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【レビュー】中島みゆき『歌会 VOL.1』 「ケアの音楽」を超えた「キュア(治療)の音楽」

(文:喜久井伸哉)

 

2025年3月12日、中島みゆきのライブアルバム『歌会 VOL.1』が発売された。『地上の星』『銀の龍の背に乗って』などのヒット曲から、近年発表された話題作を収録。今回は最新のレビューをお届けする。

 

中島みゆき コンサート「歌会VOL.1」‐LIVE SELECTION-ダイジェスト・トレーラー【公式】

 

 

もはや、「ケア(世話)」を超えている。「キュア(治療)」の音楽だ、と思った。

CD版『歌会 VOL.1』の冒頭。
1曲目の『倶(とも)に』は、2022年のドラマ『PICU 小児集中治療室』の主題歌。
2曲目の『病院童(びょういんわらし)』は、「きっと治って帰ってね」と病室で願う歌詞。
3曲目の『銀の龍の背に乗って』は、劇場版も制作されたドラマ『Dr. コトー診療所』の主題歌。

曲と結びつく舞台が、治療室、病院、診療所だ。
中島みゆきほど、「医療」を歌ってきたアーティストは他にいない。
本作の元となったのも、コロナ禍によって中止されたライブツアーだ。
(もはや忘却にかすんでいるが、)つい最近まで、誰もが「医療」とつながらざるをえなかった。
コロナ禍によって、医療体制が危機的な状況に陥っていた。

深慮を持って人に応答していく「ケア」は、大切なことだ。
だが時には、その猶予がないほどの、喫緊の「キュア」が欠かせないことも、事実だ。
目の前にある体を抱きとめて、助け起こし、救うための力が要る。
ある種の、有無を言わせない「腕力」が要る。
おそらくその境地で、中島みゆきの音楽が効く。
本作の核心にあるのは、優しいバラードによって、「寄り添う」ことではない。
それよりも、腹から声を出し、「いま、ここ」で命を揺さぶり、意識を取り戻させるような、辣腕(らつわん)の歌声だ。

「いま頑張らなければ、命にかかわる」という時、人は、腹から声を出す。
うめき、詰まり、嗚咽(おえつ)し、叫ぶ。
加工されたハイトーンボイスや、滑舌(かつぜつ)の良いウェスパーボイスでは、応答しきれない。
生身の声で、荒れ、乱れ、揺らぎ、響く。
中島みゆきの歌が、その苦悶に呼応する。

心臓にショックを与える治療のように、心拍のリズムを確保し、身体に脈拍の重奏を取り戻す。
本作の『心音(しんおん)』や『体温』がそうだ。
どちらも、2023年発表の近作。
歌詞によって、生身の体の「ありか」を求め、低音のベースで、心臓マッサージを施そうとしている。
ケアのための「手当て」というより、キュアのための「強打」だ。
「寄り添っているだけでは足りない」と言わんばかりの、治療者の態度。
これらの選曲には、「現代」を反映した、「現役」の歌手としての、矜持(きょうじ)が感じられる。

 

ところで今年は、デビュー50年のアニバーサリーイヤーだ。
それでも、本作に懐古的なヒット曲(『時代』『わかれうた』『悪女』『糸』……)は含まれていない。
コアなファンは知っているが、これまで中島みゆきは、節目の年に特別なことをしてこなかった。
記念のライブもせず、ベスト盤も出さない。
40周年のときも、全曲書き下ろしのオリジナルアルバムを出していた。
今年も、新作のアルバムが聞けるのではないか、と期待している。

 

本作では、代表作の『地上の星』が歌われているが、これはこれで「現代」の曲だろう。
昨年から新シリーズが放送中の、『プロジェクトX~挑戦者たち~」の主題歌だ。
シングルCDとして発表されたのは、20年以上前。
「紅白」で歌われたことでブレイクしたが、当初は、必ずしも良い評判だけではなかった。
精神科医の中井久夫は、あるエッセイで日本の衰退の情勢を嘆き、その中で『プロジェクトX』にふれている。
ほんの一文に過ぎないが、『地上の星』の絶唱を、「ほとんど悲鳴だ」と評した。
経済成長を果たした日本の、「日の出」の輝きではない。
「地上」に光が落ちた後の、没落的な痛みを感じたのだろう。

時は流れ、本作の『地上の星』は、かつてよりもゆるやかに歌われている。
目前にある「地上の星」に手を伸ばし、激しくつかもうとするのではない。
20年分遠のいた明かりを、離れたままで慈(いつく)しむ感がある。
この変化も、日本の「現代」を反映しているのかもしれない。

(もっとも、『プロジェクトX』の方はあまり変わっていない。2月22日放送の「人生は何度でもやり直せる 〜ひきこもりゼロを実現した町」は、誇大なタイトルも含めて、演出の過剰が目に付いた。いくら『ヘッドライト・テールライト』が流れても、懸念を忘れることはできなかった。)


一方で、「太陽」を感じさせる曲もある。
本作のハイライトと言える、『ひまわり“SUNWARD”』だ。
1994年発表のアルバム『LOVE OR NOTHING』の収録曲だった。
同作収録の『空と君のあいだに』と違い、シングルでもなく、タイアップ曲でもない。
この曲が「現代」のライブに召喚されたのは、歌詞のメッセージ性によるものだろう。

あの遠くはりめぐらせた 妙な柵のそこかしこから
今日も銃声は鳴り響く 夜明け前から
目を覚まされた鳥たちが 燃え立つように舞い上がる
その音に驚かされて 赤ん坊が泣く

(中略)

私の中の父の血と 私の中の母の血と
どちらか選ばせるように 柵は伸びてゆく

中島みゆきらしい、ヘヴィーな歌詞だ。
「今日も銃声は鳴り響く」というイメージからは、直接的に戦争が想起される。
「血」は、民族のことだろうか。「柵」は、国境のことだろうか。
強くなっていくドラムは、不穏さが進軍する足音か、平和を希求する行進か。
西で起きている戦争のことか、北で起きている戦争のことか、それとも。

あのひまわりに訊きにゆけ あのひまわりに訊きにゆけ
どこにでも降り注ぎうるものはないかと
だれにでも降り注ぐ愛はないかと

終盤は、オペラ的なまでにドラマチック。
ひまわりが太陽に向かうように、光に向かえ、と云っている。
この曲もまた、音楽で「生きろ」、と心臓に訴えている。

 

 

 

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発売日:2025年3月12日 定価:3,300円(税込)商品番号:YCCW‐10427

(収録曲) 
1. 俱(とも)に
2. 病院童(びょういんわらし)
3. 銀の龍の背に乗って
4. LADY JANE
5. 愛だけを残せ
6. リトル・トーキョー
7. 慕情
8. 体温
9. ひまわり“SUNWARD”
10. 心音(しんおん)
11. 地上の星

 

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文 喜久井 伸哉(きくい しんや)
1987年生まれ。詩人・ライター。個人ブログ https://kikui-y.hatenablog.com/