(文 喜久井伸哉)
今回は、近年発表された〈ひきこもり〉に関する本19冊をご紹介します。ベストセラーになったエンタメ小説から、時間をかけて作られたマニアックな論文まで。最新の「ひきこもり」ブックガイドです。
- 《一般書》
- ひきこもりの真実
- 「ひきこもり」から考える
- 小説8050
- コロナ・アンビバレンスの憂鬱
- 名著の話 僕とカフカのひきこもり
- 《当事者向け》
- ひきこもれ
- HSPとひきこもり
- 《記録・報道》
- 「独り」をつないで
- ひきこもっていても元気に生きる
- ふすまのむこうがわ
- 《研究・支援》
- 生きづらさを聴く
- 「ひきこもり当事者」の社会学
- ひきこもりと関わる
- 見過ごされた貧困世帯の「ひきこもり」
- ひきこもり白書2021
- 《親向け》
- ひきこもり “心の距離”を縮めるコミュニケーションの方法
- お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるって本当ですか?
- 《その他》
- たびだち
- 第3回引きこもり文学大賞作品集
- +1 『冊子版 ひきポス』のご案内
《一般書》
ひきこもりの真実
林恭子『ひきこもりの真実』筑摩書房 2021年
かつては「ひきこもり」といえば男性のイメージがありましたが、近年の調査では、男女差がほとんどないことがわかっています。
本書は「ひきこもり女性会」などで活躍する著者が、自身の経験とともに「ひきこもり」を語った一冊。
支援の場では、当事者が就労することが「ひきこもりのゴール」とみなされやすい現状があります。しかし著者は、それは家族にとってのゴールであり、当人にとってゴールとは限らない、と言います。
必要な情報をシンプルに伝えようとする語り口に、誠実さが感じられる一冊です。
「ひきこもり」から考える
石川良子『「ひきこもり」から考える 〈聴く〉から始める支援論』筑摩書房 2021年
長年「ひきこもり」の研究にたずさわる著者の最新作。
「支援」の難しさについて多くのページが割かれており、行政上の問題点も述べられています。
「当事者にとって自立とは何か」を考え、ひきこもりには「生きることや自分の存在に対する確信の揺らぎ」がある、という思索に発展。
学者的な上辺の理解ではなく、慎重に言葉を聴きとろうとする筆致は、当事者を第一に考える姿勢が表れています。
小説8050
林真理子『小説8050』 新潮社 2021年
ベテラン作家の林真理子が発表し、ベストセラーとなった長編小説です。
「8050問題」(80代の親が、引きこもる50代の子どもを養う)をタイトルにしていますが、実際には50代の夫婦と20歳の息子が主役。
父親が息子と向き合い、引きこりの原因となった過去の事件を解明していきます。
家族全員がからむストーリー展開は、エンタメ小説として完成度が高く、多くの読者からの好評を得ました。
(※筆者注 個人的には、あくまで親のための物語であり、当事者のためにはならない小説でした。「ひきこもり」の描写は差別的であり、有害さを含んでいると思います。)
コロナ・アンビバレンスの憂鬱
斎藤環『コロナ・アンビバレンスの憂鬱 健やかにひきこもるために』晶文社 2021年
著者は『社会的ひきこもり』で知られる精神科医。(「ひきこもり」界で最大の影響力を持つ書き手といえるでしょう。)
「人と人は出会うべきなのか」と題された章では、「臨場性と暴力」をキーワードに、オンラインでは形成できない人間関係を解析。
「ひきこもり」に限らず、すべての人にあてはまる論考に切り込んでいます。
第一級の評論家でもある著者の手腕が発揮されており、同時収録の『鬼滅の刃』論も出色。
内容の一部は、著者のnoteで無料公開中です。
コロナでモヤモヤを感じている方は、「人は人と出会うべきなのか」の章だけでも、読まれることをオススメします。
名著の話 僕とカフカのひきこもり
伊集院光『名著の話 僕とカフカのひきこもり』KADOKAWA 2020年
NHKの「100分de名著」で取り上げてきた本の中から、出演タレントの著者が3冊を精選しています。
カフカの「変身」では、これまで「虫」と訳されてきた言葉が「虫けら」に新訳された例を紹介。
「変身」の物語が、登校拒否・出社拒否の、落ち込んだ心理と重ねて分析されています。
著者の体験もまじえて語られており、「今まで自分が出した本のなかで一番自分のために書いたと思う」と言います。
本全体として「ひきこもり」がテーマになっているわけではありませんが、いかに本を読むかのモデルケースになっているといえます。
《当事者向け》
ひきこもれ
『ひきこもれ〈新装版〉 ひとりの時間をもつということ』 吉本隆明 SBクリエイティブ 2020年 ※前回(「ひきこもり本大賞2021」に)載せ忘れたので紹介します。
2006年の本が、新装版になって再登場。
戦後最大の思想家・吉本隆明の一冊が、絵本作家のヨシタケシンスケのイラストを添えて、手に取りやすくなりました。
著者は、「引きこもることは問題ではない」と断言。
素人が無理やり引き出そうとするのは、百害あって一利なしだと言います。
(この主張は、2000年代の「ひきこもり」支援のあり方に議論を巻き起こしました。)
