(文 喜久井ヤシン)
今回は、2020年1月以降に発売された〈ひきこもり本〉14冊をご紹介します。長期間の取材をまとまた硬派な一冊から、世界の〈ひきこもり小説〉を集めたアンソロジーまで。最新の「ひきこもり」ブックガイドです。
- コンビニは通える引きこもりたち
- ひきこもりは“金の卵"
- 中高年ひきこもり
- いじめとひきこもりの人類史
- ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語
- ひきこもりのライフストーリー
- ひきこもり×在宅×IT=可能性無限大! 株式会社ウチらめっちゃ細かいんで
- 「あたりまえ」からズレても ひきこもり経験者が綴る
- ひきこもり国語辞典
- 特別講義「ひきこもり大学」 当事者が伝える「心のトビラ」を開くヒント
- 扉を開けて ひきこもり、その声が聞こえますか
- いまこそ語ろう、それぞれのひきこもり
- 世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現
- 改訂版 社会的ひきこもり
コンビニは通える引きこもりたち
久世芽亜里 新潮社 2020年9月
「ひきこもり」といっても、家にひきこもっているばかりではありません。
このタイトルのとおり、「コンビニは通える」人が多く、外出自体に抵抗のない人もいます。
本書は近年の「ひきこもり」の統計調査を踏まえながら、親や支援者がとるべき対応策を論じています。
著者は、引きこもり支援をおこなうNPO法人のスタッフで、自身のNPOの取り組みを紹介している面もあるでしょう。
現実に即した社会的な対策を講じており、当事者ではなく親や支援者向きの本といえます。
ひきこもりは“金の卵"
柏木理佳 日本経済新聞出版 2020年10月
コロナ禍以降で増えた在宅ワークなどから、新時代のライフスタイルを考察。
ひきこもりの中には「優秀な人材が眠っている」として、雇用の可能性や経済効果を分析しています。
経済紙ゆかりの本だけあって、ビジネスや金銭問題が中心的なテーマ。
元ひきこもりのブロガーやユーチューバーを紹介し、「自分を肯定」することで成功できると説いています。
(筆者からすると、「結局は社会で成功しないといけないのか」、というプレッシャーになりますが。)
「ひきこもり」に関心の高いビジネスパーソン向けの一冊といえます。
中高年ひきこもり
斎藤環 幻冬舎 2020年1月
かつては若者の問題とされた「ひきこもり」ですが、いまや世代を問わないものとなりました。
「80代の親と50代の子ども」からきた「8050問題」という名称も、知名度が広がりつつあります。
本書では、「不登校からひきこもりに移行する人」が、「ひきこもり」全体の2割にすぎないことなど、近年の調査をまじえて論考。
就労支援の有効性が高いという話をはじめ、実際的・実践的な面が取り上げられています。
当事者向きではありませんが、「中高年ひきこもり」の支援者にとっては、必読の一冊といえるでしょう。
いじめとひきこもりの人類史
正高信男 新潮社 2020年10月
サル学を生業とする著者が、現代のヒトの生きづらさを分析。
中身の分量からすると、タイトルは「いじめと自閉症の人類史」の方が合っていたかもしれません。
サルにも自閉症は存在しますが、ヒトの自閉症と異なり、群れで生活を営むのに支障はみられない。それは狩猟時代の人類にとって、自閉症の特性は生存の役に立つものだったため――など、現代日本という枠組みを抜け出して、大きな視点で考察しています。
個人的には、医薬品の記述で腑に落ちない箇所がありましたが、歴史上の「ひきこもり」のエピソードを知りたい方にはオススメできます。
ひきこもり図書館 部屋から出られない人のための12の物語
頭木弘樹(編) 毎日新聞出版 2021年2月
「ひきこもり」にまつわる小説(一編だけ萩尾望都の漫画)を集めたアンソロジーです。
編者の頭木(かしらぎ)氏は、自身も過酷な闘病経験による「ひきこもり」の体験者。
『絶望名人カフカの人生論』というベストセラーがあるとおり、紹介されるカフカの言葉が印象的です。
ぼくはひとりで部屋にいなければなりません。床の上に寝ていればベッドから落ちることがないように、ひとりでいれば何事も起こらないからです
作品はエドガー・アラン・ポー、星新一から、韓国の現代作家ハン・ガンまで。
編者の紹介文は何気ないようですが、これだけ伝わりやすい文章はなかなかありません。
心をこめたガイドとともに、多様な「ひきこもり」像を読むことができます。
ひきこもりのライフストーリー
保坂渉 彩流社 2020年4月
表紙だけ見ると軽そうな雰囲気がありますが、中身はハードです。
学級崩壊、強迫性障害、閉鎖病棟での体験など、「ひきこもり」という言葉ではくくれないと感じられる過酷さが取材されています。
著者は『虐待 沈黙を破った母親たち』などを書いてきたフリーライターで、家族問題を描き出す筆致が読ませました。
2019年の「川崎市登戸通り魔事件」後に、「KHJひきこもり家族会連合会」への相談が普段の40倍に達したことなど、支援者側への影響も記録されています。
統計上では「1」にしかならない数字のなかに、どれほど多面的なライフストーリーがあるか。ヘビーなルポルタージュを読みたい方にオススメです。
ひきこもり×在宅×IT=可能性無限大! 株式会社ウチらめっちゃ細かいんで
佐藤啓 あさ出版 2020年11月
世界初の「ひきこもり当事者・経験者主体の会社」の立ち上げを記録した一冊です。
「ウチらめっちゃ細かいんで」という型破りな会社名をもち、当事者が在宅ワークで働く仕組みづくりをしています。
もしも本書が2017年の設立直後に出され、「すべてがうまくいく!」という勢いで書かれていたら、おそらく眉唾な内容になっていたでしょう。
