文・ぼそっと池井多(在 東京)
取材協力・大草稔(在ソウル)
このシリーズでは、社会構造やひきこもりをめぐる環境が日本と最もよく似ている外国、
第1回では韓国の厳しい社会環境について述べ、前回第2回 はおもに1990年代まで韓国の厳しい受験社会がどのようにできあがってきたかを解説した。
第3回の今回は、第2回につづけてのちにひきこもりの背景となる大きな変化のあった1990年代の韓国社会の動きについてまとめていく。
アジア通貨危機と韓国版「就職氷河期」
日本では「就職氷河期」がやってきたことによって、それまで潜在的にずっと存在していたと思われるひきこもりが社会問題として前景化したといわれている。その通説にはいささか疑問もあるが、「就職氷河期」の到来には、1991年のバブル崩壊というできごとが直接の影響を与えたことはほぼ間違いないだろう。
韓国のひきこもり事情を語るのにも、これと同じように境目となる歴史的事件がある。
1997年のアジア通貨危機である。
それに先立つ1980年代に、日本がバブル経済の
そのため、高い経済成長を遂げていたアジア各国の通貨はじわじわと割高になっていたが、固定相場制(*2)を採用していた国が多かったので、そのギャップはすぐには表面化しなかった。
*1. 改革開放 ここでは中華人民共和国において毛沢東時代の文化大革命などにより荒廃した経済を立て直すため、鄧小平が推し進めた市場経済への移行政策の数々を指す。これによって中国国外の企業が次々と中国に進出した。
*2. 固定相場制 米ドルに代表される外貨との交換の比率が固定されている通貨制度。いっぽう、日本のようにその時々の為替相場によって変わる通貨は変動相場制を採用している。
歪みが大きくなっていたぶん、反動も一気にやってきた。
1997年5月、タイの通貨バーツが暴落すると、その混乱はマレーシア、インドネシアなどアジア各国に波及し、やがて同年11月、韓国の株価が暴落した。同じころ、日本でも不良債権の焦げつきが問題化し、翌年の長銀破綻へとつながっていった。
韓国は国が破綻するかいなかの瀬戸際に立たされ、「朝鮮戦争以来の国家危機」と叫ばれた。
そこで韓国は、新しく就任した
以後10年に及ぶ社会改革のなかで、それまで韓国経済の屋台骨を担ってきた財閥は解体・合併・再編が進み、公営企業は民営化されていった。
これはちょうど、日本で50年かけて起こった社会の変化が、韓国ではたった10年で進んだようなものであった。
急速なグローバリゼーション。人間が人材として判断されていく。それを社会が奨励する。落ちこぼれが大量に出た。
いわゆる新自由主義である。
「それ以前の韓国を支配していたのは権威であったが、それ以降は市場原理が韓国の支配者になった」
と表現する人もいる。
急激な社会変化についていけず、多くの失業・破産・自殺者が出た。
現在、日本でいう「中高年ひきこもり」に年齢が達しようとしている韓国のひきこもり当事者たちの中には、親がアジア通貨危機のあおりを受けて生活が破綻したり、精神的に不安定になり夫婦仲が悪くなるなど、家庭環境の悪化がひきこもりの遠因と思われる人々が目立つ。
また、親が経済危機を経験したため、子に「稼ぐこと」や「安定した仕事に就くこと」を求める圧力が強くなった。いっぽう、子どもの世代は「働きたくてもそれ相応の仕事や能力がない」、「いくら働いてもまともに稼げない」というのが社会であると認識しているために、親世代と子ども世代との間で大きなズレを引き起こしている。
これはちょうど日本で「昭和の大人」と「平成育ち」のあいだで考え方が根本的にちがうために話がなかなか通じず、家庭内のコミュニケーションが停滞するという現象に対応するといってよいだろう。
同じような世代間ギャップが日本の場合は1991年のバブル崩壊、韓国は1997年のアジ化通貨危機を境に起こっているのである。
学校へ行かなくなった若者たち
学校をやめてしまった、あるいは休学している若者のことを、韓国では「
韓国政府の女性家族省(*3)が2013年に調べたところによると、学校外青少年たちが学校をやめた理由は次のグラフのようであった。
*3. 女性家族省(女性家族部 / 여성가족부 / ヨソンガジョクプ) 首相(国務総理)の下にある行政機関の一つ。日本の行政機関の単位である「省」は韓国では「部」という。女性家族部は1998年に原型ができ、2010年に現在の形になった。
