「不登校」最終解答試論(文 喜久井伸哉)
人はほんたうにいゝたいことが何だかを考へないでゐられないと思ひます。(宮沢賢治「学者アラムハラドの見た着物」)
私は「不登校」について語りたいと思います。
しかし私が記憶した「不登校」は、かつて誰からも語られたことがありません。
過去数十年にわたり、膨大な量の「不登校」論が語られてきましたが、原点となる「学校に行かない」ときの身体が、正確に記述されているとは思えないのです。
私の当事者体験はどのようなものだったか。
それを伝える準備段階として、イップスについて述べます。
イップスの身体を伝えることが、私の「不登校」の語りの前哨(ぜんしょう)になるのです。
イップスはメンタルのせいではない
かつてイップスは、各選手のメンタルの問題としてとらえられていました。
野球選手のイップスは「投球恐怖症」などと言われ、「心が弱い」「気力が足りない」などと叱責されていたのです。
精神科では強迫神経症や不安神経症、または不定愁訴や軽度のうつという誤診が下されていました。
現代では、選手のメンタルと無関係に、脳や筋肉の特殊な働きによって起こる症状とされています。
イップスに苦しんだあるプロ野球選手は、さまざまな対処法を試したうえで、『精神的にどうとかじゃなく、どんな人でもイップスになる。性格は関係ない』と断言しています。
ジャーナリストの澤宮優が著した『イップス』(角川新書 2021年)によれば、イップスはプロの選手として「恥ずかしいもの」とされてきたため、インタビューを断る選手もいました。
しかし取材に応じたイップスの経験者たちは一様にほがらかで、精神的な病はまったく感じられなかったといいます。
イチロー選手にもイップスがあった
元メジャーリーガーのイチロー選手にも、イップスがありました。
テレビ朝日の『報道ステーション』(2016年3月15日)のインタビューで語っています。
イチロー選手は高校時代にピッチャーをしていましたが、二年の時にイップスが起こり、挫折してしまいました。
番組では『あんな、しんどいことないですよ』、『一番の僕の野球人生のスランプでしたね』と語っています。
『プロに入って治ったのは97年ぐらい。日本一になったとき、僕はまだイップスでしたから』と言います。96年にオリックスの選手として日本シリーズを制したときにも、イップスがあったというのです。
イチローほどの選手にも起きていることは、メンタルが無関係であることの証左といえるでしょう。
かつてイップスが「投球恐怖症」と言われたことは、「不登校」が「学校恐怖症」と言われてきたことと重なります。
また、脚に力が入らなくなるイップスの例を、マラソン界で「ぬけぬけ病」、スピードスケート界で「ぶらぶら病」と言っていました。「力が入らなくなる」現象が、今はイップスとして理解されているわけです。
「不登校」の調査において、子どもの身体の現象を「無気力」という言葉で表していますが、本当にそのように記述されるべきなのでしょうか。
「どんな人でもイップスになる」という当事者の発言は、文科省による「登校拒否は誰にでも起こり得る」とした92年の通知を思わせます。
イップスも「不登校」も、身体的な不都合が起きたとき、初めは特定の個人のメンタルの問題とされ、その後は無関係で誰にでも起こりえることとされた、「語り」の変化が起きています。
しかしイップスに比べ、「不登校」という言葉は長期欠席と身体の現象(「学校に行きたいけれど行けない」)が
同化してしまっているため、この「語り」がいま一つ分離していません。
「無気力」という表現では、子供個人の問題だと感じさせます。
私はこのような身体の記述の仕方に、「不登校」を語るための、致命的な欠陥があると思っています。
どうなるか分からない あいまいな身体
専門医や最新のテクノロジーを活用できたとしても、イップスが改善するとは限りません。
ある動作で必ず起こるならまだしも、あいまいな症状であることがくせ者です。
あるゴルファーは、自身の体験をこのように語っています。
『イップスというのは毎回手が震えて動かないわけではなくて、ふっとしたときに出るんです。スムーズに芯にヒットして、今の気持ち良かったと思った次の瞬間に腕が動かなくなったりとか。動かないからお終いだと思ったら、その後意外と平気になったりするんです。』(澤宮優『イップス』)
(以前公開した記事『吃音と「不登校」の共通点』のときにも語りましたが、現象のあいまいさが周囲の理解をはばんでいます。)
ある元プロ野球選手は、さまざまな対処法を試したものの効果が出ず、引退まで考えました。
『あなたは投球に対して何も不安はありません、と治療して診断してくれるなら全財産失っても惜しくはなかったです』(同書)と語っています。
また、別の元プロ野球選手は、イップスの選手が珍しくないことにふれてこう言います。
