬまで生きることはできるだろう」と思っていたけれど、それは安心ではありませんでした。ただ、「終わってしまった人生を、どう生きればいいのか」それがわからなかったんです。
そんなある日、父が「これ、読んでみたら?」と本を渡してくるようになりました(宗教とはまったく関係ない本です)。最初は面倒に感じていました。でも、それは押し付けではなくて、「お父さん、これ読んで面白かったよ」という軽い調子で。私は少しずつ、本を読むようになっていきました。
あるとき、父がパンフレットを差し出しました。
「お前みたいに困ってる人が行ける場所があるらしいぞ」
それは、ひきこもりや不登校など、さまざまな困難を抱える若者たちが通所できる「居場所」施設の案内でした。
正直、最初は強い抵抗がありました。「そういう場所に行く人たちは、自分とは違う」と思っていたんです。どこかで、支援を受ける人たちに偏見を持っていたのかもしれません。そして何より怖かった。すでに関係ができあがっているだろう場所に、自分が入っていける気がしなかった。ほとんどの人が自分より社会経験があるだろうし、15歳のまま時が止まっている私が、どんな顔をして接すればいいのかわからない、嫌われるのでは?様々な思いがとめどなく溢れてくるのです。
でも、そのパンフレットは捨てられませんでした。「いつか、もしかしたらここに行けば、人生が変わるかもしれない」──そんな淡い期待が、頭のどこかにずっと残っていたからです。
27歳頃から、私は少しずつ一人でも外に出るようになっていました。最初は夜。誰にも見つからないように、そっと散歩をしていました。やがて昼間にも、人目を避けながら歩くようになり、親と一緒に食事をすることも少しずつ増えていきました。
28歳を過ぎたころ、とうとう決心しました。一度だけでも、その居場所に行ってみようと。
社会への復帰
勇気を振り絞って、連絡をし、行ってみました。そこには、私以外に2〜3人の利用者がいて、みんな年上の人たちでした。最初は圧迫感を感じて、心臓がバクバクしていました。でも、その施設のスタッフがとても優しくて、私はその人とだけ話をして帰りました。
「また来てね」と言われて、私はもう一度、足を運びました。それから、徐々に通う頻度が増えていきました。少しずつ、知り合いもできて、会えば挨拶をして、たまには他愛ない話もするようになっていきました。
そのうちに一緒にゲームをしたり、プライベートでも会うような関係の人もできてきました。気づけば、そこは「通う場所」から、「居場所」になっていました。
週に数回、わいわいと携帯ゲーム機を持ち寄ってゲームをする。今思うと、遅れてきた青春をしていたかもしれません。きっと漫研みたいな部活に入っていたら、あんな感じだったのかなと思います。
やがて、施設の運営にボランティアとして関わるようになりました。「ちょっと手伝ってみないか。簡単なことからでいいから」と声をかけられて、最初は戸惑いながらも引き受けました。気づけば、それが3年近く続いていました。
そして32歳の頃、同じ施設ボランティアの方から、声をかけられました。
「うちの介護施設、人手が足りないんだけど、週1回だけバイトに来てみない?」
働くことへの恐怖は、もちろんありました。でも、「週1回だけなら」と思って、やってみることにしました。
実際、働くことはとても大変でした。最初は体力、気力が追いつきません。逃げ出したくなった日もありました。けれど、その職場は私の背景を最初から理解してくれていて、急に休んだりしても責められることはありませんでした。同じような境遇を経験している先輩もいました。そうやって少しずつ、週2回、週3回とシフトが増えていき、契約社員になり、2年ほど前から正社員として働いています。
今を生きる
私は今でも人に嫌われないようにと、つい気を遣ってしまいます。自分でも「気にしすぎだな」と思うことはあります。でも、そう思えるようになっただけでも、以前より少しは楽になったのかもしれません。
人との関係はどうしたって難しくて、どれだけ気を遣っても嫌われるときは嫌われる。それがわかってきたのは、ごく最近のことです。
今も時折、自分の「失われた時間」を思って苦しくなることがあります。10代、20代のほとんどをひきこもりの中で過ごし、ほとんど「青春」と呼ばれるものを私は知らずにきました。友だちと過ごす放課後、文化祭、同級生と恋をして笑い合う瞬間──そういったものが、自分の人生には存在しなかったという感覚。それが時々、胸の奥で重たく沈み込んできます。
その劣等感は、今も私の中にあります。けれど、私はそれを「抱えながら」生きていくしかないのだと思っています。
完全に手放すことはできなくても、それらを抱えて、理解ある人たちと一緒に働けている今がある。自分の「生きづらさ」を抱えたままでも、生きていくことはできる。むしろ、抱えているからこそ、見えるものもあるんじゃないか。それが今の私の感覚です。
もちろん、働くのは大変です。起きるのがつらい日もあるし、仕事に行きたくないと叫びたい日もあります。どうしても苦手な利用者さんに、理不尽に責められたりして、胸の中にずっと引っかかってしまうこともあります。これから先の未来を考えて眠れないときもあります。
でも、それでも、生きていく。そうやって、生きていく。
決して「それが正しい」と言い切ることはできないかもしれません。これからもつまずくことはあるでしょう。
それでも私は、生きることを投げ出さずにいます。少しずつでも、自分の足で立って、生きていく。
お金を得られるようになってからは、今までできなかったこと──ちょっとした外食や、欲しかった本を買うこと、どこかに出かけること──そんな、ささやかな「楽しみ」を感じられるようにもなりました。
私は今、「これからも、そうやって生きていくんだ」と思いながら生きています。