しかし、これは支援機関を通じて調査されたものであるため、当事者と調査機関のあいだに直接のやりとりがない。また回答者に複数回答を認めていない。この図を見るには、それら2点を考慮すべきである。
つまり、間に立つ支援機関の支援者によって、多少無理があっても、当事者の複数回答がどれか一つにまとめられている可能性が否めない。実際には、学校でイジメがあったり、家庭内の人間関係が影響していたり、社会的な圧迫感が遠因していたり、さまざまな要因が複雑に絡み合っている場合が多いと考えられるが、そういった様子はここでは表に出てきていないのである。
韓国版フリースクール
毎年、韓国全土で4万人から6万人(*4)の若者が学校をやめ、学校外青少年の仲間入りをしている。2015年に韓国政府がおこなった調査では、全国の学校外青少年の数は延べ約28万人と推計された。
*4. 2021年の1年間で42,755人の小学校、中学校、高校の生徒が学業を中断している。(出典:「2022教育統計年報」(韓国教育省 2022)
韓国は日本以上に少子化問題を抱えており、近年は生徒の数自体が減っている。
学校を卒業していなければ、とうぜん就職も不利であり、社会参加の機会も限られてくる。
そこで、学校をやめた若者たちの行き場所として
いっぽう、ソウル市では市の委託を受けて
職業体験というと、ひきこもり当事者は過酷な就労支援を連想するかもしれないが、ここでいう「ハジャ」とは「何かやってやろう!」という意味であり、学歴重視の韓国社会において学歴にとらわれず「何かやってやろう」という大志を抱く若者たちの自発性を育てるのを主旨とした場であった。
じっさいこの機関がオープンした当時の入学者たちは、
「バカバカしくて学校なんか行ってられないよ!」
「学校なんか出てなくたって、オレはビッグになってやるぜ」
といった、活力と覇気にあふれる若者が多かった。
たとえば、2022年に世界的に大ヒットした韓国ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌(이상한 변호사 우영우/イサンハン ビョノサ ウヨンウ)」を生み出した脚本家ムン・ジウォン(문지원)は、このハジャセンターの第1期卒業生である。
ところが、その後10年ぐらいかけて若者たちの活力も下がってきた、とこの機関のスタッフは語っているという。
*5.ハジャセンター(하자센터):https://www.haja.net/
Flickr ハジャセンター
「ひきこもり」の登場
韓国では1987年12月に青少年育成法(現在の青少年基本法)が制定され、2003年には青少年福祉支援法が施行された。近年では2021年3月に学校外青少年支援に関する法律(*6)が制定されている。
これらの法律の施行にともなって、2005年11月、韓国政府の青少年委員会の主催によりひきこもりなど社会不適応青少年支援策(*7)のためにソウルで韓日国際若者シンポジウムが開催された。
青少年委員会の研究において、韓国で初めて高校生を対象にしたひきこもり調査が1500人を対象に行われ、「隠遁型不適応青少年危険群」が全人文系高校生の2.3%、「隠遁型不適応青少年」潜在軍が9.4%というデータが明らかになった(*8) 。
この研究報告書のデータや、事例の中の当事者と親の言葉を読むと、親の養育と学校教育に苦しむ韓国の若者の姿が見えてくる。
*6. 学校外青少年支援に関する法律 : 은둔형 외톨이 등 사회부적응 청소년 지원방안
*7. ひきこもりなど社会不適応青少年支援策 : 은둔형 외톨이 등 사회부적응 청소년 지원방안
*8. 青少年委員会(2005)「ひきこもり等社会不適応青少年支援方案」研究調査報告書(日本語版)
http://urx.blue/wtGp
日本の「社会的ひきこもり」は、韓国の精神科医によって「은둔형 외톨이(ウンドゥンヒョン ウェットリ / 隠遁型独りぼっち)」と翻訳された。
しかし「ひきこもり」をそのまま韓国語で発音する「히키코모리(ヒキコモリ)」という名称もよく知られており、若い人たちの間ではむしろ隠遁(ウンドゥン)…よりも通用度は高く、ネット上ではひきこもりを縮めた「ヒキ(히키)」という言い方もよく聞かれるという。
……お隣の国、韓国のひきこもり事情 第4回へつづく