本書の後半では、「ひきこもり」や「孤独」というテーマを超えて、大きくは「ひとりでいること」の重要性が述べられています。
HSPとひきこもり
高田明和『HSPとひきこもり「自分を生きる」ためのひきこもり=「ソロ活」のすすめ』廣済堂出版 2021年
HSP(Highly Sensitive Person=敏感すぎる人たち)について、ひきこもりと関連づけて解説。
「HSP」は、他人の気分に左右されやすかったり、驚きやすかったりする性質を表すもので、専門的な診断用語ではありません。
この言葉は『「繊細さん」の本』がベストセラーとなってから特に知られるようになりました。『HSPの教科書』、『HSPと発達障害』など、類書も数多く出ています。
本書は読みやすさ重視で編集されており、「ひきこもり」についてはざっくりした記述。
「HSP」の特徴や知見が述べられています。
(個人的には、このような新語を広めて個人を特徴づけるよりも、世間の「ふつう」が狭まっていることを問題視すべきではないかと思います。)
《記録・報道》
「独り」をつないで
『「独り」をつないで 沖縄・ひきこもりの像』沖縄タイムス社 2022年
『沖縄タイムス』で取材された、「ひきこもり」の記録と報道がまとめられています。
親の亡くなった当事者や障害を持つ人についてなど、生半可ではない「ひきこもり」像が取り上げられており、ひきこもりに関する他のルポルタージュと比較してもハードな内容でした。
沖縄県のひきこもり支援センターの取り組みや県内の企業の取り組みも紹介されています。
新聞連載時には読者から大きな反響があったといい、「ひきこもり」の悩みが日本全国の課題であることをあらためて考えさせられました。
ひきこもっていても元気に生きる
高井逸史・藤本文朗・森下博 (編集)『ひきこもっていても元気に生きる』 新日本出版社 2021年
就労だけを目指すのではない、当事者が「元気に生きる」ための関わり方を探っています。
引きこもる子どもと親が参加し、互いの立場を交換して意見を主張する「立場交換ゲーム」など、「支援」の枠にとらわれない試みを紹介。
ひきこもりについてだけでなく、イギリスにあった「孤独担当相」についても述べられており、現代社会の「孤独」全般についても言及されています
ふすまのむこうがわ
芦沢茂喜『ふすまのむこうがわ――ひきこもる彼と私のものがたり』生活書院 2021年
引きこもる人との七年に及ぶ関係を軸にして、訪問支援のあり方を述べた一冊。
かなり地道な取り組みについて綴られており、著者の体験した一つ一つの事柄が具体的に参照されています。
年月をかけて当事者と向き合い、慎重に関係を築いていく中で、部屋から出ることのない「ひきこもり」の一例が記録されました。
《研究・支援》
生きづらさを聴く
貴戸理恵『生きづらさを聴く 不登校・ひきこもりと当事者研究のエスノグラフィ』日本評論社 2022年
「生きづらさ」を抱えた人々が集い、当事者研究をする集いの場を舞台にして、アカデミックな分析がなされます。
「不登校」経験のある著者は、「生きづらさ」を『「個人化した社会からの漏れ落ち」の痛み』と定義。
学校のように、社会にとっての「普通」から「漏れ落ち」た人々は、自身のことをどうとらえ、どう語るのか。
実践の場で問いかけながら、不登校やひきこもりだけでなく、ジェンダーや貧困の問題にも切り込んでいきます。
「ひきこもり当事者」の社会学
伊藤康貴『「ひきこもり当事者」の社会学 当事者研究×生きづらさ×当事者活動』 晃洋書房 2022年
大学の卒業論文に、「ひきこもり」を主軸にした自分史を加えて書籍化。
著者自身のフィールドワークを通じて生まれた、「ひきこもり」の自己分析と他者分析がおこなわれています。
論文はジラールの「欲望の三角形」という理論を要としながら、「ひきこもり」の解析を試みたもの。
しかし個人的な読みどころは、「原因」を明確化せずに語った自分史でした。
過去の当事者の記述を参照しながら、性的な挫折についてもふれるなど、年月をかけて自身と向き合った筆跡が残されています。
ひきこもりと関わる
板東充彦著『ひきこもりと関わる──日常と非日常のあいだの心理支援』 遠見書房 2022年
長年にわたって「ひきこもり」のサポートグループを運営してきた著者が、自身の経験を伝授しています。
「ひきこもり」にとっての「時間が止まった」状態や、一部の人に「底つき」の体験があることなど、書物でもめったに語られない、当事者特有の感覚について語られているのが印象的でした。
もっとも、読む人の限られるニッチなテーマが重視されています。
紙面が割かれるのは、震災に見舞われたあとの当事者の動向や、サポートの場の運営体制の細部について。一部の関係者にとって、希少な資料となるでしょう。
見過ごされた貧困世帯の「ひきこもり」
原未来『見過ごされた貧困世帯の「ひきこもり」 若者支援を問いなおす』 大月書店 2022年
これまでの「ひきこもり」の調査や研究において、貧困状態にある人が見過ごされてきたことを追究。
著者自身が「支援」のあり方を根底的に懐疑しながら書かれた、力強い論文となっています。
「ひきこもり」は困難な状況であっても、自ら助けを求めないことがよくあります。
当人が求めていないのに介入することは、パターナリズムに陥りかねず、当事者は危険を感じる。かといって、支援機関の側がアプローチをかけることが、本当になくてもよいのか。