しかしここでは2020年までの苦難の道のりがつづられており、ひきこもりとビジネスを掛け合わせる難しさがつづられています。
経営や人間関係の大変さが表に出ており、結果として記述が信用できる本になっています。
「あたりまえ」からズレても ひきこもり経験者が綴る
藤本文朗(編)日本機関紙出版センター 2020年3月
親や支援者ではなく、当事者たちが文章を寄稿。
書き慣れていない人もいるため、文章は作文のような素朴さが感じられます。
その分、「親にとってわかりやすい話」や、「支援者がこたえやすい主張」ではなく、自然な言葉が記録されたといえるでしょう。
100ページ少々の小著ですが、このような小さな取り組みが積み重なっていくことで、新しく生まれる運動もあるのではないかと思います。
ひきこもり国語辞典
松田武巳(監修) 時事通信社 2021年4月
「不登校情報センター」の代表者が、長年書きとめた「ひきこもり」の言葉を辞典化。
530語にくわえて、オマケの4コマ漫画やコラムも収録されています。
説明文は言葉の定義というより、当事者たちの日記の断片のようなものと思ったほうがいいでしょう。
わかりやすいとはいえませんが、その分、被害妄想ならぬ「加害妄想」、未知との遭遇ならぬ「既知との遭遇」など、当事者ならではの視点が率直に表れています。
個人的には、「自分がいるだけで相手に迷惑をかけている」と感じる、「存在ハラスメント」がパワーワードでした。
特別講義「ひきこもり大学」 当事者が伝える「心のトビラ」を開くヒント
ひきこもり大学出版チーム 潮出版社 2020年10月
ひきこもり当事者が、親や支援者の前で自分の体験を語る「ひきこもり大学」。
「支援する/される」関係ではなく、当事者が教える側に立つという画期的な取り組みの報告です。
当事者が講師になることで自信が生まれ、「投げ銭」方式なので金銭を得ること可能。
「ひきこもり大学」の企画自体が「ひきこもり」のイメージを前向きにさせるものといえます。
ただし、「ひきこもり大学」の話は序盤だけで、後半は母親たちの座談会や、支援者たちの体験記が中心。
コロナ禍によってリアルのイベントが開催できないことが、本書全体に大きな影を落としています。
※以下の4冊は、昨年『ひきポス』で紹介済みの本となります。
扉を開けて ひきこもり、その声が聞こえますか
共同通信ひきこもり取材班 かもがわ出版 2019年12月
川崎・練馬事件や8050問題など、近年の「ひきこもり問題」の動向が取材されています。
社会的な事件だけでなく、「ひきこもり」の家族会や当事者たちの取り組みも取り上げられています。
新聞や雑誌で報道される「ひきこもり」について、より深く知っていきたい方にオススメです。
※ 当事者活動の一つとして、『ひきポス』も取材を受けました。発売は2019年12月20日ですが、今回の記事に掲載させていただきます。
いまこそ語ろう、それぞれのひきこもり
日本評論社 林恭子・斎藤環 (編) 2020年5月
ひきこもりの当事者・経験者16人の声を集めて編まれました。
編さん者の一人は斎藤環ですが、氏の文章がまったく掲載されていないところに、「当事者」に対するこだわりを感じます。
自分たちの「声」を発信していく方法、支援者側に対する要望など、徹底した「当事者」目線の一冊です。
※筆者(喜久井ヤシン)の文章も収録されています。
世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現
ぼそっと池井多 寿郎社 2020年10月
東南アジアやアフリカを含む、世界各国の「Hikikomori」たちへのインタビュー集。
日本の小説「NHKへようこそ!」で「ひきこもり」のことを知り、自分の状況を理解した人など、地球規模での「ひきこもり」の影響がわかります。
多くの人にとって、「ひきこもり」の固定概念をくつがえす一冊になるのではないでしょうか。
※著者のぼそっと池井多は『ひきポス』のメンバーです。当サイトで多くの執筆・編集記事を公開しています。
改訂版 社会的ひきこもり
斎藤環 PHP研究所 2020年2月
1998年に出版された、ベストセラーの改訂版。
有名な一冊ですが、「ひきこもり」の女性や中高年への言及がほとんどないことなど、現代からすると、さすがに古びている箇所があります。
著者は数々の〈ひきこもり本〉を世に送り出しているので、新しい知見を求める方は、近刊を手に取る方がよいでしょう。
それでも「社会的ひきこもり」の入門書として、今後も読み継がれていくであろうスタンダードな一冊です。
以上、近刊の〈ひきこもり〉ブックガイドでした。
タイトルに「ひきこもり」を含む主な本を、端から挙げていったリストとなります。
ただし、ライトノベルの『引きこもり令嬢は話のわかる聖獣番』、コミックの『魔法使いで引きこもり? 05~モフモフと学ぶ魔法学校生活~』といった本は、趣旨と異なると思ったため除いています。しかし近年の「ひきこもり」の多面性の表れという意味では、ご紹介してもよかったかもしれません。
今回の〈ひきこもり〉ブックリストが、少しでも参考になれば幸いです。
ご覧いただきありがとうございました。
※一部筆者と面識のある著者・編者の書籍も取り上げていますが、実費で購入したうえで紹介しています。
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文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年生まれ。詩人・ライター。10代半ばから20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」を経験している。
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