ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

『ひきポス』は、ひきこもり当事者、経験者の声を発信する情報発信メディア。ひきこもりや、生きづらさ問題を当事者目線で取り上げます。当事者、経験者、ご家族、支援者の方々へ、生きるヒントになるような記事をお届けしていきます。

20年前の〈ひきこもり文通雑誌〉を読んでみた 知られざる『ひきコミ』の歴史

今回は、ひきこもり当事者のために作られていた雑誌『Hiki♡Com`i(ひきコミ)』を紹介します。

 

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『ひきコミ』は、不登校情報センターの活動から生まれた雑誌です。

サブタイトルは「不登校、ひきこもり、対人不安の人から発信する個人情報誌」。

2000年12月の創刊号から、2002年の第18号まで、一般書店で購入ができました。

2003年以降は手作りの冊子として制作され、不定期で2012年まで継続。第97号をもって終刊となっています。

 

『ひきコミ』の中心となっていたのは、投稿者による文通希望欄です。

2000年代初頭は、インターネットでの交流が一般化する前だったため、一般紙での文通募集が活発におこなわれていました。

『ひきコミ』はひきこもりや不登校者に特化しており、対人恐怖症やいじめの経験のような話しにくい内容も、多くの人が率直に書き綴っています。

創刊号は、文通希望欄に62人が登場している他、ひきこもりなどの体験談や、支援活動の報告を掲載。ボリュームのある内容となっています。

 

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 ※筆名は隠しています。

 

文通のシステム

 

文通では、不登校情報センターの住所を経由して手紙をやりとりします。

個人の住所は都道府県と市区群までを掲載。

その他に名前(ペンネーム)、年齢、肩書きの欄があり、自身の思いを伝える数百字の文章がつづきます。

好きな音楽やテレビ番組の話をする人や、自作の詩やイラストを載せる人もおり、思い思いのことが書かれています。

私は当初、「手書きでやりとりをする分、ネットよりもシリアスな文章になりやすいのではないか」と思っていました。

しかしそのようなことはなく、かなり気軽な文面の人も大勢いました。

 

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それでも、現在の私が読んで目を引かれるのは、「ひきこもり」に関する記述です。

「ひきこもり歴8年です」「仕事を辞めて以来引きこもっています」などの自己紹介や、なかには「ひきこもりが否定的に報道されている」など、分析的なものもありました。

投稿欄の年齢は20代が中心ですが、30代以上の人も珍しくありません。

(年代としては、このときの30代が現在の「8050問題」の当事者となります。)

 

また、『ひきコミ』には中高年や女性の「ひきこもり」が登場しています。

20年前、「ひきこもり」は若い男性の問題としてとらえられており、女性や中高年はほとんど認識されていませんでした。

しかし、当時の紙面にはすでに多様な「ひきこもり」の姿があります。

世の中の「ひきこもり」のイメージは、20年前から実態と大きくズレたものだったようです。

 

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手書きの文字は特別 

 

今回の紹介にあたり、私も『ひきコミ』を読ませてもらいましたが、自分と同じ町に住む同年代の人を発見しました。(あくまで20年前の情報ですが。)

その人は学生時代のトラウマについて書いていたのですが、私自身の体験と重なるところがあり、時代を越えて共感しました。

「自分と似た境遇の人が同じ町に住んでいる」という事実に、静かな慰めを感じます。

 

『ひきコミ』編集者の松田武己(たけみ)さんは、「直筆の文字は、文字に書き手の感情が表れる」といいます。

文通での感情表現によって、孤立を解きほぐしていくきっかけになった人もいたことでしょう。

 

現在なら、自身の「ひきこもり」経験をネットに書き込むことは簡単にできます。

キーボードやスマホの画面で入力し、遠方にいる不特定多数の人にも手軽に発信できる。

しかし文通では、特定の相手からの直筆の手紙を受けて、ゆっくりと読み、その返事のために、また真っ白な紙に向かって文字を綴っていく、という手間のかかる作業が必要です。

それはパソコンの文字入力にはない、自分自身と丁寧と向き合う時間になるものです。

 

創刊までの経緯

 

『ひきコミ』創刊のきっかけは、不登校情報センターの居場所でした。

居場所といっても、計画的に作りあげたのではなく、自然発生的なものだったそうです。

 

不登校情報センターの松田武己さんは、90年代に不登校の子を持つ親のための相談を始めました。

相談を受けるなかで、親と子どもが同時に来ることがあり、次第に子どもだけが来るようになりました。

やがて子どもだけで来ることが増え、7、8人の子が訪れるようになったそうです。

 

しかし、全員が同じ時間帯にそろうわけではありません。

タイミングが合わないと、お互いが会うことなく帰ってしまうこともありました。

そこで、居場所に来ている子どもたちが交流するために、手紙によるやりとりが生まれます。

それが、のちの『ひきコミ』につながっていきました。

 

2000年夏、不登校情報センターで文通誌となる『ひきコミ』を手作りで制作。

それが日本経済新聞で報道され、全国各地から大量の注文が届きました。

当時はコンビニのコピー機で冊子を刷っていたため、「作れば作るほど赤字だった」といいます。

 

読者からの反響を受けて、『ひきコミ』は一般誌として制作されました。

創刊号の時点で60人以上の投稿文が掲載されているのは、こうした経緯があったためです。

 

創刊号は、全国紙を含む多くのメディアで紹介され、出版部数は「6000部ほどになったのではないか」といいます。

全国各地からの投稿が続き、多くの当事者の声を届ける雑誌となりました。

 

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 創刊号の書誌情報
名称 Hiki♡Com`i(ひきコミ 子どもと教育 2000年1月臨時増刊号)
副題 不登校、ひきこもり、対人不安の人から発信する個人情報誌
号数 2001年1月号(第1号)
編集 心の手紙交流館
発行 株式会社子どもと教育社
版型  B5版
定価 480円

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※出版社の都合により、一般誌としては18号で終刊。19号以降は同人誌として継続し、以下の97号が最終発行となりました。

 

 最終号の書誌情報
名称 Hiki♡Com`i (ひきコミ NPO法人不登校情報センター会報)
副題 不登校、ひきこもり、対人不安の人から発信する個人情報誌
号数 2012年4月号(第97号)
企画 NPO法人不登校情報センター
発行 あゆみ書店
版型  B5版
定価 300円

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不登校情報センターや『ひきコミ』の沿革については、以下のサイトをご覧ください。
『不登校情報センター』HP 不登校ウィキ・WikiFutoko | 不登校情報センター
『ひきコミ WEB版』http://www.futoko.info/zzwphikikomi/



 

 取材協力
不登校情報センター 松田武己さん

 

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文・写真 喜久井ヤシンきくい やしん)

1987年生まれ。幼少期から20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」を経験している。
ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter