
シリーズ・私のひきこもり体験 ~隠された子供~
文・はな
編集・石崎森人
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三年生、四年生と続いた息苦しい学校生活。高学年になっても、私の居心地の悪さが解消されることはなかった。むしろ、それはさらに複雑な形で、私に重くのしかかってくるようになった。教室という閉鎖された空間で、私の存在はますます追いつめられていった。
絵がくれた光と影
五、六年生の時の担任は、若い男性の先生だった。幸いなことに、その先生は再び私の絵を認めてくれる人だった。「もっとこうしたら良くなるよ」と熱心にアドバイスをくれ、私が描きやすいように環境まで整えてくれた。三年生の時に砕かれた自信は、その先生のおかげで少しずつ修復されていった。そして六年生の時、私は校内の絵のコンクールで金賞を取ることができたのだ。それは、私の小学校生活における、数少ない輝かしい記憶である。
しかし、光が強くなれば、影もまた濃くなる。私が絵で評価され、目立てば目立つほど、一部の同級生からの風当たりは強くなっていった。特に、クラスを牛耳っていた二人の女子生徒にとって、私は格好の標的だった。休み時間になると「調子に乗ってんじゃねえぞ」と吐き捨てられたり、いちゃもんをつけられたりすることが増えていった。
土下座すればいいの
ある日、私はそのうちの一人にトイレに呼び出された。「最近、いい気になってるよね」。取り巻きの数人が、後ろで同意するように頷いている。その冷たい視線と空気に、私は全身が凍りつくのを感じた。
なぜそんなことを言われなければならないのか、という怒りよりも、恐怖が先に立った。「何でそんなこと言うの」と対等に言い返すことなど、私には到底できなかった。私にできるのは、ただひたすら謝ることだけだった。「ごめんなさい、ごめんなさい」。何に対して謝っているのかも分からず、許しを乞うしかなかった。しまいには、「私、何すれば許してもらえるの。もう、土下座すればいいの」と、涙ながらに口走っていた。人に怒りや不満を向けられるという状況が、私には耐えられないほど怖かったのである。
今思えば、あれはいじめだった。クラス全員から無視されるような時期もあった。それでも、クラスの中にはどこにも属さず、中立でいてくれる子もいた。私はそういう子とだけ、こっそりとノートの交換をしたり、好きな漫画の話をしたりして、何とか心のバランスを保っていた。
不機嫌で支配される教室
そんなクラスの淀んだ空気に、担任の先生が気づかないはずはなかった。ある時、私と同じようにいじめられていたもう一人の子と、「今しか言う時がないよね」と意を決し、先生にいじめの事実を打ち明けた。放課後、夜の七時になるまで、私たちは今までされてきたことを泣きながら訴えた。
私たちの告白は、予期せぬ事態を引き起こした。それを聞いた先生は、次の日から、まるで人が変わったようにキレるようになったのである。おそらく、自分のクラスでそんなことが起きていたことが許せなかったのだろう。完璧なクラス運営を目指していたであろう若い先生のプライドが、私たちの告白によって打ち砕かれたのかもしれない。
先生は、卒業までの間、ずっと怒っていた。クラスの雰囲気が悪いことに腹を立て、物を投げ、すさまじい声で怒鳴った。教室は、常に不機嫌な大人がいるという、別の種類の地獄に変わってしまった。
私たちの勇気ある告白は、しかし、根本的な解決にはならなかった。先生がキレても、いじめがなくなることはない。ただ、いじめる側のヘイトが、私から「いつも怒っている先生」へと少し移っただけだった。先生も、目に見えない陰湿ないじめに対して、加害者の生徒を直接指導することはなかった。結局、私たちの告白は、教室の空気をさらに悪くしただけで、誰も救われなかったのである。やはり自分の気持ちなんて隠すべきなんだ…そんな挫折感を感じた。(続く)
