ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

『ひきポス』は、ひきこもり当事者、経験者の声を発信する情報発信メディア。ひきこもりや、生きづらさ問題を当事者目線で取り上げます。当事者、経験者、ご家族、支援者の方々へ、生きるヒントになるような記事をお届けしていきます。

義母からかかってくる電話 ~専業主婦の生きづらさ~

~ 編集部註 ~

本記事には、人によっては不快や不適切と感じるかもしれない語彙・表現・内容も含まれていますが、作者の内的世界をできるだけ忠実に社会に伝えることが当事者手記を配信する意味であると考えられるため、明らかに誤用と思われる箇所以外はすべてそのままに採用しています。

「田舎から電話をかけてくる義母」
画:ぼそっと池井多 + Bing Image Creator + Photoshop

 

文・冬野ふゆの忽那子そなこ

編集・ぼそっと池井多

 

義兄が段ボールを蹴った

私はひきこもり当事者でもなければ、ひきこもりの家族でもありません。

だから、HIKIPOSのようなひきこもり当事者の手記のサイトに、私みたいな人の手記を発表してしまっていいのか、と何度もためらいました。でも、編集を担当したぼそっとさんが、

「あなた自身がひきこもりでなくても、あなたのお話はひきこもり界隈のためにすごく価値があると思います。だから、自信を持って書いてくれませんか」

と熱心に言ってくれたので、思い切って書くことにします(*1)

 

*1. 編集者註:本記事は完成までに約9ヵ月かかっている。作者がこのくだり、つまり記事を書き始めたのは昨年10月ごろである。編集者の私も当初は、
「締切りは設けません。いつでもいいですから」
と作者に申し上げ、メールや対面やZoomのやりとりでゆっくりと共に本記事を作ってきたが、最近ひきこもり界隈の情勢変化によりこの証言の価値が急速に高まったので、編集者も催促に転じ、中盤以降を急ぎ脱稿していただいた。

 

私たちは東京郊外に住んでいる四人家族で、主人は都内の会社に勤めています。自慢ではありませんが、名前をいえば誰でも知っているような大きな会社です。

主人は次男で、長男にあたるお義兄にいさんは出身地である地方都市に母親と暮らしています。
その都市は東京から新幹線一本で行けて、その地域ではいちおう中心地ですが田舎です。私自身はもともと東京の人間で、私の両親は千葉に住んでいます。息子が二人います。

うちの子どもたちがまだ小さかったころに「おじさん」と言えず、お義兄さんを「おいちゃん」と呼んだのがそのまま呼び名となりました。おいちゃんは今54歳のはずです。うちの主人は今年50になり、ちょっとお腹も出てきました。

 

おいちゃんは東北地方でいちばん良い国立大学の大学院を出ているそうですから、すごく頭がいいはずです。

私みたいに大学も出てない女からしたら、旧帝大の院といったらどのくらい頭がいいのか想像もつきません。少なくともうちの主人よりは学歴は高いです。でも主人とちがっておいちゃんは今は無職です。昔は進学塾の先生などしていた時期があるそうです。

 

おいちゃんは結婚歴もありません。

ルックスからいったら、私が女として見たときにぜんぜん悪くもないと思うのだけど、つきあっている女性もいないようです。若い頃は好きな人もいたけど、お母さんの干渉が激しくて結婚には至らなかった、と主人が言ってました。

おいちゃんは長いこと老父母と三人で暮らしていましたが、そのうち塾講師を辞めてしまい、家にずっと居るようになり、やがてお義父とうさんが亡くなったのが10年ほど前でした。

 

それからずっとおいちゃんはお義母かあさんと二人で暮らしてきました。

収入はお義母さんの年金頼みでしたが、ときどき弟であるうちの主人に小遣いをせびってきました。もちろん、私は主人には渡さないように言いました。うちだって子どもを二人かかえて教育費が大変ですから。

 

40代も後半になると、おいちゃんはだんだんとお義母さんに厳しく当たるようになってきました。「押さえ」として家のなかに生きていたお義父さんがいなくなった、ということもあるのでしょう。

おいちゃんがお義母さんを怒鳴りつけるなど日常茶飯事で、ときには家のなかに置いてある段ボール箱を蹴ったりお義母さんに紙屑を投げつけたりしているようです。実際に手を上げていることもあるみたいですが、そこはお義母さんもはっきり言わないのでわかりません。

 

おいちゃんが段ボールを蹴った時に、たまたま実家に帰っていた主人が、

「兄さん、暴力はいけないよ」

と言ったところ、おいちゃんは怒って、

「こったらこと、暴力でねえべ! 家のなか歩き回ったら足が段ボールに当たっただけだ。家のなか歩いてもいけねえのか。ちょっと良い会社に勤めてると思って、お前だんだんいい気になってきてるんでねえか。何様のつもりだ!」

と主人に怒鳴り返したそうです。

 

