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ひきこもりと中学受験① ~「二月の勝者」だった私~  

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(文・マナキ)

 

この記事が出る頃であろうか。2月初旬は中学受験のシーズンでもある。

今年も東大合格者を多数輩出する“御三家”中学の合格発表の様子がテレビで流れ、お茶の間でも見られることであろう。

昨今、この中学受験がどうやら過熱気味という話を最近耳にした。そこで私はかつての受験経験者として、昨今の中学受験の実態を調べてみた。すると驚くべき事実が次々と浮かび上がってきた。

 

中学受験とデータ

まずはデータから見ていきたい。

といきたいところだが、文科省などの公の機関は、中学受験に関する統計を取っていない。となると民間の教育機関によるデータを使うしかない。しかも中学受験に関するデータは教育機関により食い違う部分があり、正確な値を知るのは難しい。

ここでは複数の記事から得られた「Nバッグ」で有名な大手進学塾である日能研のデータを目安として主に用いることにした。尚、森上教育研究所などの他の異なるデータや資料を用いても、昨今の中学受験の過熱ぶりを巡って、似たような結論が導けると私は考えている。

 

今年1月22日付の『東京新聞』のオンライン記事に掲載されている情報によると、2019年度の群馬県を除く関東地方の中学受験率は日能研の推計で20.2%、すなわち5人に1人が中学受験をしたという。

www.tokyo-np.co.jp

また東京都内の私立中学生の割合は25%なので、国公立も含めると、4人のうち少なくとも1人は中学受験したことになる。文京区、目黒区、港区に至っては、約4割にものぼる小学生が私立中学へと進学している。 

また昨年の7月27日に発売された『週間東洋経済』の中学受験についての記事では、日能研の推計で2019年の首都圏の受験人口は約6万人とされている。

premium.toyokeizai.net 引用:『週刊東洋経済』2019年7月27日号

 

受験率もさることながら、中学受験にかかるお金も莫大である。通う塾、選択するコース、特別講習、受ける模試など個々の状況にも応じるので、一概にこれといった金額を算出するのは難しいのであるが、相場を考えると小学校6年の1年間であれば100~150万円、小学校3年の2月から通い出して受験するならば、約3年間で200万円~300万円といったところであろうか。

 

90年代に中学受験をした私は当時、山手線の内側のとある一軒家に住んでいた。ドーナツ化現象により、住んでいたその地域ではそもそもの人口自体が少なかった。従って子供の数も少なく、私の学年は1クラスのみで、40人弱であった。

そのうち中学受験した同級生は多く見積もっても、私を含めて片手の指が埋まる程度の人数だったように記憶している。

金額に関しても、母の証言によれば、それによると約3年間で200万はかからなかったとのことである。(正確な金額は不明である。アバウトと思って構わない。) ちなみに当時の私の家族構成は祖母、母、私、妹の4人からなる母子家庭であり、祖母の家で暮らしていた。そして妹も中学受験を経験し私立の女子校に入った。

 

前出の『週間東洋経済』の記事にある日能研のデータによれば、私の中学受験した年を含む90年代の首都圏の中学受験率は11~13%と推移しており、約8人に1人が受験したことになる。受験者数も首都圏では4万人台とされている。

もっとも現代では富裕層を中心に都心回帰の現象が起きており、経済状況もかつての「一億総中流」と意識された時代から格差社会の時代へと、20年以上前と現代では中学受験を取り巻く事情は様々な面で異なる。

ただ、こちらのデータを見る限り、少子化が加速しているにも関わらず、昨今における中学受験率は上昇し、受験者も増加、さらに塾代までも高騰しているようである。

社会状況に影響は受けているものの、私の時代と比較すると、首都圏を中心に中学受験は過熱していると言えるであろう。

この記事を書いているPCのすぐ傍に『二月の勝者 -絶対合格の教室-』(高瀬志帆著・小学館ビッグコミックスピリッツにて連載中)という漫画が置いてある。

 

二月の勝者 ー絶対合格の教室ー (1) (ビッグコミックス)

二月の勝者 ー絶対合格の教室ー (1) (ビッグコミックス)

  • 作者:高瀬 志帆
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2018/02/09
  • メディア: コミック
 

 

こちらの漫画について軽く紹介しておこう。大手受験塾の元カリスマ講師、黒木は別のグループの受験塾に移籍して、とある校舎の教室長となり、合格実績の立て直しを図る。 黒木は冷徹で合理的、効率的な資本主義的マインドを持っており、キッパリと塾の教育業務を「サービス」、そして下位の成績のクラスの子供は「お客さま」と割り切る。

下位の成績のクラスの子供を受け持った新卒の講師、佐倉は、教え子を合格に導きたいと強く願っているのだが、黒木による鋭くも心なしとも思えるアドバイスに翻弄され、教え子たちと真摯に向き合いながらも葛藤する日々が続く… といった受験ドラマである。

作品自体が膨大な資料に裏付けられており、フィクションでありながらも、昨今の中学受験の実態が生々しく描かれている。さらに作中には「中学受験は「課金ゲーム」です」といったキャッチーかつ衝撃的なフレーズも登場する。(引用:『二月の勝者 ‐絶対合格の教室‐ 2巻』)

 

中学受験当事者として伝えたい

ここまで読んで不思議に思った読者の方も多いかと思う。なぜ、ひきこもり当事者発信のメディアである「ひきポス」に中学受験の話を書くのかと。

記憶にも新しいと思うが、昨年6月、元エリート官僚が息子の激しい家庭内暴力に悩んだ末、心理的に追い詰められた父は最終手段として息子を刺殺したという痛ましい事件があった。

