ひきこもり経験者による、1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた、空想の世界をお楽しみください。
シッポのある女の子だった私
私には小さなころしっぽがあった。
しっぽは、嬉しいときにはくるくると足に巻きつき、怒ったらぴーんとまっすぐになった。
そのせいで、家族にはすぐ嘘がバレていた。
しっぽにはたくさんの楽しさがつまっていたし、たくさんの悲しみもつまっていた。
成長するにつれて、いつのまにかそのしっぽはなくなってしまった。
そのせいで、私はすごく損をしていると思う。
スクールの友達は、どんな人ごみのなかでもすいすい歩いていく。
私が人をよけるのが大変なのは、しっぽをなくしたせいじゃないかと疑っている。
一緒に遊びに出かけるとき、友達は器用なメイクをして、余裕でヒールをはきこなしている。
だけど私は不器用で体力もなくて、ちょっと歩いただけでヘトヘト。
それでも友達についていくために、がんばって同じようにふるまっている。
あるときスクールで、いつも人と距離を置いている男の子を見つけた。
私がしっぽのためにあけておく距離に似ていて、不思議だった。
気になって「なんでいつも離れたところにいるの?」と聞いたら、
「ぼくには昔、ツノが生えていたんだ。見えないツノが刺さらないように、人には近づきすぎないようにしてる。別に信じなくていいけど」といった。
私以外にも、世界にそんな人がいるだなんて知らなかった。
私はひそかに「元ツノの子」だと思って、たまに一緒に話すようになった。
元ツノの子とは音楽の好みが合ったし、お互いの距離感がちょうどいい感じだった。
私は気まぐれに、「私も昔はしっぽがあったの。別に信じなくていいけど」と告白した。
その子は「ふーん」って、興味もない感じだった。
私はその無関心さが気に入って、存在しないしっぽを、ぎゅっと、自分の足に巻きつけた。
だけど、良いことばかりじゃない。
ある日の放課後、人気のない街角を元ツノの子と歩いていたときのこと。
急に元ツノの子が、不自然に顔をよせてきた。
ツノがあったら刺さっているはずの距離だ。おかしい。
「なあ、しっぽがあったのって、このへん?」と言って、急に私のお尻をさわった。
私はぴたっと立ちどまって、頭からつま先まで身を固めた。
そして無表情で、無言で、メッセージのない目で元ツノの子をじっと見た。
「なんだよ、ちょっとさわっただけだろ。そんなに気にするなよ」
元ツノの子は不機嫌になったようで、すたすた歩いていってしまった。
私はしばらく立ち止まり、存在しないものをふるわせていた。
本当ならしっぽに逃げてくれるはずの感情が行きどころをなくして、体中をいったりきたりしていたせいで。
END
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絵 フルタアキヒコ
思春期に精神的にひきこもる。双極性障害持ちで、入院経験あり。絵と音楽の創作活動に励んでいます。44歳、兵庫県在住です。
Pixiv https://www.pixiv.net/users/862786
文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui
※物語はフィクションです。実在の人物・出来事とは無関係です。
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