「きっと昔は下だった弟にたしなめられたことが、兄として面白くなかったのだろう」

と主人はうちに帰ってきて言ってました。その一方では

「兄貴は変わってしまった。……というか、最近どんどん変わってきている気がする。あのままじゃやばい」

とも心配していました。

 

「義母を怒鳴りつける義兄」
画:ぼそっと池井多 on Leonardo.ai

「ひきこもり」と呼ばれるようになった専業主婦業

そのうち、おいちゃんがお義母さんに対して暴力的になるたびに、お義母さんは主人に電話してくるようになりました。でも、主人も会社で仕事中のときにいちいちそんな電話に出られません。そこで主人は私に、

「母さんの電話の聞き手になってやってくれ」

と頼んできて、お義母さんには

「母さん、今度から電話はぼくじゃなくて忽那子にかけてくれよ。女同士の方が何かと話も合うだろうし」

と頼みました。

 

私は憂鬱になりました。

「女同士の方が話も合う」

とはよく言ったもんだ、と思いました。

 

主人と結婚してから、お義母さんから電話がかかってくることは珍しくありませんでした。でも、これまではせいぜい一ヵ月に一回ぐらい、それも送ってきた物の御礼とか、今度いつ帰省するとか、そんな話題だけで、毎回10分ぐらいで終わっていました。私はもともと電話がそんなに好きではないうえに、義母との電話はとくに苦手なのです。

 

ところが、おいちゃんから暴言を浴びせられたの浴びせられないのという愚痴の電話が義母から来るようになると、もうそれまでの電話の頻度と長さでは済まなくなりました。

 

私は主婦で、働いてないから、時間がある、と主人は思っているのでしょう。

私は自分のことを「働いてない」と書くのがいやです。私の母親の時代は専業主婦は当たり前の生き方でしたが、今では女性は外で働いているのが当たり前で、主婦で家でテレビを見ていればたちまち「ひきこもり」にされてしまいます。

 

たしかに私は専業主婦で、主人の収入で暮らしていて、自分では働いていませんが、子どもたちを育てているのは私だし、時間があれば本や雑誌も読みたいので、世の中が思うほど暇ではないのです。

なのに、なんで私が「ひきこもり」にされて「ひきこもり支援」を受けなければならないのでしょうか。国民の税金はもっとマシなものに使ってほしいと思います。

 

話がそれたので、元に戻します。

さて、思ったとおり、義母からの電話の受け手になると、電話の回数は爆上がりし、一ヵ月に3回ではなく一日に3回なんていう日もザラになってきました。用件はワンパターンで、おいちゃんがこういう暴言を吐いたの、暴力もどきをやってくるの、という愚痴ばかりです。

こうなると、お昼ご飯のときにひとりでゆったりとテレビを見ていることもできません。

おいちゃんみたいな人を「ひきこもり」というのかどうか私はわかりませんが、もし「ひきこもり支援」を受けるとしたら、それは私ではなくおいちゃんのような人だと思います。

 

家族会議の行方

私はこのことを主人に言いました。それである週末、正月でもないのに主人と二人で泊りがけで田舎へ行き、四人で話し合いの時を持つことになりました。家族会議です。

家族会議の場でおいちゃんは、

「わかった。おれとしては母親を怒鳴りつけたつもりはねえけんども、そういうことなら、これからはそういうことはしねえようにすっから」

と約束し、お義母さんもそういう場面になると、

「この子だけが悪いんでねえ。私も悪いだべっちゃ」

とおいちゃんを擁護する立場を取ったりするものだから、話はこんがらがるばかりで、少しも具体的な解決には至らないまま私たちは東京に帰ってきました。

 

ところが、三日もしないうちにまたお義母さんから私に電話がかかってきて、おいちゃんが暴言を浴びせてきたと言います。仕方がないので、私からおいちゃんに電話して、

「お義兄さん、お義母さんからまたこう言ってきたんですけど、こないだの話し合いはどうなってるんですか」

というと、

「そりゃあ、おっかあの勘違いだ。おれは暴言なんか浴びせてねえ。無視していいよ。忽那子さんも忙しいだろうから」

とのお答え。

無視していいよ、と言われても、お義母さんからはまた毎日のように電話がかかってきます。

私もなすすべがなく、かかってくるままに電話を受け、話を聞いているうちに、心も身体もだんだん追い詰められてきました。

しまいには、家の外にゴミ収集車や灯油売りの車が通りかかっただけで、その音を義母からの電話だと勘違いしてスマホを探すようになってしまいました。

 

これって8050問題?

