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「糸」は論外。ひきこもり目線で選ぶ中島みゆきの三曲(マニアック度 上級編)

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(文・写真 喜久井ヤシン) 

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アルバム「生きていてもいいですか」(1980年)のジャケット

 

 17歳のことだった。私は高層マンションの屋上にいて、何十メートルも下の遠い地面を見下ろしていた。段差を越えてあと一歩踏み出せば、この世から失敬することができる。学校や親のことで苦しむことがなくなり、混乱した毎日を終わらせることができる。――躊躇していなければ、今こうしてこの文章を書いていることもなかったのだけれど――その時、私は思った。来月は中島みゆきの新作アルバムが発売される。せめて、それを聞いてから、もう一度ここに来て自分の命の選択をしてもいいのではないか。遅いということはないのではないか。私は高層マンションの屋上から去って、次に来る一日を越えていこうとした。
 ――何も理由が中島みゆきだけだとは言わないけれど、私は結局それから何十年も生き延びて、今日も中島みゆきを聞いている。デビュー43年にして、シングル45枚、オリジナルアルバム42枚、DVD20枚を発表。シンガーソングライター、中島みゆき。私はその全作を鑑賞してきて、多くのたくましさを与えられてきた。

 有名な曲としては「糸」や「時代」があるけれど、シングル以外にも名曲は多い。慰め励ます曲、盛り上がるロックな曲、クラシックな洗練された曲。……どのような切り口でも、涙してきた楽曲は簡単に思い浮かぶ。「孤独」や「喪失」をキーワードにすればいくらでも思い浮かぶし、変わったテーマで選曲することもできる。

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 この機会に、(どこにそんなニーズがあるのかという疑問は別として、)自分勝手な独断による、「ひきこもり」目線で選ぶ中島みゆきの曲を挙げてみたい。

 私にとっての「ひきこもり」は、社会的なことを避けて、一人の日々を越えていかねばならない辛さがある。そのため、人への熱い思いがある失恋ソングは入らない。「うらみ・ます」のような絶唱は捨てがたいけれど、熱情的に人を求めている点で、「ひきこもり」とは違うと判断する。曲を挙げるとしたら、世の中の流れからはずれて、一人心を痛めているような作品が良い。
 たとえばこんな曲……。

一曲目 ねこちぐら(2017年

  ねこちぐらに潜り込んで 1日じゅう出て来ないの
  怒ってはいない 怖いこともない
  欲しいものはない 何もいらない
  ねこちぐらに入ったまま
  私の心 出て来なくなった

 ねこちぐらとは、猫が休むために作られた、藁(わら)などで編まれた籠のこと。不可思議な編曲にユーモラスな歌い方がされているけれど、言葉を読んでいくと淋しさの強さがわかる。自分の心であったとしても、人を恐れる猫のように、おびえて逃げていくことを止められない。そこにやるせなさがある。ボロボロになったねこちぐらでも、外に自分の居場所がないなら、小さくうずくまっている他にない。ほしいものも言いたいことも捨てて、一人きりでいられる時間を過ごす。
 ……中島みゆきの言葉は、人生の痛みに直接やってくる。体に合った漢方薬が、苦しみの原因をじんわりと溶かしていくように。または傷ついて擦り切れた心に、音の軟膏(なんこう)が塗られるようにして。私にとって、中島みゆきくらい効き目のある音楽はなかなかない。

 

二曲目 アイス・フィッシュ(2007年)

  ただひとこと言えば どんなにあなたを咲かせるか
  百もわかりながら
  息を呑んで 黙り込んで 詫びを思うだけの冷たい魚
  憫(あわ)れなるものは 氷の鱗(うろこ)
  愚かなるものは 氷の鱗
  アイス・フィッシュ アイス・フィッシュ 氷の魚

 代表的なアルバム「寒水魚」の例のように、「氷」も「魚」も中島みゆきにとって重要なモチーフになってきた。この「アイス・フィッシュ」は、はかなげな声と幻惑的なストリングスも相まって、中島みゆきの作例がよく表れているように思う。
 強いて「ひきこもり目線」で歌詞を読むなら、閉じこもっている者の、親に対する心情として解釈できる。将来を期待させるような言葉を、親に『ただひとこと言えば』喜ばせることはできる。けれど実際は『黙り込んで 詫びを思うだけ』でいる。人を避け、身をひそめ、『氷の鱗』で固まる愚かなもの、という自己憐憫がある。

 二番の歌詞では、『我を守り 我をかばい 鎧(よろ)うほどの物が中にあるのか』と自らを疑う。暗く冷たい海で、自身の鱗の冷たさを痛む孤独な魚。そんな姿が、自分を責め苛むひきこもりの姿に重ならないだろうか。(この歌詞をそんなふうに読むべきかどうかは別として。) 

