
シリーズ・私のひきこもり体験 ~隠された子供~
文・はな
編集・石崎森人
急に入れられたアウェイな場所
保育園には、五歳の時に急に入れられた。「明日から保育園に入るよ」「保育園に興味ある?」といった事前の心の準備もなく、「来週から保育園に入るから」という感じで、急に私以外の人間がたくさんいる場所にポンと入れられた。
それまでの五年間は、ずっと家にいた。
父親は車に私を乗せて、いろんなところに連れていくのが好きな人だった。その頃の父親はお金があって遊んでばかりいたから、ゴルフに行くとか、ドライブに行くとか、そういう遊びに私を「おい、はな行くぞ」と言って車に乗せて連れていってしまう。
母親にとっては、それは好都合だったらしい。私の世話で疲れているから、一人になりたくても、いつもなれない。それだけは本当にありがたかったと、後に母親は言っていた。母にとっては保育代わりだったのだろう。
母親といる時はいつも家が多かった。
家では私が本を読んだりおもちゃで遊んでいる間、母親は別の部屋でじっくり映画を観ていた。そんな母親との外出といえば近所のツタヤと本屋だった。ここにはしょっちゅう行っていた。
漫画と映画が大好きな母親は現実逃避したいから、ツタヤでやたらとビデオを借りるし、本も買う。私もついでに好きなものを買っていいよと言われる。その辺からもう私はオタクの英才教育を受けていたわけである。
泣いて吐いている子
そうやって五歳まで過ごして、保育園に行ったら、もう集団の中でグループができあがっていた。私が入った時には、みんなは三歳から入っているから、もうコミュニティが完成されているのである。急に入ってきた人みたいになって、すごくアウェイな感じだった。
みんなが外で遊んでいるのに、一人で黙々と絵を描いたり、本を読んだりしていた。あまりみんなと遊ぶ輪に入った覚えはない。居心地が悪かった。今考えたら、あの感情が居心地悪いなのだろうなと思う。
同じクラスに、ずっと吐いている子がいた。自家中毒のようになって吐いては、結局早退していく。後々になって知ったのだが、その子は保育園に行きたくなくて吐いていたのだという。
その吐いている子のことを、今でも鮮明に覚えている。集団に馴染めずに、しくしく泣きながら吐く子。
保育園の頃から、居る場所に順応するのが当然なのだと、私は思っていた。でも、順応できずにしくしく泣いて吐いている子を目の当たりにして、こういうこともあるのだと知った。
多分、私に一番近い存在が、その子だったのだと思う。私はさすがにそこまではいかなかった。でも、その気持ちはすごく分かった。
私も友達を作らなきゃ、馴染まなきゃと、結構必死に色々考えていたが、私もその子に近い、中間くらいの存在だったかもしれない。
当時、とても仲良い子は二人くらいいた。その時に仲良かった子の一人とは、今でもまだ少し連絡を取るくらいである。
私はあまり喋れなかった。話しかけられても、嫌だとか、ダメとか、そういうのが言えなくて、常にはっきりしないから「え?どっちなのよ?」みたいな感じで、よく同級生に怒られるという子だった。
その時に、その今でも仲良くしている保育園一緒だった子が、真ん中に入って、「はなちゃんが嫌がってるでしょ」と言って、かばってくれて、それでやっとコミュニケーションが成立するという感じだった。
「ねえ、行こう、行こう」とその子がその場から引っ張ってくれて、「一緒に絵描こう」と言って、絵を描いてくれたりした。その子に本当に任せっきりじゃないけれど、べったりな時があった。
常に頭の中で引っかかる
保育園までの人生を振り返ると、ずっと落ち着かなかった。ほっとするなと思った瞬間が、今思うとほとんどなかった。
子供だから、本来ならあまり頭を使わずに、ただ楽しいとか、安心とか、お母さん好きとか、友達大好きとか、ご飯美味しいとか、そういう風に単純に喜べるたはずだ。でも私には、そういうことがあまりなかった気がする。
何をやっても、なんだか知らないけれど、一癖も二癖も頭の中で引っかかる。「なんでこうなんだろう?」「なんでこうなの?」口には出さないけれど、本当に世の中の全てに文句を言いたいような気持ちだった。常にどこか、ピンとこないのである。
絵を描いている時、本を読んでいる時だけが、一番楽だった。楽しいし、本が面白いというので、その時だけは満たされた。自分の好きなものを吸収している時だけが、気持ちが一番純粋だったのだと思う。
それ以外の時は違った。友達に遊ぼうって言われると、「ええ、あんまり今人と喋りたくないんだよな」という感じで、何に対しても最初の抵抗感が強かった。そして考えてしまう。「なんで嫌なのかな」「嫌だけどやらなきゃいけないのか」。はじめに抵抗感がいつも来る。
そういう感覚は、保育園の時代からずっとあった。今から考えると、きっと、母親の顔色を常に窺っていたの影響だと思う。