そんなある日、昔の友達が私を誘ってきて、一緒にぼそっと池井多さんの講演会へ行くことになったのです。

家族の問題をどう考えるか、という話で、私は社会勉強のつもりで軽い気持ちで聞きに行ったのですが、そうしたらこれが衝撃でした。

語られる「中高年のひきこもり」がおいちゃんにそっくりで、主人の実家で起こっていることが世にいう「8050問題」だという気がしてきました。

そこで私は、べつにうちの子がひきこもっているわけでもないのに、ぼそっとさんが開いている会に足を運ぶようになり、やがていろいろと相談に乗ってもらう(*2) ようになったのです。

*2. 編集者註:ここは編集者の認識とちがう。私(ぼそっと)は支援者や相談員ではないので、「相談に乗ってあげる」ことはしない。私ができる、もしくは私がしているのは、困りごとを抱え悩める当事者同士として対等にお話しすることだけである。忽那子さんのお話を聞くかわり、私の話もさせていただいている。

 

ぼそっとさんは言いました。

「私はなにも『ひきこもり』という概念を社会に広めるためにこんなことをやってるわけではありません。私は私の問題を何とかしたいだけなのです。

しかし、もしあなたのお義兄さんの状態から、お義母さんはもちろん、お義兄さん自身を含めて誰かが困っているとしたら、そこに問題があります。よけいな裾野を広げないで、まずは試しにその問題の解決を集中して考えてみる、というのはいかがでしょうか」

私も「それもそうだ」と思い、「ひきこもり」という言葉は出さないで義兄の問題を考えることにしました。

 

そこで考えついたのは、お義母さんとおいちゃんの生活の場を引き離すことでした。

お義母さんは80歳で、施設に入ってもおかしくない年齢でした。

そこで主人と私が実家の周辺でめぼしい老人ホームを探し、入居の手続きを進めました。

結構な金額でした。経済的には結局うちが出すことになるので、私も「なんだかなあ」という気分にもなりましたが、他でもない主人の母親ですし、この先ずっとお義母さんから同じような電話がかかってくることを考えたら、一時的な投資としてしょうがないかと諦めをつけたのです。

 

ところが、強い反対が出たのは当人たちからでした。

まず、おいちゃんは、

「そんな、おっかあを施設みてえな所に入れるなんて冷たいことしねえでも、ここでこれまでどおり一緒に暮らしていけばいいべや」

というのです。

はたしてお義母さんに施設に入ってもらうことが「冷たいこと」なのか、むしろこのままこの家で暮らす方がおいちゃんに怒鳴られっぱなしで「冷たいこと」なんじゃないのか、という疑問が私の頭のなかに湧きまくりました。

 

おいちゃんの本音はおそらく、お義母さんと別々に暮らすことになったら、生活資金としてお義母さんの年金が当てにできなくなり、自分が働き始めなくてはならないから、それがいやなのではないか、と思えました。

 

でも、もっとわからないのはお義母さん自身からの反対でした。

「暴力をふるわれている」と私には泣いて電話をかけてくるくせに、お義母さんも、やれ施設に入ったらあれができない、これができないと言って、おいちゃんと離れて暮らすことに反対するのです。

「そんなことはない。施設に入ってもちゃんとそういうことはできる」

ということを一つ一つお義母さんに説明して、おいちゃんにも、

「ホームへ入れることは何も冷たいことじゃない。お義母さんの幸せのためなんだから」

ということを説明して、何ヵ月もそれで時間を費やして、ようやくお義母さんのホーム入りを承諾させました。

 

家の前で転んだ義母

ところが、いよいよお義母さんがホームに入居するという日の朝、おいちゃんが車を出している間に、お義母さんが家の前の小さな側溝につまづいて転んでしまいました。

慣れない土地ならばいざ知らず、目をつむっても歩けるくらい知っているはずの自分の家の前でつまづくなんて、いったいお義母さんはどうしたんだろう、と思いましたが、歳をとると思いがけない所で転ぶものだとも聞きますし、そういうこともあるのかしら、とその時は考えました。

お義母さんは、見た目には大した怪我もなさそうでしたが、何しろ80代なので、もし中の骨が折れていてそれで寝たきりになったりしたらいけないということで、念のため総合病院に入院してちゃんと調べることになりました。

結果は、軽い打ち身と擦り傷だけで、骨や関節は異常なかったのですが、これでせっかく算段を整えていた老人施設への入居はいったんご破算になりました。

 

そして、また前と同じような日々が始まったのです。

こんなことを言うと、私がとてもいやな嫁だと思われるかもしれませんが、私は、お義母さんはホームへ入るのがいやで、もう理屈で反対して私たちを説得するということはできないと思い、あの朝わざと転ぶという手に出たのではないか、と思えてきました。

これはもう、長年お義母さんという人を見てきた女の勘というか、嫁の勘というしかありません。

 

主人はさすがに自分の親族だから

「さあ、そこまで疑うのはどうかな」

とは口では言っていますが、本心では賛成してくれていると私は思ってます。というか、もしそうでなかったら、私の心は真っ暗になります。

 

こうして、今も毎日、義母からの電話がかかってきます。

お義母さんのホーム入居が白紙に戻ったことで、負担がかかってくるのはこの私なのです。

ということで、ぼそっとさんの催促もあったので、急ぎ原稿を完成させましたが、私の話は現在進行形です。

今後、何か進展があったら、またひきポスに記事を書かせてもらうかもしれません。そのときはまたよろしくお願いいたします。

 

(了)

 

 

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