
シリーズ・私のひきこもり体験 ~隠された子供~
文・はな
編集・石崎森人
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私が小学校に上がると、家に漂っていた緊張が少しだけ和らいだ。常に私と二人きりでピリピリしていた母親が、私と物理的な距離ができたことで、若干穏やかになったのである。もちろん、完全に穏やかになったわけではない。薄氷の上を歩くような緊張感は、家に帰れば相変わらずそこにあった。それでも、学校という新しい場所ができたことは、私にとって一つの変化だった。
一人だけの逃げ場所
小学一、二年生の頃の私は、ほとんど一人でいたように思う。休み時間になると、私は図書館か、教室の隅にある本棚のコーナーにこもっていた。そこでひたすら本を読んでいると、自分の世界に没頭できた。それが、当時の私にとって唯一の救いだった。
同級生と話すことはあまりなかったが、担任の先生とはよく話した。私は絵を描くのが好きで、一、二年生の時の担任の先生は、私の絵を見つけるたびに褒めてくれる人だった。先生に「上手だね」と言われるたび、私は「自分は絵が上手なんだ」と少しずつ思えるようになった。絵が、私が初めて他者と繋がるためのきっかけをくれたのである。
その一方で、学校には恐怖もあった。他の先生が、私以外の生徒をものすごい剣幕で怒っているのを見るたびに、心臓が縮み上がる思いがした。子供たちの噂話は、時に事実よりも大きく膨らむ。「隣のクラスの先生は、怒ると生徒を投げ飛ばすらしい」そんな話を聞いては、本気で怯えていた。母親とは違う種類の怒り方をする大人がここにもいるのだと、私は常に身を固くしていた。
砕かれた自信
比較的穏やかだった低学年の日々は、三年生になると一変した。急に、学校が息苦しく、しんどい場所になったのである。原因は、新しく担任になった先生との相性の悪さだった。その先生は、私がやることなすこと、何でも否定するような人だった。
今でも忘れられない出来事がある。図工の時間、私は遠近法を使って絵を描いていた。遠くにあるものを小さく、手前にあるものを大きく描く、当たり前の手法である。遠くの景色と、それを眺める人物を描いた。それなのに、先生は私の絵を見るなり、こう言ったのだ。「何でこんなに人をちっちゃく描いてんだ。やり直し」
その一言が、私にはひどくショックだった。コンクールに出すための大切な絵だった。遠くのものを小さく描くのは、間違っていないはずだ。なのに、なぜ。今まで順調だったことが、急に止められてしまったような感じがした。その時から、私は学校で絵を描くことに急に萎縮してしまった。
その先生の授業は、いつも生徒を試すようなやり方だった。「今の話を聞いていたか、要点を全部言ってみろ」と突然指名し、答えられないと座らせてもらえない。そんな緊張感も、私には苦痛でしかなかった。先生と私の相性は、あまりにも悪すぎた。
「いいよ」という呪い
私の学校嫌いを決定的にしたのは、先生との関係だけではなかった。三年生くらいになると、友達同士の人間関係も複雑になってくる。「悪口を言った、言わない」といった、女子特有のいざこざが始まったのだ。
私は、親との関係で身につけてしまった癖を、そのまま友達関係にも持ち込んでいた。「言われたことは、ちゃんとやらなければいけない」「相手の言うことに従わなければいけない」という、強い強迫観念があった。友達から「このシールちょうだいよ」と言われると、心の中では「いやだ、あげたくない」と思っていても、口から出るのは「いいよ」という言葉だけだった。断ったら嫌な顔をされる、怒られる。その恐怖が、私の本当の気持ちに蓋をしてしまう。
いつも「いいよ」と何でも受け入れる私は、周りからすれば都合のいい存在だったのだろう。私は自分の気持ちに反した行動を取り続けることで、友達と一緒にいても常に居心地の悪さを感じていた。自分の心を殺して、その場にいる。そんな小学校生活が、この先もずっと続いていくことになった。(続く)