この事件についてよくよく調べてみると、殺害された息子は都内の難関中高一貫校出身だったという。ネットの幾つかの情報によると息子は中学時代からいじめを受けていて、中学2年から家庭内暴力が始まったという。

 

そんな私も、苛烈な受験競争を見事潜り抜け、難関中高一貫校の合格を果たしたかつての「二月の勝者」であった。

 

そして私も彼と同じように、中学2年から家庭内暴力を起こした。一時期であるが不登校にもなった。さらには中学3年の頃に重いメンタルの病気を患い、 薬物による自殺未遂も図った。

最終的には受かった難関校を1年休学したのち、高校1年でメンタル崩壊ゆえの成績不振による自主退学を余儀なくされた。もし運命の歯車が狂えば、私はこの世から既に消えていたのかもしれない。

だからこそ昨年の事件が、全くの他人事とは思えないのだ。そして図らずも私は運よくなんとかこうして生き残っている。

 

ここで誤解を避けるために、伝えておきたい点が2点ある。 まずは、不登校、ひきこもりというのは、本人の気質や性格、家庭および学校の環境、親御さんの性格や教育態度等の複合的な要素が絡み合って起こることである。

従って不登校、ひきこもりの直接の原因を中学受験に求めるのは短絡的であると私は考える。次に、中学受験は首都圏、近畿圏、さらには高知、広島などの一部に起こっている地域的な現象であることである。これらの2点は前提として押さえておきたい。

というわけで、全国の100万人単位で点在していると言われているひきこもりにとっては、極めて限定的な話となる。

 

だが、横田増生『中学受験』(岩波新書)では、過去に中学受験界でカリスマと言われた塾経営者が、中学入学後に挫折していく元塾生を目の当たりにして、罪滅ぼしのためにひきこもり・ニート支援の団体を立ち上げたということが書かれている。

そして私自身、中学受験経験者の人と当事者会で出会ったり、ひきこもって消息不明となった先輩を見てきたりした。さらに昨年のあの事件を考えても、中学受験を不問にして不登校、ひきこもりを語るのはやはり若干の無理があるように思えてならない。だからこそ昨今の中学受験の過熱ぶりにはより不安を覚えるのである。

 

一般的な傾向として、学校の偏差値が上がるにつれて学校からの中退率は低くなる。従って灘、筑駒、御三家を始めとする難関校では中退者や不登校者の率はごく僅かと考えてよい。実際、私の学年では数人程度であった。

 

いじめも不登校もない「ユートピア」のような学校は想像し難い。難関校であっても、人同士が集まる以上、学校内でいじめられたり、不登校状態に陥ったり、家庭内暴力を起こしたりする生徒は現れるはずだ。

しかも彼らの姿を社会の側から見ることは非常に難しい。そもそも学校組織自体が閉鎖的であり、ネームブランドを有する難関校となると、尚更実態の把握は難しいであろうと私は思う。さらに難関校では、勉強についていけない生徒や問題の抱えた生徒を中学や高校に上がる手前の段階で隠れて「リストラ」する傾向がある。実際、在学中に私はこのことを何件か目撃している。

 

また、彼らの人生の初期に於いて難関校に入ったという事実は、強い磁力を持った心の在処となる。入学後、もし挫折した場合、逆にこの事実が仇となり彼らを縛ってしまうことが多い。時が流れて、挫折の経験が上手く消化されない限り、彼らの口からこの経験について語られることは滅多にないであろう。

問題は難関校からのドロップアウトだけにはとどまらない。瀬川松子『亡国の中学受験 ‐公立不信ビジネスの実態‐』(光文社新書)に書かれている通り、中堅以下の私学でも様々な問題をはらんでいる。10年近く前に刊行された著作なので内容としては古いものの、知られざる貴重な私学のダークサイドが書かれている。このことに関しては、ひとまずこちらの書籍に譲るとする。もしかしたら後の記事で触れるかもしれない。

 

 

亡国の中学受験 (光文社新書)

亡国の中学受験 (光文社新書)

  • 作者:瀬川松子
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2009/11/17
  • メディア: 新書
 

 

20年以上前という過去の出来事であり、通っていた学校が難関校という極めて特殊な学校であったので、読者の方々には参考になるかどうかは皆目見当が付かないが、こうして貴重なご機会を頂いたので、私の中学受験時代、そして「二月の勝者」から転落するまでの経緯を私自身の贖罪の意を込めて綴っていこうと思う。

(続く)

 

 

 ※データに関する注:日能研は茨城県の取手校を除き、関東地方では東京、神奈川、千葉、埼玉の一都三県に教室を展開している。もし東京新聞社の記事に書いてある通り、群馬県を除く関東地方で統計を取るとするならば、中学受験率はおそらく20%を下回るのではないであろうか。よって、記事で用いた全ての日能研のデータに関しては、同社の展開している一都三県と取手近郊の中学受験率と解釈した方が自然であると思われる。

引用・参考文献

高橋志帆『二月の勝者 -絶対合格の教室-』1巻~6巻 小学館ビッグコミックスピリッツ2018年2月~2019年10月 

横田増生『中学受験』岩波新書 2013年12月

瀬川松子『亡国の中学受験 -公立不信ビジネスの実態-』光文社新書 2009年11      月

藤英樹「私立中学進学率 大学入試の変化受け上昇」『東京新聞』2020年1月22日

※以下のURLにて公開中。(最終閲覧日:2020年1月25日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/metropolitan/omoshiro_ranking/list/CK2020012202000162.html

 

宇都宮徹、常盤有未、林哲也(2019)「首都圏中心に中高一貫校の人気が回復しているが、その選び方に変化が生じている。それは、偏差値だけでみない、子ども本位の学校選びだ」『週間東洋経済』2019年7月27日号

※以下のURLにて公開中。(最終閲覧日:2020年1月25日)

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/21071