『イップスを100%治せる人がいたら、球団は1億円出しても契約した方がいい。各球団で取り合いになりますよ。』(飯島智則『イップスは治る!』)
イップスの対象法と「不登校」の対処法
スポーツの話題で取り上げられることは少ないですが、裏では数多くの一流選手が、イップスの試練と戦ってきました。
ある内野手は、「投げるときの形を決める」ことが有効だったと言います。上手く投げられそうなリズムや投球姿勢を決めて、その型にはめることで乗り越えたと言います。
またある選手は、「考えない」ことが大事だと言いました。できるだけ何も考えず、無意識で動作するようにするとイップスが起こらない。
他の選手からも同様の指摘がありました。現代はネットなどで情報の洪水となっているため、情報を遮断する必要があると言います。
これらのイップスの対処法は、私が自力でおこなっていた、「学校に行きたいけれど行けない」身体への対処法と重なるものでした。
朝に目を覚ましてから玄関を出るまでの動作を型にはめたり、できるかぎり何も考えないようにすると、登校できることがあったのです。
うまくいったときには、それまで起きていた身体の現象が、嘘のように解消したことがありました。
いぶかしく感じた親からは、なぜ行けるときがあるのかと聞かれました。
私は「頭で何も考えなければ行ける」のだと説明。
それを聞いた親からは、「それなら、いつも何も考えないようにできないの」と言われました。
頭をはたらかせるはずの学校教育のために、何も考えないことが求められるとは、実に不条理な事態だったと思います。
治ることもあるという混乱
イップスも「不登校」も、身体の現象が「治らない」のではなく、「治ってしまう」こともあるという不確かさが、混乱に拍車をかけています。
「不登校」の「原因」や「対処法」をめぐる主張は百家争鳴となっており、声高に「解決できる」と断言する人も絶えません。
飯島智則著『イップスは治る!』は、断定的なタイトルに反して、解決の難しさがたびたび語られています。
たとえば以下の一文です。
『プロゴルファーの横田真一は、イップスのときに六〇人ほどのプロに克服法を聞いたが、すべて違っていた。どれも理に適っているように思われ混乱してしまった、と語った。結局、自分に合った方法を見つけ出すしかないという結論に達した。』
また別の書では、指導者の一人が対処法について以下のように発言します。
『いろんな文化や一人ひとりの育ってきた背景、持っているメンタル、考え方にも違いはありますから、これも千差万別です。三〇人イップスの選手がいたら、三〇通りのアプローチが必要ということになります。こういうやり方で上手く行ったから、他の人に通用するかというとそうではない。“ああいうやり方で私は上手く行ったけど、こういうやり方だったら、もっと上手く行ったかもしれない”と考えることが、学ぶということです』(澤宮優『イップス』)
教育との向き合い方をコンバートする
「不登校」の身体も同様だと思います。
特定のやり方で「うまくいった」ケースを、他の子にあてはめられるわけではありません。
「学校に行きたいけど行けない」というあいまいな現象をどうしていくか、個々人が模索していくほかないのでしょう。
なお野球選手の場合は、対処法としてコンバートもあります。
投手が外野手に変わるように、守備位置を変更するのです。
イップスは特定の条件下で発生するため、ポジションが変わるとなくなることがあるためです。
イチロー選手も投手から野手にコンバートしたことで、これ以上ないほど大成しました。
これを強いて教育にあてはめるなら、教室通学からホームエデュケーションやフリースクールにコンバートする、ということになるでしょう。
ポジションを変更するくらいの気軽さで、学校に対するスタンスの変更が許されたなら、多くの子どもがより適切な教育を受けられるはずです。
私の子ども時代も、まったく違ったものになっていたことでしょう。
参照文献
澤宮優『イップス 魔病を乗り越えたアスリートたち』角川新書 2021年
平孝臣,堀澤士郎『そのふるえ・イップス 心因性ではありません 本態性振戦・局所性ジストニアのしくみと治療』法研 2021年
新堂浩子『演奏不安・ジストニアよ、さようなら 音楽家のための神経学』春秋社 2022年
飯島智則『イップスは治る!』洋泉社 2018年
石原心『イップス スポーツ選手を悩ます謎の症状に挑む』大修館書店 2017年
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文 喜久井伸哉(きくいしんや)
1987年生まれ。詩人・フリーライター。 ブログ https://kikui-y.hatenablog.com/entry/2022/09/27/170000