私が16歳のころ、人の顔が吐瀉物(としゃぶつ)のように見えていた。
人間という社会的動物の存在が、耐えがたいほどグロテスクに感じられ、表情の変化が直視できなかった。
街を歩く時には、あえてメガネをはずし、おぼろげな景色を見るようにしていた時期がある。
そのころは、建物の壁のような路肩の景色に目がいった。
雨風にさらされ、シミ汚れが付いた、建造物の平面。それは本来「退屈」なはずのものだが、白い壁に人の暮らしがこびりついたような人間味が感じられ、当時の私には十分「刺激的」だった。
私が子どものころ、初めて惹かれた画家がユトリロだった。
大きめの画集を買い求め、長いあいだ部屋に飾っていた。
ユトリロは、20世紀前半のパリの画家で、特に「白の時代」と呼ばれる時期の作品の評価が高い。
漆喰やモルタルの、色のない住宅が立ち並ぶパリの街並みと、希望のないくもり空。
描かれた街並みに人影はほとんどなく、せいぜい通りの奥に一人二人が、粗雑なタッチで背を向けているだけ。
私は心象風景を形にしたような、ユトリロの寂しい風景画に慰められていた。

先日、東京都新宿区内で開催中の、モーリス・ユトリロ展を観た。(※1)
約70点が展示されており、ユトリロの生涯が概括されている。
美術館は、平日の昼間だったにもかかわらず、団体で訪れている人たちもおり、混雑していた。
最寄り駅が新宿で、会場にたどりつくだけでも苦労する。
人の描かれていないユトリロの作品が観るためには、人混みのなかを通らねばならない、という矛盾があった。
ユトリロは、実に「伝説」が多い画家だ。
画家・モデルとして活躍していた母親と、不在の父親。
愛されなかった子ども時代の影響からくる、幼少期からのアルコール依存。
そして、療養のために始めた絵画制作。
街に出ず、絵ハガキを見て描いたパリの街並み。
不幸な結婚と、入退院を繰り返す日々。
画家として成功をおさめてからも、金のために絵を描かねばならなかった、生活者としての苦しみ。
展示品を観ると、「白の時代」の洗練された作風がある一方、対極的な作品も目立つ。
絵具を厚く塗り重ねた「黒い」絵だ。
『サン=メダール教会、パリ』など、沈鬱な人の顔を描いたかのような、重々しい暗さがある。
ユトリロが描く建造物の壁面は、まるで大きな悲しみを塗り固めているかのようだ。
おそらくユトリロも、かつての私のように、たった一人で街を歩いていたのだろう、と思う。
親しく話す人もなく、通り過ぎる人を避け、無表情な建物だけを見て、歩き去る。
人の顔が、耐えられなかったのかもしれない。
風景画でとらえられているのは、「白」という色ではなく、色の欠損というべきものだ。
世界から愛されなかった者の、色彩の損傷であり、外傷的な傷痕の結果に見える。
孤独な風景を観ていると、「この画家の心情を理解できるのは、世界で自分ひとりだけだ」と妄信するような、ひそやかな奢(おご)りが生まれてくる。
人によっては、太宰治の『人間失格』を読んで感じる虚妄に、似ているかもしれない。
文学者のトーマス・マンは、『孤独な創作物が、その孤独によって人を結びつける』、というようなことを言っている。
ひとりぼっちだったユトリロの作品が、ひとりぼっちの人間を結びつける、ということも、あるように思う。
後年のユトリロは、通行人を多く描くようになった。
女性を描く時には、お尻を大きくとらえた戯画的なフォルムで描いているため、女性蔑視があったのだろう、と言われている。
ただ、本当にそうだろうか。
ユトリロは、男性も子どもも拙速な線で描いており、建物を描写する丹念さに比べると、どの人物に対しても適当な関心しか持っていない。
「女性蔑視」というよりも、通行人全般に対する「人間蔑視」というべきではないか、という気がする。
晩年は、画家としての名声を得て、経済的な問題も消えたことから、生活も心理状態も改善した。
それを反映して、ほとんど能天気といってもいいような、明るい作風に変転している。
正直というか無垢というか、20世紀のフランスの芸術家としては、(べつに悪いわけではないが、)あるまじき単純さではないか。
ユトリロは、フランスでも日本でも、早くから大衆的な人気を得た画家だった。
心理状態が如実に反映される画風といい、絵ハガキをもとにしてパリを描いた構図のシンプルさといい、この「わかりやすさ」が、(現代アートにはめったにない)人気の秘訣なのかもしれない。

※1 モーリス・ユトリロ展
会場:SOMPO美術館(東京都新宿区西新宿1-26-1)
会期:2025年9月20日- 12月14日
--------------
文・写真 喜久井伸哉(きくいしんや)
1987年生まれ。詩人・フリーライター。