本書の議論は「不登校」や貧困支援とも交わるものであり、他の多くの社会問題とも無縁ではありません。
専門書ですが、個人的には「支援」の概念にメスを入れる名論でした。
ひきこもり白書2021
『ひきこもり白書2021 〈1,686人の声から見えたひきこもり・生きづらさの実態〉』 一般社団法人ひきこもりUX会議 JETDA personal publications 2021年
「ひきこもり・生きづらさについての実態調査2019」のデータを総集。
200ページに迫るボリュームで、数字だけでなく当事者の自由記述も多く掲載されているため、書物として読み応えがあります。
「コロナ禍におけるひきこもり・生きづらさについての調査2020」も収録。
引きこもったきっかけ、経済的支え、ジェンダーについてなど、多様な情報が俯瞰(ふかん)できます。
《親向け》
ひきこもり “心の距離”を縮めるコミュニケーションの方法
山根俊恵著 『ひきこもり “心の距離”を縮めるコミュニケーションの方法 改訂版:親も子も楽になる』 中央法規出版 2022年
親が「ひきこもり」と向き合うための、基本的な姿勢が述べられています。
NPOの取り組みが元になっており、全体的にオーソドックスな内容。
最新の知見としては、「大人の発達障害」についてや、「オープンダイアローグ」(「開かれた対話」を意味する、医療的介入の一種)などの紹介が加わっています。
斎藤環の『社会的ひきこもり』(1998年)が引用され、就労に向けた取り組みをどうするかが主眼になるところは、良くも悪くも、この20年変わっていない基本方針といえるでしょう。
お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるって本当ですか?
畠中雅子著『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるって本当ですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』 時事通信出版局 2022年
ファイナンシャルプランナーとして活動する著者が、「ひきこもり」を持つ親向けの生活設計をまとめています。
検索されそうなワードを全部入れたような長いタイトルを持ち、特に当事者に配慮した内容ではありません。しかし、何はともあれ「ひきこもり」をめぐる経済的不安に答えようとしています。
「光熱費の引き落とし口座を、子どもの名義に変更しておく」などの見落としそうな点や、成年後見人制度の紹介など、実際的なアドバイスがまとめられています。
《その他》
たびだち
特定非営利活動団体KHJ全国ひきこもり家族会連合会 KHJジャーナル「たびだち」
「たびだち」は、全国ひきこもり家族会が発信する情報誌です。
元は家族会の会員向けの機関紙でしたが、近年一般向けの情報誌にリニューアルされ、昨年(2022年)は通算第100号を発刊しました。
ひきこもりの子を持つ親に向けて、活発な情報発信がなされています。
最新号は2022年秋季号で、「NHKみんなでひきこもりラジオ」の栗原望アナウンサー等を取材。
ウェブから一冊を購入する場合、一般価格500円(手数料250円)で販売されています。
ホームページで、内容の一部紹介もされています。
https://www.khj-h.com/papers/our-newspaper/
第3回引きこもり文学大賞作品集
引きこもり文学大賞編集部 『第3回引きこもり文学大賞作品集 Collection of works from the Third Hikikomori Literature Awards』 Next Publishing Authors Press 2022年
2019年にクラウドファンディングから生まれた「引きこもり文学大賞」。
公募によって当事者の文学作品を募る試みで、最新回の受賞作品を収録しています。
ネガティブな「ひきこもり」のイメージを打破する企画として、小説・詩的な言葉・実録など、さまざまな形による「ひきこもり」の声が収められています。
HP(https://hikikomoribungaku.com/)で、多くの応募作品を読むことができます。
※一部筆者と面識のある著者・編者の書籍も取り上げていますが、実費で購入したうえで紹介しています。
ご覧いただきありがとうございました。
+1 『冊子版 ひきポス』のご案内
「ひきポス」は、「ひきこもりの声を届けるポスト」として、2017年に創刊しました。
冊子版は第12号まで発刊しており、現在最新刊を準備中です。
WEBでは読むことのできない赤裸々な声が掲載されていますので、ぜひともお買い求めください。
当サイト「WEB版ひきポス」は、広告収入に頼らず、読者の皆様のご支援によって運営されています。サポートをしてくださる方がいらっしゃいましたら幸いです。
今後とも「ひきポス」にご注目ください。
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文 喜久井伸哉(きくいしんや)
1987年生まれ。詩人・フリーライター。 Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui