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【1000文字小説】わたしが〈心の闇〉摘出手術を受けてから、お母さんも先生も犬も優しくなりました

ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。

 

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とおふじさおり 『生い立ちに名はない』より 

 

 

  〈心の闇〉摘出手術

 

目を覚ますと、そこは病室だった。

「具合はどうかな」と、医者が私の顔をのぞきこむ。

「私、どうしたんだっけ?」

すると、医者の後ろにいた母が顔を出し、

「〈心の闇〉摘出手術を受けたんだよ。大丈夫かい」と言った。

「お前は中学にも行かないで、家でうじうじ悩んでばかりいただろ。だからお父さんと相談して、〈心の闇〉をとってもらったんだよ」

そうか、現代の医学では、〈心の闇〉なんてどうにでもなるんだっけ。複雑な遺伝子組み換え技術だってあるんだし、不思議なことではないのかもしれない。

 

私はやけにさわやかな気分だった。

医者は体調を確認すると、「大丈夫そうですね」と言った。「これで、コミュニケーション能力の高いお子さんになりますよ」とニコニコ顔だ。

すぐにも退院できるらしく、母はほっとしていた。

 

医者が病室から出ていったあと、母は帰りの支度をしながら、

「今年は受験があるっていうのに、神経質にあれこれ考えすぎていたでしょ。心配してたんだよ」と言った。

「私って、そんなに悪い状態だった?」

「そうだよ。昨日まで書いてた日記帳にも、暗いことばかり書いてたじゃないの」

見ると、ベッドサイドに自分の日記帳が置かれている。私は手に取って、ページをパラパラめくってみた。

そこには、クラスの友だちとの関係がどうとか、教室の雰囲気が悪いとか、悩みごとがいっぱい書かれている。

たしかに自分の文字だったけれど、書いたときの感情がよく思い出せない。

いったい、何をそんなに悩んでいたんだろう?

そんなことより、親が子どもの日記を勝手に見るのってどうなのか、と、私は疑問が一瞬だけ頭によぎった。だけど、そんなモヤモヤする感情もすぐに消えていった。これも、手術が成功したおかげなのだろう。

 

「ねえ、このあいだの話だけど、進学先はやっぱりこの学校でいいと思わない?」と、母はカバンの中にあった高校のパンフレットを見せた。

たしか中学の先生も、私がその学校に行くことを期待していた気がする。

「うん、そうだね。そこにするよ」

私は迷うことなく同意した。母も先生も良いといっている。べつに悪いところではないのだから、どうして迷う必要があるだろう?

「じゃあ、あなたが決めたとおり、第一志望はこの高校ね」と母はうれしそうだ。

「うん、いいよ」

私はあっけらかんと答える。

 

私はベッドから立ち上がり、病室の窓から朝の景色を見渡した。

心も体も元気で、ぐっと伸びをする。

太陽は清らかな光で木々を照らしており、小鳥たちの鳴き声が聞こえていた。

外にはさわやかな風が吹いているようだ。

私は何気なく頭上を見上げた。

そこには、雲一つないモノクロの空が広がっていた。




 

 

    END

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  プロフィール

 

絵 とおふじ さおり 

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油絵画家・イラストレーター。多摩美術大学院修士課程修了。
2020年11月、子ども時代からの〈生きづらさ〉を絵本にした『生い立ちに名はない』を発表しました。
HP 絵本と居場所ブログ→ https://saori-world.work/
   イラスト等のご注文→ https://saoriendo.amebaownd.com/

 

 

文 喜久井ヤシンきくい やしん)

1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui

 

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・出来事とは無関係です。



 

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