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番外編 とろ (2006年)

 「ひきこもり」のテーマとはズレるものの、周りについていけずにめげてしまう、どうしようもない悩みを歌った曲として、この一曲をあげておきたい。

  間に合わないって気持ち あなたにはわかるかい
  追いつかないって気持ち あなたにはわかるかい
  変わりたいと思った 全部変わりたいと思った
  ついに或る日ドアの向こうで噂話 あたしの噂
  「あの人って、あの人って、変わ…ってるよね」
  とろ、何とかならないか 考え考え日が暮れる

 「地上の星」のような張りつめた歌唱法とは大違いの、中島みゆきの中でも特別すっとんきょうな歌声による一曲。
 個人的なイメージとしては、グループからあぶれた女の子が、学校のトイレの中でため息をつく場面を思い浮かべる。トイレに座って『全部変わりたいと思った』と、うまくいかない自分を否定する。そして追い打ちをかけるように、ドアの外から噂話が聞こえてくる。『あの人って、変わ…ってるよね』。考えても考えても、物事はうまくいかない。
 歌詞の内容がシリアスでも、曲がユニークなため重く聞こえない。これをADHD(注意欠如・多動性障害)の曲だと言った人がいたけれど、たしかにそう聞こえなくもない

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三曲目 C.Q (1991年)

  だれかいますか 生きていますか 聞こえていますか
  突然波が通る 大きな波が通る 呼びかけても応えない大きな波が通る
  名前やTel.ナンバー I.D.ナンバー クラスナンバー
  そんなことつまらない 私を表さない
  どうでもいいようなことただ聞いてほしいだけ

 「C.Q」とは、アマチュア無線で使われる呼び出しの合図のこと。この曲はか細い声で歌われており、誰もいない夜の海原で、あてどない遭難信号を発しているように聞こえる。さらに言うなら、一切の声が届かない深海の底で、極小の悲鳴を発しているようでもある。
 歌詞の一節に『波が通る』という表現が出てくる。「人波」という言い方のように、この「波」を、通り過ぎていく人々のことだと解釈するなら、この信号の発信者は一人ではなく、むしろ人群れの中にいる。けれどその群衆が理解するのは、I.Dナンバーやクラスナンバーといった数字だけで、血の通った思いは伝わらない。生身の声ではなく、学歴や役職といった肩書きばかりが重要になる。絶対的な孤独の中で、人間の声を人間の耳で聞き取ってくれる人を求めた、悲壮な呼びかけがあるように思う。
 声は呼びかける。

  だれかいますか だれかいますか だれかいますか どこかには
  だれかいますか 生きていますか 聞こえていますか
  C.Q. C.Q...... C.Q. C.Q......
  C.Q. C.Q...... C.Q. C.Q......

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 中島みゆきの音楽には、淋しさを宿した耳に伝わってくる、特別な周波数がある。自分を理解する人なんて誰もいないと思う、涙も枯れ果てた果てしない夜。小さな救難信号――C.Q――に合わせて、愛(かな)しい旋律が臆病な鼓膜にまで到達する。自分自身の存在が素数のように、誰とも合わないと感じられていても。親しい人のできたことがなく、友達も恋人も一生いないままだろうと思えても。むしろ、そんな独りの海底で悲しみに沈んでいる時にこそ、中島みゆきは届く。心音と周波数を一致させて、優しい歌声は寄り添う。

 

 ……現在の私が、もしも17歳の日の自分にメッセージを告げられるなら、もう少し待ってみても遅くはない、と伝えるだろう。人を避けてずっと一人きりですごしていたとしても、生き延びていると出会ってしまう人がいる。世の中には責める人もいて、もう誰も信じられないと思えても、面白い人や、魅力的な人、少なくとも自分にとって未知の生き方をしている人と出会ってしまう時がくる。良いか悪いかを別として、出会ってしまう時がくる。――そんなことを、生き延びてしまった私は伝える。そんな人の中に、自分の素数のような周波数が届いて、お互いの声を聞き合えるほどの関係になる、そんな出会いもありうる、と。
 ――それにつけ加えて、私は伝える。中島みゆきの新作が、まだこれからも出るということを。

 

 

参考 

中島みゆき全歌集』朝日新聞社 1986年

中島みゆき全歌集 1987-2003』朝日文新聞出版 2015年

中島みゆき全歌集 2004-2015』朝日新聞出版 2015年

中島みゆきオフィシャルサイト https://www.miyuki.jp